神気解放
「レド―――――――――――――!」
悲痛な少女の絶叫が響く。
すると、忍者の男は跡形もなく頭を吹き飛ばされて横に吹っ飛んだ。
「なっ 一体、どこから………?」
シズクは顔を蒼白にしながら辺りを見渡す。しかし、見つからない。舞台の眼下にも、神殿の屋根にも狙撃手の姿は確認できないまま。
シズクの横合いから銃弾が襲い掛かり、頭が吹き飛ぶ。着弾の衝撃で遺体を舞台の上に投げ出した。気絶したままのメルティナは再び血の泉に沈む。
二人とも成すすべなく死体へと変貌した。
防御障壁など、まるで最初から無かったのかの如く。
『ギャハハッ どうっスか、大将? ヘッドショット二発。防御障壁とか、展開する暇なんざ与えないっスよ♪ ハハハッ』
形代を使って念話を入れて来たのはナガル。方法は分からないが、彼の仕業らしい。
「ありがとう。助かったよ」
『ウィっス♪』
安堵に胸を撫で下ろし、緊張に凝っていた身体から力が抜けていくのを感じた。
「もしかして、泳がせてた?」
シズクの事を。常に見張っていて、いつでも狙撃できるように。
『勿論♪ 一目見た時に分かっちゃいましたもん。他の人は気付いてなかったみたいだし、それもアリだなって♪』
「仮面着けてたんだよね?」
酒場に居た時は。
「ハハッ まあ、そうなんすけどね。 ま、熟練の技って奴ですよ♪ アハハッ」
「レドっ レドッ 返事してよぉっ」
仮面を取ったソルベージュが血塗れの妹に駆け寄り、揺すっていた。
こうしてはいられない、すぐに回復を。冷静になったシャルは呪符を取り出し、
「幼雛を愛でし地母神の御手よ、薄命なる灯火に至上の福音を与え給え。《祝福》」
うつ伏せになったレドベージュを緑の燐光が包み、背中の傷がみるみるうちに塞がっていく。
「う、ん………」
「レドっ」
「ソ、ル………」
「よかった。よかったよぅ………」
レドベージュの背中に顔を埋めて泣きじゃくるソルベージュ。嗚咽に肩を震わせる彼女の頭を撫でながら、念話でナガルに話しかける。
「それじゃあ悪いけど、みんなのことは頼んだよ」
先程まで激昂していたとは思えないような穏やかな声音。
『え?』
「僕は行くよ」
言い終えると通信を切った。再び魔力を解放する。
ドクン、魔力の胎動に空気が震えた。衝動の欲するままに精霊化。少年から青年の姿へ。更に、右の掌に刻まれた聖印に大量の魔力を注ぎ込む。ナハティガルナの息吹を、微かに感じた。
シャルは以前、聖印についてゼルティアナから色々尋ねた事がある。
『神気解放か? 簡単な話だ。神刀に宿る眷属と自分、そして聖印。それらを魔力の交感で活性化する事で神の息吹である神気が自身に流れ込み、神刀は真の姿を現す』
それをヒントに辿り着いた。眷属化した自身の魂と聖印。その二つを限界まで活性化する。
「はあああああああああああああ………っ」
青年の姿が更に変化。身体がもう一段成長し耳も肥大。そして、九尾の尻尾が生えた。
活性化したナハティガルナの魂から魔力の経路を通じて神気を纏った魔力が流れ込んで来る。これが、シャルディムが編み出した。シャルディムだけの神気解放。
「ふう………」
清冽な空気、シャルは神気を纏った魔力が自身から放出されるのが分かった。
精神が高揚している。だが、頭は冴え冴えと澄み渡っている。詠唱中毒のような興奮や狂熱を感じない。どこまでも心が凪いでいた。
鞄から取り出した飾太刀を背負うと一枚、呪符を取り出し詠唱開始。
「天翔ける風神の羽根よ。疾く、疾く、疾りて飛べ。《風迅》」
舞い上がる風を纏うシャル。その風に神気を孕んだ魔力を流し込むと、より濃密な気流へと変化した。
神気とは、強力な霊的加護。物質に浸透させれば強固となり、体内に取り込めば身体能力が向上。術式はその威力を倍加させる。
「ソルベージュ。それとレドベージュ」
「………なによ?」
「はい、なのです……」
片割れが死の淵に瀕したためか、二人はいつもの覇気が無い。そんな双子に、優しい声音で話しかける。
「悪いんだけど。僕の代わりにメルティナをお願い」
「え?」
「それは、どう――」
双子に背を向け、神気で増幅した《飛翔》を発動。周りの景色が高速で流れ、視界が闇一色に染まった。《風迅》で空気抵抗を無くしている分、飛距離を稼げた。
そのまま神殿を飛び出し、跳躍を三回も繰り返せば軽々と城壁を超えた。
城壁の外へ着地し、村の畑を飛び越えながらさらにその外側、外界を一心不乱に目指した。
〇 〇
月明かりの差さない闇夜。真綿のような灰色の和毛を纏う大型の陸鳥、雲鳥が発達した両脚で大地を駆けていた。
馬ほどの馬力はないが健脚と走破性、何より少量の水と餌でそれらを発揮する経済性が魅力的。
人々の旅の足として古くから使われ、大陸各地の交易路で頻繁に目にする。
晦冥の暗がりを一人の小柄な少女が雲鳥に跨り、人里に向けて疾駆する。一晩掛ければ、早朝には村に着ける予定だ。
「まったく。最悪な連中だったの……」
深緑色のマントをはためかせ、フードを脱いで長い赤毛の髪を揺らし灰色の瞳で漆黒の地平線を見据える眼帯の少女、ビルギットは憤慨していた。
事の発端は、シェムヘドとの会話。『血霧』ことシャルディムたちがこの国の英雄である神刀十二仙の一人からの根回しにより、後顧の憂いなくシェムヘドたちを殺しに掛かって来る。
ここまでなら、大した問題ではない。あの殺戮者のクズがどうしてそこまで厚遇されるのかは、ビルギットも理解に苦しむが。
問題は、その状況に対するシェムヘドたちの策謀。
『血霧』をおびき出すために何の関係もない人間を使ってまずは恋人の毒婦を人気のない所に呼び付けて誘拐。その際。無関係の人間を殺害して現場に残して目くらまし。
尚且つ、例祭を中止に追い込む。
それから自分たちが拠点としている森の中で彼女を人質に取りながら、おびき出された『血霧』を一方的に嬲り殺す、というのが作戦。
ハッキリ言って、やり過ぎだ。だからビルギットは言ってやった。
『無関係な人間や自分ではない人間に復讐の怨念を向けた方が、アレはより陰惨に殺そうとするの』
事実、そうだった。あれは三年前。他国で組合主催の竜討伐の依頼を、ビルギットは彼とこなした事がある。
当時はまだ、友人二人と一緒に冒険を続けられていた。
惨劇の幕開けは依頼達成の数日後。ビルギットたちはガラの悪い冒険者に絡まれた。
理由は一つ、『血霧』に関わったから。
その二つ名は知っていたし、同行する事になると分かっていて依頼を受けた。
物腰の柔らかさはなかったが特に自分から問題を興したりはしなかった。残虐と聞いていた分、拍子抜けだと友人同士で話し合っていた。
『血霧』の残虐性を知ったのは、まさにその時だった。
どこからともなく乱入して来ては相手を次々と殺し、獣人の男の首を背骨ごとぶっこ抜いては尻尾を掴んで武器のように振り回した。
回復役を捕まえて《要塞》の結界内に籠ると、腹を掻っ捌いて臓物を一つずつもいで相手に投げ付けたりもした。
その際、喜色を浮かべるでもなければ嫌悪の様子もない。慟哭や呪詛の言葉、謝罪を無視しながら作業のようにただ淡々と。動物を解体するように慣れた手つきで。
そんなことをやらかされては敵も意気消沈どころか戦意喪失し、彼が反撃に転ずると瞬く間に全滅した。
『復讐の矛先を僕以外の人間に向けた場合、手を出したことを後悔するぐらい凄惨な殺し方をするようにしてるんだ』
馬鹿な真似をしないように。これは戒め。そう話していた。
『それより、災難だったね。でも、もう大丈夫だから♪』
屈託ない笑み。それがどうしようもなく悍ましかった。




