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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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人質

 舞台のすぐ下。組み上げられた木の影に《潜影ハイド》で身を隠すレドベージュは、不穏な空気を感じていた。

 こっそり壇上に顔を出して眺めていると、シズクがメルティナに触れるといきなり倒れ、その後動かなくなった。


 横恋慕よこれんぼからの三角関係。そんな話題で双子の姉、ソルベージュと盛り上がって陰ながら見守っていたが、どうにも雲行きがあやしい。


(どうなってるのです………?)


 一旦いったん頭を下げて隠し、耳を傍立てて状況を観察する。


「………し、死んだっ」

「殺してなどいません。気を失ってもらっただけです」


 狼狽うろたえるスウィニを他所よそに、シズクは淡々とした様子で立ち上がる。


「そこまでだ」

「なっ―――」


 野太い男の声。レドベージュの喉元に白刃があてがわれた。いつの間にか背後を取られていた。


「無駄な抵抗は止めておけ」


 壇上に上がれ。男の指示に黙って従い、舞台に登壇した。呆気に取られているスウィニと一瞬だけ目が合った。


「おい。迂闊うかつだぞ」


 再び白刃が宛がわれ、レドベージュの背後から声がする。動くな。と、わずかな挙動も制限されては姿を見ることもできない。


(どうしよう…………?)


 焦燥感が胸を焦がし、背中には脂汗が噴き出す。ただ、舞台上を修羅場展開にすべくソルベージュがシャルディムを呼びに行ってこの場に居ないことが不幸中の幸いだった。


「『血霧(ブラッドヘイズ)』もこんな雑魚を監視役にするなんて。舐められたものですね」

「ブラッド、ヘイズ………?」


 頭に疑問符が浮かぶ。誰の事を言っているのか分からない。


「? どういう事ですか?」


 涼しげな顔しか浮かべていなかったシズクが怪訝けげんに顔をしかめる。


「それより。ソイツはどうするんだ?」


 全員の目がスウィニに集まった。突然視線を向けられ、肩を震わせる。


「こ、殺さないでくれ……っ」


 恐怖にすくみ上がりながら腕で顔をかばい、かわいたのどから言葉を絞り出した。

 シズクはメルティナの双剣を一振り携え、おびえ切った彼の元に膝を着き耳元で囁く。


「大丈夫です。殺しませんから、ゆっくりと立ち上がってください」


 緊迫した空気にまるで不似合いな優しい声音。柔和な笑みを向けられたスウィニは、青ざめた顔でゆっくりと立ち上がった。

 一閃。背後に回ったシズクが双剣で深々と切り裂き、血飛沫ちしぶきが闇夜に舞い純白の胴着を紅く染める。


「な………っ」


 男がたおれた舞台に血の泉が湧き上がる。気絶したメルティナがその中に沈んでいく。凄惨せいさんな光景にレドベージュは絶句した。


「何を、している…………?」


 純白の狩衣かりぎぬ紫紺しこんはかま姿。赤鬼の半面を被ったシャルが降り立った。


  〇                              〇


 夕食後。シャルディムはプレッツィオが居る診察室に来ていた。

 目的は勿論、カウンセリング。今夜も男二人、言葉少なに膝を突き合わせていた。


「で? どうだ、最近は?」

「う~ん……」


 カウンセリングでは当時の状況や感情を思い起こさせ、文字にして俯瞰ふかんする事で恐怖や不安、強迫観念でがんじがらめになった心を少しずつ解きほぐしていく。

 ただ最近、シェムヘドが顔を見せてからは神経質になって余裕の無さを自身に感じていた。

 隠しても仕方ないので、シャルはそれを素直に打ち明けた。


「面倒な事になってるな……」


 苦虫を嚙み潰したような渋面じゅうめん。それはシャルも同意見だった。

 例祭に対する緊張。復讐に対する不安が治療を邪魔していた。


「まあ。メルティナの安全が確保されて、奴らの拠点を襲撃して鏖殺おうさつすれば不安は解消されるんだけど………」


「まだ見つかってないのか? もう、街の外に居を構えていると仮定した方が良くないか?」


 それは一理ある。この辺りは城壁の外に村が点在し、その外縁地域には森林地帯も広がっていた。隠れるにはまさにうってつけ。


「こんな事に、なるなんてねぇ……」

 胡乱うろんな眼差しで虚空を仰ぐ。

 見通しが甘かった。オヴェリアが味方に付いてくれたことで、少し油断があったかもしれない。自らの浅慮せんりょを恥じた。


「ちょっと、シャル!」


 音を立ててカーテンを開けたのは仮面を外したソルベージュ。不機嫌そうな膨れっ面を、向けて来た。


「メルティナがまたあの男に口説かれてるけど、ほっといていいの?」


 腕組みして仁王立におうだちする様子は暗に助けに行けと言っていた。


「あのなあ。コイツは今――」

「いや。分かった、行くよ」


 椅子から腰を浮かせ立ち上がる。


「ちょ、おい――」

「彼女の窮地だ。さすがに治療どころじゃない」


 慌てて腰を浮かせるプレッツィオを手で制した。


「それで。メルティナは?」


 どこに居るのか?

 診察室を後にしたシャルは双子の片割れに尋ねる。舞台に呼び出されていたことを教えてくれた。


「ちゃんと見てあげてるの? 恋人じゃないの?」

「ゴメン……」


 責めるような目つきにシャルは謝るしかない。

 ソルベージュの言う通りだった。最近は色々なことがあり過ぎてメルティナを気に掛ける余裕がなかった。


(いや。これも言い訳だな)


 向き合うのが億劫おっくうだった。何故なら、普段より神経質になっているせいで心無い言葉を投げ掛けてしまいそうだったから。

 彼女を傷付けてしまったら、その事実に自分が傷ついてしまいそうで。


 だから、極力言葉を交わさないようにしていた。

 そんな自分に彼女は、ただ無言で寄り添ってくれていた。

 メルティナの柔らかく包み込むような優しさ。シャルはそれにどこか安らぎを感じている自分に驚いた。


「ちゃんと話し合うよ」


 愚痴ぐちにも付き合う。その言葉は後ろをついて来るソルベージュに向けて。


「まったく、世話が焼けるんだから♪」


 どこか弾んだ声音。まんざらでもない顔を浮かべているのが背中越しにも分かった。


「そうだね……」


 本当にどうしようもない。赤鬼の半面を被りながら自嘲じちょうを浮かべた。

 やがて中庭に出てそこを突っ切ると桟橋に辿り着く。舞台に目を向けた時、微かな違和感を覚えた。

 何かがおかしい。舞台の真下まで来ると、壇上の不穏な空気を感じた。


「ちょっと、そこで待ってて」

「え?」


 腰元の倉庫鞄(ストレージ)から脇差わきざしを取り出して腰に差し込み、形代の呪符を二枚取り出して片方を彼女に。

 足袋に仕込んだ《飛翔(ソアラ)》の術式を発動。一足飛びで舞台の上空まで身を躍らせた。


「なっ―――」


 男とメルティナが倒れている。血の泉に沈みながら。そして灰蒼かいそうの忍び装束に身を包む男がレドベージュに後ろから首元に刃を宛がっていた。

 シャルが降り立ったのは、殺人現場だった。


「何を、している…………?」


 半面の下で顔をしかめる。この状況は不味い。例祭前に刃傷沙汰にんしょうざたなんて。こんな状況で客を呼べるだろうか?


「『血霧(ブラッドヘイズ)』………」


 その一言で全てを理解した。コイツらはシェムヘドの仲間。

 シャルをただ殺すだけではき足らず、築いてきた物全てを台無しにした上で復讐ふくしゅうを果たす。


 関係ない人たちを、どこまでも自分たちの都合で巻き込んで。その浅ましさに、怒りで血が沸騰ふっとうするのを感じた。気が付けば魔力を解放していた。


「無駄な抵抗はよしなさいっ 人質がどうなってもいいんですか⁉」


 シズクは膝を着き、気絶し血でけがれたメルティナを抱き上げて声を張る。首元には彼女の双剣が宛がわれていた。

 その光景を見た瞬間、緊張で身体が凍り付き動けなくなる。


「く………っ」


 おどしに屈した自分が情けなくて歯噛みした。戦慄に凍える背筋から冷や汗が滝のように流れ出る。

 このままじゃ、メルティナが死ぬ。そんな考えが支配的になって恐怖が思考を漂白し、何もできなくなる。


「フン。無様ですね」


 冷ややかに吐き捨てる言葉を甘受する事しかできない。


「そんなにこの女が大事ですか?」

「お前には、関係ない……」

「ほう? 随分な口を利くんですね?」


 当てがわれた刃が柔肌に食い込み、血赤の線が引かれる。


「やめろっ」


 悲鳴にも似た声を上げた。そんな情けない声を出すなんて。シャル自身も自分に驚いた。

 弱くなった。状況の打破が無理な弦上、それを嫌という程痛感する。

 こんな事なら、守るなんて言わなければよかった。できもしないのに。今更ながら、自分の迂闊うかつさを後悔した。


「さてと。そろそろ引き揚げるとしよう」

「そうですね」


 ソルベージュを盾にしながら歩み寄る忍者の男。シズクはメルティナを抱えて立ち上がる。


「レド!」


 登壇したソルベージュが慌てた様子で双子の片割れに駆け寄ろうとするも、忍者に動きを制されて立ち止まることしかできない。


「ソ――」


 レドベージュは双子の姉の名前をつぶくも、それすらとがめられた。


人質ひとじちは二人もらんな」


 拘束を解くと、間髪入れずに背中を一閃。闇晦あんかいな夜に鮮血が舞った。


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