復讐の謀略
シャルは笑顔を作り、気を取り直して声を掛ける。
「さてと。僕たちも行こう。神楽の練習もあるし♪」
「はい………」
差し伸べた手を取るも、元気がない。理由は分かり切っている。
「シェムヘドたちと殺し合うのが嫌なら、メルティナは神殿で待っていればいいよ」
確かにシャルはシェムヘドに直接手を下せない。だが、クロアやナガルたちが居れば問題はない。たとえ相手が竜級冒険者だけで構成されてたとしても、やりようはある。
「君はただ、朗報を待っていればいい」
明るく朗らかに。彼女の不安を少し手も払拭できたら。そんな思いから屈託ない笑みを浮かべた。
「…………」
それでも彼女は紺碧の瞳を儚く揺らすだけで、何も言葉を発しなかった。
シャルは説得を諦め、メルティナを連れ立って神楽の練習へ向かった。
〇 〇
オヴェリアの依頼から二日後の夜。メルティナは呼び出されていた。
場所は屋外の舞台。神楽を収める祭儀用のそこは水路で周囲と区切られた木造の高台。
舞台の裏手にある桟橋を渡ると、備え付けの階段を一段ずつ上る。
メルティナはまるで、絞首台に登壇するかのように気分が沈んでいた。万が一に備えて剣帯に吊るした双剣に手を掛け、心を落ち着かせる。
床板を軋ませる音で長身瘦躯の男が振り向いた。
「やあ、こんばんは♪」
気さくに話しかける彼はスウィニ。各地での神楽奉納だけで生計を立てる巡礼者。
月が雲隠れする中にあって晴れやかな顔。メルティナとの逢瀬を心待ちにしていたと言わんばかりに。
「…………」
それとは対照的に、メルティナの顔は浮かない。気分も暗く沈んでいた。
彼を無視して舞台の中央へと歩を進める。眼下には水路、それを囲むように設えられた即席の観客席。三日後には本番。
晴れた日差しの中、満席の観客席を前にシャルたち囃子手が奏でる曲に合わせて神楽を舞う自分の姿を思い浮かべた。
「ああ、なんて素敵な夜だろう。本当に、会えてうれし―――」
振り返りざまに鞘から双剣を抜き放って肉薄。
「私は全く嬉しくありません。他人を脅迫して呼び付けるとは一体、どういう了見ですか?」
屈めた上体から憤怒の形相で下から睨み付け、腕を伸ばし白刃を相手の喉元へ宛がう。
『『血霧』のことで話がある』
耳元で囁かれたそれは、メルティナにとっての殺し文句だった。
シャルが『血霧』だと知っている神殿関係者はヴァイスだけ。このタイミングで彼が殺戮者だという過去が暴露されれば、商人を通じ金をかけて『舞姫』として自分を宣伝してくれた努力が全て水泡に帰す。
最悪、それだけならまだいい。問題は神殿側の対応とその行く末。
拝観者が途絶え、『血霧』に恨みを持つ冒険者たちが神殿に殺到して来たらもう、目も当てられない。それだけは絶対に防がなければならなかった。
「お、穏やかじゃないなあ。まずは落ち着いて。仕舞ってくれないかなあ……?」
恐怖で脂汗を浮かべ、声を上ずらせるスウィニ。両手を掲げて降参を示す彼だが、どこか余裕を感じさせた。
殺せるわけがない。それを悟られているのがメルティナは腹立たしくて仕方がない。
「くっ………」
ギリ、奥歯を強く噛み締め、憤怒に顔を歪め忌々(いまいま)しい視線を突き刺しながら鞘に納め、改めて彼と対峙した。肌の露出が多い踊り子の装束。
飛竜の鋼殻を鍛え上げたこの双剣なら、容易くなますにできるだろう。実行して肉塊となる彼を想像する事で冷静になろうと努力した。
(ああ。私は醜いなぁ……)
こんな凄惨な光景を妄想するなんて。毒婦と蔑まれ、強いられた単独活動と下劣な男たちのストーカーによって、すっかり性格がねじ曲がった。諦念に似た感傷で月明かりのない夜空を見上げた。
近付こうとする彼を、挙動を消した抜剣で牽制。顔を引き攣らせるスウィニ。
「教えてください。誰に、それを聞きましたか?」
「ちょっと待って。僕の――」
「アナタの話に興味はありません。ただ質問に答えてくれるだけでいい」
一歩踏み出すとそれに合わせて下がる。が、足を縺れさせ尻もちを着いた。この事からも、彼が実戦慣れしてないことがよく分かる。
実際、彼のような巡礼者は珍しくない。自身では戦わず、舞台に登壇し踊るだけで生計を立てる人間は少なくない。
冒険者組合に出す演者募集で来るのはそういう手合いが多く、メルティナのような人間の方が珍しい。
「それで。一体、誰なんですか? 無粋の極みみたいな人物は」
冷たい眼差しで見下ろす。この厄介極まりない男を排除できれば、どんなに気分が晴れるだろう。シャルたちが躊躇いなく殺人を犯す気持ちが、少しだけ理解できた。
自身の胸元に手を当て、純白の巫女装束に触れながら首のチョーカーを指でなぞる。
自分はそれほど可愛げがある訳ではないし、息を吐くように嘘も吐ける人間だ。
くすみ一つないこの純白が似合う人間ではないし、彼の優しさに浴する資格もない。
(本当に。申し訳ないことをしてしまいました……)
確かに、彼は殺戮者なのだろう。他人を殺すことに躊躇はないし、そのための手段も特に選ばない。だが一方で、それを楽しむ不純さもない。
共感はしてないのかもしれないが優しさを理解し、他者にそれを分け与えられる。見返りなど、一切求めずに。
日々、神殿の財政健全化に勤しむ姿を見て思う。こっちの彼の方が真実なのではないか?
復讐に駆り立てる人間が居なければ。と、そんな事を考える。
しかし、それではこうして会うこともできなかった。だから、耽った思索を止めて無様に呆ける男を見下ろす。
「さあ。早く答えなさい。誰なんですか?」
剣先を突き出してせっつく。小さい悲鳴が上がったが無視した。
「し、シズクだっ 彼女に教えてもらったんだ! そうやって言えば、君は無視できないだろうって……」
演者募集で神殿に迎え入れた初日から、彼はメルティナを口説きに来た。
他の演者やシャルの居る中でもそれは変わらず、シャルを彼氏だと紹介しても悪びれる事無く口説きに来たので最終的に無視していた。そんな様子に周囲はすっかり呆れていた。
必死に弁明する彼を見て、メルティナは違和感を覚えた。無表情だった顔を怪訝に歪める。
「どういうことですか?」
疑問を払拭するべく、さらに追及する。
「どうもこうもないっ 今言った通りさ!」
違和感が喉元まで込み上げる。何かがおかしい。焦燥が胸に燻ぶり、背筋が冷や汗を掻く。
念のため確認。膝と手を床に着いて彼の瞳を覗き込む。嘘を言っているようには見えない。恐怖する姿を装っている様子もない。手掛かりが――
「安心してください。『血霧』が誰かまでは、教えてませんので」
「え―――」
肩に乗せられた手は、魔晶石を嵌めた黒い手袋に覆われていた。
電光が閃く。突如、表皮の下を剣で八つ裂きにされたような激痛が迸る。
《隠蔽》と《電撃》。気付いた時にはもう遅い。
「がっ は………っ」
音を立て床に倒れ伏した。神経が迷走し、筋肉が痙攣。身体の制御が利かず、上手く呼吸ができない。
途切れかける意識を気力でどうにか繋ぎ留め、頭上の相手を睨み付ける。
シズク。募集で神殿にやって来た彼女は魔道士で笛の奏者。その顔は能面のように何の感情も浮かべない。
『巫女の一人は仮面を被ってたんで、顔は知らないっスね。まあ、あんだけ特徴的な姿なら問題ないっスけど』
盲点だった。木を隠すなら森と言われるように、仮面を外してリタラたちと同じ巫女装束で神殿内に居れば判別し辛い。
潜伏する人間を探す事に躍起になる余り、復讐相手の懐深くに入り込むという発想が自分たちには欠けていた。
「おや? まだ意識があるご様子。存外、強靭なのですね」
黒い手袋が視界を覆う。そうして理解した。これこそが、この状況こそが彼女の策略。
シャルを陥れるため、まずはメルティナを狙った。
一瞬の閃光が視界を焼く。
再び激痛が全身を駆け巡る。
(あ―――)
意識が、途切れた―――
そろそろストックがないので、休日も一日一回投稿にします。ごめんなさい。
予定では8月までには完結させるので、応援よろしくお願いします。




