助け舟
バウゼンたちが退室した後、ソファから動かないシャルは頭を抑えて蹲る。当然のことながら頭を抱えた。
「…………」
どう見ても対シャルディムを想定して盤石な抹殺の包囲網。
こちらは戦力を限定され、相手にとって有利な条件での全面対決。しかも、あちらの戦力の全容をシャルは把握していない。にもかかわらず、敵は切り札以外の手の内を知っている。
厳しい戦いになるのは、火を見るよりも明らか。
「大丈夫、ですか?」
不安げなメルティナが遠慮がちに尋ねる。その様子にシャルは溜め息を吐きながら背筋を伸ばした。
「大丈夫に、するしかない……」
溜め息に肩を落とした。結論は出ている。ただ、それまでの筋道を作るのが難しいだけで。
「いやぁ、楽しみですねえ♪」
「よく言うよ、まったく……」
クロアは唇に指を宛がいクツリと笑う。圧倒的不利な状況で喜悦を浮かべられる精神性が羨ましかった。
「あれ? 大将が死んだら、オレらってどうなるんスかね?」
「知らない。バウゼンか、ヤズフィリオが面倒見てくれるかのどっちかじゃない?」
よくもまあ、本人の居る所で。しかし、項垂れるシャルは律儀にも答えてやった。
シャル不在での雷竜討伐が上手く行けば、ナガルたちを雇ってる本人が死んだからと言っても即刻解雇にはならない筈。
自身としても確証はないが。何せ、自分が死んだ後のことだから文字通り知る由もない。
「まあ、なんにせよ。自分で蒔いた種だな」
我、関せず。他人事のように傍観を決め込むザウラルドがソファから立ち上がり、踵を返して部屋を後にしようとすると、再びエブリシュカが入って来た。
「何の用だ?」
怪訝にそう尋ねるザウラルド。
「アタシとアンタ。それとそこの根暗に、依頼の話が来たわ」
「ハハッ 誰っスか、根暗って?」
「だから、そりゃさっき――」
「依頼主はオヴェリア・レピデュス。神刀十二仙の一人からよ」
「え―――?」
絶句したシャルは目を瞠った。
どうして、このタイミングで?
そして何より。エブリシュカはいつ、その話を持ち掛けられたのか?
彼女は疑問に答える事無く、ソファへと腰掛けた。
「内容は簡単。さっきのヤツを含めたあっちのパーティーを全滅させてそこのクソガキ、シャルディムを守れって」
「あ?」
疑問に声を漏らすのはザウラルド。そんな彼を無視してエブリシュカはテーブルの上に何か置く。
それは、手のひらに収まるくらいの金属質のような板。その板から一人の女性の顔が覗く。
『やっほー。シャルディム、見てるー?』
腹話術のように金属板そのものが言葉を発していた。板の中で手を振るのは、梢のような双角を青髪の頭に生やし、蒼碧の鱗に覆われた竜尾を持つ竜人の女性、オヴェリア・レピデュスその人。
『そっちで色々善行積んでるみたいだし、ちょっとだけ助けてあげる』
「え………?」
中性的な顔立ちで微笑を湛えるオヴェリア。掴み所のない飄々(ひょうひょう)とした態度からは真意を図れない。
彼女との邂逅に、シャルはただただ困惑していた。
〇 〇
イシャードへ赴く前。シェムヘドは聖都に居るゼルティアナの元に来ていた。
彼女が日々鍛錬している弓道場にて、復讐の手伝いを願い出た。
「断る。復讐など下らん」
放たれた矢は遠く隔てた的に命中。まさに正鵠を射る腕前。
意味が分からなかった。同僚であるジェスレイドを殺されたというのに、まるで何の感慨も無いかのような言動に困惑した。
「くだら、ない………?」
シェムヘドは我慢ならなかった。自身の義憤を安易に否定され、思わず顔が引き攣る。
それでも相手は英雄で格上。彼女が鍛錬に神器の大弓を使用している手前、事を起こしたところで返り討ちに遭う(あ)のは目に見えている。
怒りに拳を震わせながら、黙って話を聞くしかなかった。
「そうだ。下らんよ復讐など。そんな事をして、死者が戻ってくるわけでもあるまいし」
また命中。彼女は特に決まった射形を用いるのではなく、様々な姿勢からの射撃を試す。
中には、敢えて真っ直ぐ引かない事で螺旋回転による曲射、軌道を曲げて的中させていた。
とにかく、当たればいいという事らしい。
「どう、して――」
「簡単な事だ。一度戦場に立てば、英雄と言えど死は隣人。仲間の死を忌避して、何が武人か」
大事なのは生死の結果ではなく、貫いた正義。そう諭す英雄はブレない。ひたすら的を外すことなく皆中を続ける。
「それにしても、冒険者というのは本当に退屈らしいな。あの居眠り女が十二仙に鞍替えするのも頷ける」
冷言。向けられた視線には失望と憐憫があった。
「は………?」
「そうであろう? 果たすべき責務も無ければ、為すべき大事もない。そして、貫く正義すらも。であればこそ。易きに流れるように、復讐に走る。今の貴様のようにな」
「――――っ!」
何が分かるというのか。そう言ってやりたい衝動を必死に抑える。鬼札のごときこの英雄を仲間に引き入れ、確実に復讐を遂げるために。
「その点、アレはまだ見所がある。聞くところによると、赴任した神殿でその才覚を活かし、神殿の経営を上向け街に貢献し、懸命に励んでいるらしいからな」
「アレ、とは?」
「シャルディム。貴様が『血霧』と呼ぶ復讐相手の名だ」
「バカなっ あんな殺戮者が、どうして⁉」
『血霧』の事を言っているのは、話の脈絡から分かった。しかし、信じられない。殺戮しか能のないクズ。そんな印象しかシェムヘドの中にはなかった。
「なら、実際にその眼で見て来るがいい」
勿論、そのつもりだ。自らの手で殺さなければ気が済まない。
だというのに、
「犯した罪は消えん。だが、生き方を変えることはできる。貴様もまずは、貫くべき己が正義でも見付けることだな」
話は終わりとばかりに背を向けると再び弓を番え、矢継ぎ早に的へと撃ち込んでいく。
拒絶を感じたシェムヘドは引き下がるしかなかった。
失意のまま鍛錬場を後にして、
「ふざけるな!」
憤怒の形相で怒声と共に壁を殴る。往来の人々が奇異の目を向けて来たが無視した。
「お前なんかに、なにが分かる………っ」
散々上から目線での説教を喰らい、怒りで腸が煮えくり返っていた。
『貴様もまずは、貫くべき己が正義でも見付けることだ』
「なにが、正義だ………っ」
正義も大義もある。極悪の殺戮者である『血霧』を殺す事がそれ。
アレは、生まれて来てはいけない存在だった。
だってそうだろう。十歳の頃から殺人に勤しみ、成人を前にその数は三桁を超えた。
『血霧』は存在自体が呪われている。殺戮という呪詛を吐き散らす輩は、何をもってしても排除されなければ。たとえどんな手を使っても。
今もなお、のうのうと生きていることなど許されない。生きる価値もない存在は、殺しても罪に問われない。絶対に。
「待っていろ。『血霧』………ッ」
必ず殺す。拳を握りつぶすシェムヘドは再び、固く心に誓った。
〇 〇
十二仙のオヴェリア。彼女の存在によって状況が一変した。
『取り敢えず、組合とは例祭までにわたしが書面でやり取りしておく。その間にケリ着けて』
「まあ、それは良いんですが……」
英雄を前に、シャルは居住まいを正して畏まる。手筈よりも気になったのは、エブリシュカとの関係性だった。
「ちょっと待て。なんでコイツが英雄なんかの小間使いやってんだ?」
「誰が小間使いよ。密偵だっつーの」
ザウラルドの疑問に舌を突き出すエブリシュカ。
「密偵っスか?」
「ええ、そうよ♪ 妓楼でバイトしてたら、前任者が来てね。この神器を自慢して来て、折角だからって英雄様自ら交代を要請したのよ♪」
ナガルの質問に嬉々として答える。
『まあ。前任者も任務をサボったり始めてたから、丁度良かったんだよね』
因みに前任者は灰になった、との事。
いや、それよりも。
「神器、なんですか……?」
恐る恐るオヴェリアの顔を覗き込むメルティナ。シャルもまた、神器の出現に戸惑いを隠せないでいた。
12時と17時に投稿




