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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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処刑の日程

 その後、冷や水を浴びせられて無理矢理起こされた。相変わらず彼女は息一つ乱していない。

 長い休養でブランクがあるとはいえ、精霊化(アストライズ)で身体能力が向上しているというのに。

 改めて英雄の実力を突き付けられ、シャルは凹んだ。


「やっぱり、恨んでるんですか……?」


 月一で稽古を付けにやって来るゼルティアナ。

 生真面目な彼女に、雑巾がけで水を拭うシャルは不貞腐ふてくされた声音でたずねる。少なくとも、そうでなければわざわざ執拗しつようなまでに稽古を付けに来ない。

 それが、シャルの推測からなる結論。


「恨んでなどいない。だとしたらそもそも、こうして顔を突き合わせるのも苦痛だろう。もし私が貴様を恨んでいるのなら、稽古にかこつけて、殺そうとするのが普通だ」


 そんなつもりは毛頭ない。真っ直ぐな双角を生やす鬼人オーガスの彼女は断言する。

 では何故、朔夜さくやよりも足繁しげくわざわざ稽古けいこを付けに来るのか。意味が分からない。


「貴様がジェスレイドを倒したからだ」

「でも、仲間が片腕を斬り落としたから――」


「だとしても、だ。たとえ片腕だろうと、並みの冒険者風情に後れを取る相手ではない。その事は私が一番よく分かっている。貴様は、そんな相手に勝ったのだ」


 卑屈ひくつなシャルに対し、ゼルティアナはりんと背筋を伸ばし堂々と断言する。


「《似姿(デコイ)》や《隠蔽》を多用した、攪乱かくらん戦術でも?」

「そうだ。戦術は問題ではない」


 大事なのは、それをやってのけた結果と実力。


「そうやって負い目に感じるのなら、もっと実力を付けて人々のために尽くせ。それが、貴様にできる唯一のつぐないだ」

「償い……」


「そうだ。復讐など下らん。そんなことをするくらいなら、貴様の才覚を錬磨れんまし、再び世に出してやった方がよほど建設的だ」

「世に、出る……」


 意外だった。シャルはこのまま、ナハティガルナの元でひっそりと余生を過ごすものだとばかり思っていたから。そんな心情を、厳しい稽古けいこ相手に吐露する。

 叱咤しったされるかもしれない、吐いた弱音に後悔が込み上げて来た。


「馬鹿を申せ。そんな幼いうちから引きこもるつもりか? そんなことをさせるために、私はここに居るのではない」


 正座から立ち上がるとシャルに歩み寄り、膝を着けて目線を合わせる。


「貴様はまだ若い。そんな年齢で、全てを分かった気になるな。もっと謙虚けんきょで居ろ。世界は貴様が思う程、悪辣あくらつでもなければ単純でもない」


 それだけ言うときびすを返し、乾いた雑巾を持参して水気を拭き取っていく。


「休憩は終わりだ。さっさと終わらせるぞ」


 生真面目な彼女は床から目線を外さない。ツンとしたものが込み上げて来る。


「はい………っ」


 顔をくしゃくしゃにして涙をこらえながら、力の限り床を拭いた。


  〇                                 〇


 寮での朝食後。シェムヘドの突然の来訪にシャルは目をく。

 そしてバウゼンと一緒であることにシャルは戦慄を覚えた。

 依頼の話だ。その一言でシャルとメルティナ。それと問題児四人が応接室で一堂に会する。

 話の口火を切るのは、柔和な笑みを貼り付けるシェムヘドではなく、バウゼン。


「雷竜討伐の件なんだがな……」


 話の内容は一見、至極全うな内容だった。

 シャルの口添くちぞえで神殿の戦力である守護職と冒険者組合(ギルド)は協力関係にあり、雷竜討伐などでは共同戦線を張っていた。


 採れた鋼殻を神殿名義でおろす事で大金を稼ぎ、売り上げを双方に分配しても経済的には結構潤っていた。

 そこでシェムヘドが提案する。


「シャルディムとメルティナ。それにクロアの三名を我々のパーティーに加えて雷竜討伐に乗り出し、残る三名は守護職と冒険者の班に組み込んで組合(ギルド)職員に率いてもらってはどうでしょう?」


「なにが。どうでしょう、だ」


 これ以外の腹案や逃げ道なんて、最初から用意してないクセに。顔をしかめたシャルが悪態を吐く。

 これは私刑のための方便。シャルたち三人を多勢に無勢でなぶり殺すつもりだ。


「まあ、そう言ってくれるな……」


 沈痛な面持ちのバウゼン。その態度を見れば分かる。『血霧(ブラッドヘイズ)』の名前を公表すると、脅されているに違いなかった。でなければ、わざわざ神殿にまで来てヤズフィリオを退席させたりしない。


 それに、この話は組合(ギルド)にとって必ずしも不利益を被る訳ではない。

 シャル抜きでの雷竜討伐が成功すれば、その死後も付き合いを継続させるメリットが生じる。


「ええ、いいでしょう。私は構いませんよ」


 真っ先に賛同したのはクロア。


「本当にいいの?」


 あの、ヴィンセントとかいう武闘家と殺し合いになるのは明白。それでも彼は首を縦に振る。


「いやぁ、ありがとうございます。ええ、アナタならそう言ってくれると思ってましたよ♪」


 胡散臭うさんくさい笑みが不快だった。


「それで? 他の方――」


 無言を貫くエブリシュカが赤竜を一頭けしかける。鯨飲げいいんすべく広げられたあぎとをシェムヘドが素手で抑え付けていた。


「おい、エブリシュカ!」

 

 非難めいた語調で声を荒げるバウゼン。


「黙りなさい。いいようにやられるしかない無能が…………っ」

「なっ―――」


 吐き捨てられた罵倒にバウゼンは絶句。正論に抗弁できない、そんな様子だった。


「どういうつもりでしょうか?」


 竜頭を押し留めるシェムヘドは余裕の笑みを崩さない。


「気に入らないのよ、他人の思惑や指図に従うのが。冗談じゃないわ」


 浮かべるのは妖艶ようえんな笑みではなく、敵意をき出しにした憤怒ふんぬの形相。


「では―――」

「受けるわよ。受けりゃいいんでしょ」


 鼻を鳴らして立ち上がると、際どいスリットのスカートを揺らして部屋を後にした。


「さてと。他の皆々様はどうされますか?」


 両手を広げて芝居がかった仕草で返答を促す。シャルは腰の倉庫鞄(ストレージ)から今すぐ飾太刀かざたちを抜き付けて叩き斬りたい衝動に駆られた。寸での所で我慢したが。


「その依頼。組合(ギルド)にとって、そんなに重要なのか?」


 重い口を開けたのはザウラルド。顔をしかめ鋭い視線で射貫いぬくのはバウゼン。


「そうだ。組合(ギルド)の冒険者の実力を底上げするのは勿論、結果的にこの街も経済的に潤うからな」


 事実、鋼殻は勿論、肉や脂、骨に至るまで。様々な用途に使われるため高値で取引される。

 床を見詰めて黙考すると、


「わかった」


 ザウラルドも受領した。


「まあ。金が入るなら、別にいいっスよ?」


 ナガルはノリが軽かった。

 残るはシャルとメルティナの二人だけ。


「因みに。そこまで彼を毛嫌いする理由は何ですか?」


 シャルに尋ねるのはクロア。隠し通すことはできない。隣に座り、不安げな表情を浮かべるメルティナを見て確信した。


「僕はコイツの恋人ってヤツを殺したらしい」


 まったく身に覚えがないけど。たっぷりと嫌味を込めて吐き捨てる。

 緘口令かんこうれいの手前、時期までは言わないし教えてやる義理もない。

 この時、笑みを浮かべるシェムヘドの表情が一瞬だけ固まった。


「テルテュスに懇願されたから、コイツは殺さないでおいてやった。けど、そのせいで執拗しつように追い回されたし、その同情のせいでテルテュスは死んだ」


 そう――――


「コイツの矢に、貫かれてな!」


 言葉にした途端、ドス黒い怒りが込み上げ気が付けば激昂げきこうして立ち上がっていた。指を差す手に力が籠る。歯噛みし呼吸も乱れていた。


緘口令かんこうれい――」

「時期は言ってないし、死亡云々も口にしてない。他人の話くらい、もう少しちゃんと聞いたらどうだ?」


 つまり、テルテュス事件について何も口にしていないのと同義。テーブルを叩き付け挑みかかるように。対面のシェムヘドに顔を近付け睨み付ける。


「…………ほう?」


 笑みが消えた。その様子に少しだけ留飲が下がり、心に余裕が生まれる。バウゼンから注意を受ける前にソファへと身を沈めた。


「いいだろう。交わした誓約上、僕はお前を殺せない。その依頼、受けてやるよ」


 鼻を鳴らして腕を組み、踏ん反り返る。

 事件後。シェムヘドの名を知りその後、特殊な術式の施された誓約書に署名した。

 施術された術式によって誓約書は絶大な強制力を持ち、「条文の契約違反は死」という一文がシャルの命運を文字通り握っていた。


 文言の中には「シェムヘドを殺してはならない」と「違反の際は自らの死によってあがなう」と記載されており、手が出せなかった。

 だとしても、問題はない。復讐ふくしゅう劇を正面切って粉砕する。そう覚悟を決めた。


「…………では、私も」


 メルティナも渋々了承した。


「ありがとうございます♪」


 これで全員。シェムヘドは貼り付けた笑みの喜色を深めた。


「ただし。近日中に例祭があるから、それ以降でね」

「ええ。解っていますよ」

「フン!」


 それから、具体的な日程についてのすり合わせを行い、話がまとまった所で解散となった。


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