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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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昔日の修業

 更に、プレッツィオの講釈は続く。


「ああ。実はサイコパスは脳の構造も特殊だからか、感情の起伏にも乏しくてな。自身がサイコパスと診断されても、平然としてるんだよ」


 ショックを受けたりもせず、診断後の変化も特にないらしい。

 異常者はその異常性を指摘されても動じない。それで問題や軋轢あつれきが起こっているのに、自身を顧みなくても問題ないと思っている。それは、完全にザウラルドの理解を超えていた。


「お前、よくあんなのとパーティー組んでられたな」


 神殿に初めて来た時。シャルディムと組んでいたことはプレッツィオ本人から聞いていた。


「まあ、別に問題ない。殺人を手段の一つとして割り切る冷徹さを持っているサイコパスだが。自分の有用さや仲間であることのメリットを提示していれば、余程の事がない限りは殺さない」

「そういうもんかよ……」


 そういうもんだ。首肯しゅこうし断言されては反論の余地もない。


「殺す機会を虎視眈々(こしたんたん)と狙っているようにしか感じねえけどな」

「正しいよ。メリットを提示してない以上、お前はいつ殺されてもおかしくはない」

「ざけんなっ やってられるか!」


 やはりる気満々だった。こんな所にいたら文字通り殺されてしまう。

 いきり立ったザウラルドは肩を怒らせ、即座にきびすを返した。


「逃げられると、本気で思っているのか?」

「あ………?」


 低くドスの利いた声が不穏。その台詞が耳朶じだを打った瞬間、反射的に振り返っていた。


いさかい起こしてデメリットしか提示してない奴を、アイツが放置しているとでも?」


 そもそも、


「この会話を、どうして盗み聞きしてないと思うんだ? お前は」

「―――っ」


 思わず辺りを見渡す。しかし、それで気付けるようならとっくに察知している。

 考えてみれば、プレッツィオの言う通りだ。ここはシャルディムの本拠地で、神殿関係者には殺戮者さつりくしゃとしての過去を巧妙こうみょうに隠しているので信頼が厚い。


 そしてザウラルドはクロアとのいさかいのせいで周りから浮いている。

 つまりこの状況。殺されてもシャルに疑いは向かないし、クロアやナガルといった竜級冒険者から殺されてもしょうがないと、考えられてもおかしくはない。


 既に剣を喉元のどもとに突き付けられているのと変わらなかった。

 勿論もちろん、ザウラルド自身にも絶技イクシードや切り札があるので簡単にやられたりはしない。

 が、それは相手も同じ。実力が未知数な以上、リスクはデカい。


「さっきも言ったが。メリットを提示し有用であることを証明すれば、殺される事はない」

「明日にでも殺されるってのにか?」

「なら、今日中に示せばいいだけだろ?」


 確かに、そうではある。


「どうやって?」

「そうだな………他の冒険者に、稽古付けてやるとか?」

「なんでオレが……」


「あくまで俺が興味あるのは患者だけで、死体にはないからな?」

「………っ」


 本当に殺されるぞ、お前。そう言われている気がしてならない。


「なんで、こんなキチガイが神職やってんだよっ⁉」


 本当に理不尽だ。誰だ、あんな殺人鬼を神職として雇ったバカは。拳が怒りに震える。

 ザウラルドはソイツを力の限り全力で殴りたい衝動に駆られた。


「そうやって、いつまで不貞腐ふてくされてるつもりだ?」

「ああん?」


 誰が不貞腐ふてくされているものか。的外れな指摘にザウラルドは頭に血が上る。


「俺も冒険者だったんだ。『大粛清だいしゅくせい』の酷さは知ってるよ」


 冒険者協会による大規模な綱紀粛正こうきしゅくせい。それを、冒険者の間では『大粛清』と呼んだりする。

 単純な話、それは協会による選別だった。


 協会にとって、都合の悪い冒険者は賞金首として指名手配され、都合の良い冒険者たちはそれを狩る。最終的に一大会戦と発展し、賞金首が徒党を組んだ抵抗勢力は壊滅。協会側の勝利によって閉幕となった。

 対してザウラルドは抵抗勢力にくみし、仲間を全て、信念も含め、全て失った。


「お前に、何がわかる………っ」


 苦虫を噛みつぶし、憤怒ふんぬの形相で睨みつけながら肩口の白衣を掴んで無理矢理立たせる。

 分かる訳がない。冒険者を辞め、医者としてのうのうと過ごしている人間には。


「知らん。だが、それでも惰性だせいで続けて、今もみっともなくしがみついてるのは、お前だろ?」

「黙れ……っ」


「お前は一体、何がしたいんだ?」

「黙れってんだよ!」


 頭突きをかまして至近距離で睨み付ける。しかし、プレッツィオは怯む事もなく意気盛んに眼光鋭くにらみ返して来た。


「シャルディムはな。そんな態度、俺にはおくびにも出さなかったぜ?」

「あんなの、ただの異常者だろうが……っ」


 怒りに震える右腕に更なる力がこもる。


「その異常者は『テルテュス事件』で一人の少女を。命懸けで守ろうとしたんだよ」

「あ?」


『テルテュス事件』。

 巫女みこの最高職である『物忌ものいみ』。それに選ばれた少女を『血霧(ブラッドヘイズ)』が誘拐ゆうかいした事件。法外な身代金を要求して各地を逃げ回り、最後は二人の死で事件は終了した。


 少女を誘拐ゆうかいから救出するため、多くの冒険者が動員されるもことごとく殺され、貴族や商人など、民衆にも死傷者を出した最悪な事件。冒険者の間では、そう伝わっている。

 だが、目の前の男は守ろうとした、と口にした。話の辻褄つじつまが合わない。


「考えてもみろ。誘拐ゆうかいから救出するために大量の冒険者を動員なんて、明らかに悪手だ」


 犯人をいたずらに刺激するだけ。最悪、少女を殺すことだって考えられた筈――


『あのさ。プライバシー云々言ってたのはどうなったのさ?』

「―――っ⁉」


 シャルディムの声にザウラルドは反転し、再び周囲を観察。しかし姿は見当たらない。

 遠隔操作の腹話術。プレッツィオの推測は正しかった。


「全容を話す訳じゃない。それよりお前。今、コイツを殺そうとしなかったか?」

『してないしてない。竜級冒険者を相手に暗殺なんて―――』

「シャルディム」


 名前を呼んで言葉を遮る。


「…………せっかく、他の三人の見せしめにしようとしたのに」


 その言葉から口を尖らせている様子がありありと眼に浮かんできた。


「テメェ………っ」


 自分の命は明日どころか、今にも風前の灯火だった。しかし、肝心の方法が見当も付かない。

 プレッツィオが制止してくれなければ、確実に死んでいた。その事実に背筋が凍る。


「今度の例祭、ザウラルドも警備に加えろ。それで問題を起こさなかったら今後、コイツを殺す事はオレが許さん」


 それが妥協点だきょうてんだ。プレッツィオは厳格に断言する。


「しょうがないなぁ……」


 わかったよ。その台詞を最後にシャルディムは会話を打ち切った。

 危機は去り、やがて静寂が訪れる。

 どんな方法で殺そうとしたか、分かったものではない。ザウラルドの背筋に戦慄が走り、恐怖で身体が凍えた。


「とにかく、だ。アイツが守ろうとしてるものを、一緒になって守ってやれ。それしかもう、道はない」


 腹をくくれ。最後にそう諭された。


「…………」


 選択肢なんて、最初からなかった。


  〇                                  〇


 保護観察からナハティガルナに連れられデューリ・リュヌに帰って来ると、彼女の居城である鎮守府でシャルは穏やかな日々を過ごしていた。

 この命は、自分の物だけではない。師匠に繋いでもらった大切な命。


 亡き師匠のためにも、いつまでも失意の日々を過ごしては居られない。

 初心に帰り、自らに修行を課す毎日を送っていた。

 その際、神刀十二仙から二人ほど修行に付き合ってくれた。


 神刀十二仙。

 ナハティガルナに選ばれし英雄。それぞれが傑出けっしゅつした実力を持ち、神刀しんとうと呼ばれる神器じんぎたまわりし十二人。


 シャルはかつて『事件』の際、そのうちの一人を殺した。

 その実力は片腕を失ってなおすさまじく、運を味方につけて漸く紙一重の辛勝。

因みにその片腕は、仲間が不意打ちの奇襲で奪った物。正面切っては絶対に倒せなかった。


 十二仙のうち、一人は師匠の親戚に当たる鏡月朔夜かがみづき さくや

 彼女はシャルが神殿に来た当初から度々(たびたび)師匠の下に遊びに来ては稽古をつけてくれていた。

 もう一人は、ゼルティアナ・タッチェル。


 弓の名手である彼女は近接戦闘においても相手の攻撃をかわしながら矢をつがえて射掛けるという離れわざ披露ひろうし、稽古中はシャルを散々翻弄した。


「…………」


 この日もシャルはゼルティアナにいいようにあしらわれ、息も絶え絶えで床に伏していた。

 身体が鉛のように重い。手放した木刀を握り直す作業さえ億劫おっくうだった。


「仕方ない。そろそろ休憩に――」

「まだ、まだ……っ」


 同情なんて、まっぴらだった。シャルはなけなしの力を込めて立ち上がろうとする。

 即座に顎を蹴りで跳ね上げられ、今度こそ意識を刈り取られた。


今度は17時

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