酒席の殺伐
まずは相手をつぶさに観察。シャルディムの特徴として、気配の薄さが挙げられる。
(暗殺者かっつーくらいなんだよなぁ……)
今日は特に気配が薄い。そしてこちらに意識を向けるような仕草は見られない。
確実を期すため、無意識に引き金を引くことはしない。銃撃すれば防御障壁が発動して防がれるのがオチ。そうなればナガル自身が危ない。
「仕事の依頼って、誰に何をさせんだよ?」
「まあ、それは例祭でのお楽しみってヤツで♪」
敵意を露にする大男に対し、柔和は笑みを浮かべる少年。つまり、シャルディムはナガルたち以外の人間に何かをさせたいらしい。具体的なことは分からないが。
「どうして、内容を隠す?」
「情報はどこから漏れるか分からないからね。まあ、ちょっとしたお使いだから。気にしなくていいよ?」
「なら、尚更隠す意味がわからねえ」
話が平行線をたどる。ますます警戒心を強めるザウラルドに、少年は辟易した表情を作る。
相変わらず気配が薄い。それと魔力も。普段よりも――――
(いや、ちょっと待て)
ザウラルドが殺気を出していないにせよ、あれだけの気迫に充てられても身体の緊張が感じられないのは異常だ。
ここへ来て《似姿》の可能性が頭を過ぎる。
(あっぶねぇ。もう少しでボロ出すトコだった……)
遠目からでは真偽の確かめようがない。ここは慎重に状況を静観する。
「そんな警戒する必要ないよ? たいしたことじゃないから」
「大したことないなら、ここで話せるんじゃねえか?」
益々警戒を露にするザウラルドに苦笑したシャルが肩をすくめた。
『ねえ、ちょっと。ナガルからも何か言ってやってよ?』
(は―――?)
ナガルは咄嗟に周囲へ視線を巡らす。
特段、異常はない。次にシャルを凝視した。が、相変わらずザウラルドと対峙しているだけで、目線はこちらに寄越してこない。もっとも、赤鬼の仮面で目元を隠しているから本当の所は分からない。
「だ~か~ら~。それはできないんだって」
「信用ならねぇな」
「あれ? もしかして、この前のこと根に持ってるの? 陰険だなぁ……」
『ねぇ。あの警戒心、どうにかならない?』
ほぼ同時に聞こえて来た。つまり、彼は同時に二つの会話を組み立てながら《似姿》の虚像を精巧に動かしている。誰にも姿を見せない形で。
およそ常人のできる事ではない。人間離れした技量に背筋から冷や汗が噴き出、肝を潰した。
「テメェ………っ」
怒気が殺気に変わった。漏出する魔力が魔風となって酒場内を吹き渡る。喧騒と熱気が渦巻く酒場は、いつしか冷たく水を打ったように静まり返っていた。
ザウラルドが激昂するのも無理はない。合流初日の夜。ザウラルドとクロアは、あわや戦端を開きかけた。それを仲裁したのがシャルディム。
(いや、あれは―――)
仲裁なんて、生易しいものじゃない。ナガルの時同様、二人を爆殺しようとした。顔色一つ変えずに。
それで信用とか、警戒心を持つなど言う方が無理だ。
「なにやら、楽しそうなことになっていますねぇ」
独りテーブルに腰掛けていたのは、銀狐の半面を被った男。振り返った顔には柔和な笑みを貼り付ける。クロアもまた、仮面の下を腫らしていた。あれでよく酒が飲めるものだ。
「………なんで居んだよ」
「別に。私がどこで何をしようと関係ないでしょう?」
「そうかよ。おい、そこのガキが何を企んでるか。洗いざらい話せ」
「知りませんよ、そんな事。一々気にし過ぎなのでは?」
「ああん?」
「うん。僕もそう思う」
二人の諍いにシャルディムが燃料投下。冷めかけた空気が再び怒りで燃え上がる。
「何をしている」
老境に差し掛かった白髪交じりの冒険者、バウゼンがカウンターの奥から声を掛けた。
険のある厳めしい顔。その迫力に、引き絞られた弦のように空気が緊張した。
シャルたちはバウゼンに言われるまま酒場の奥、冒険者組合の奥にある応接室に通された。
テーブルを囲む長椅子に腰掛けると、厳しい顔付きのバウゼンが盛大に溜め息を吐いた。
「お前らな。ここで揉め事を起こして欲しくないから、神殿に出向してもらったんだが?」
気迫を漲らせた鋭い眼光でナガルたちを睨み付ける、三人の顔に緊張が走り空気が軋んだ。
「特にナガル」
「え? オレっスか?」
黒い仮面の下で驚愕に目を白黒させる。本当に自覚がないらしい。
他の二人は胡乱な視線を彼に向けているのがシャルにも分かった。
「なんで、酒を飲んでいるだけで死体ができるんだ? それも、二つも」
怒気の孕んだ視線はナガルを竦み上がらせた。
「い、いやぁ。なんつーか、アレっスよ。ホラ――」
「次は、無いからな?」
焦って弁明するナガルを遮り、ドスの利いた声が重苦しく響く。
「―――っ へい……」
圧倒された黒仮面は首を縮こませて頷いた。
「頼むから。もう少し何とかならんのか? 軋轢をこっちにまで持ち込んで来るな」
(そっちが押し付けたクセに)
身勝手な発言だと、思わず睨んだ。しかし、バウゼンはどこ吹く風。ズルい大人だ。
「ならねぇよ。大体コイツ、顔色一つ変えずに平然と人を殺そうとするんだぞ? 一緒に居たらストレスで息が詰まる」
「えぇ……いや、あの時は普通に怒り心頭だったんだけど? 大丈夫、頭?」
ハッキリ言って心外だ。しかしこの場はそれよりも、まるで相手の感情が分からないザウラルドの様子が気になった。
「………あ?」
怒りに顔を歪め、殺気が籠った鋭い眼光を向けて来る。
「いや、だってさ。お前らが戦うと、絶対周りに被害出るし。さっさと仲裁したかったんだよ」
「仲裁? 爆殺の間違いだろ?」
「まさか。あれぐらいで死ぬなんて、思ってないよ?」
それでも本気である事は伝えたかった。そのための爆炎符だ。
「こういうヤツなんだぞ?」
ザウラルドは渋面を浮かべて指差し、バウゼンに抗議する。
「お前らが悪いだろう。喧嘩や殺し合いを、しなければいいだけの話だ」
「そうそう」
全く、被害者面も甚だしい。シャルはしきりに頷いた。
「やってられるか」
ザウラルドはうんざりした様子で腰を上げ、それだけ言い残して去って行った。
「とにかくだ。ここでも、神殿でもこれ以上の問題は起こすな。お前たち貴重な戦力を、賞金首にして失いたくはない」
組合との約定を違反して契約不履行になった際は、賞金首として指名手配され、同業者たちに狩られる。もっとも、この三人の内誰か一人でもなった場合、かなり骨の折れることになるのは明白だった。
じゃあ、職員として自分で抱え込めよ。そんな非難の眼差しを仮面越しに向けても、老境の冒険者には伝わらない。ボケでも始まっているのかと、医者の診察を勧めたくなる
エブリシュカにも釘を刺しておけ。その言葉を最後に、この場は解散となった。
〇 〇
翌日。ザウラルドはプレッツィオの居る診察室に来ていた。弾倉の付いた大太刀、バレットブレードを携えて。勿論、待合室では何事かと他の通院者に恐れられていた。
『大丈夫? 昨日はちゃんとよく眠れた? 念のため、カウンセリング受けた方が良いよ?』
そんなシャルの台詞のせいで、気分は朝から最悪だった。
「何、睨んでるんだ。用件は?」
あの殺人鬼は異常性の塊みたいな自分を差し置いて、ザウラルドを本気で心配していた。
けれど、目の前の医者は別にそんな様子を見せない。それがありがたかった。
「シャルディムについて、聞きたい」
「具体的には?」
話が早くて助かる。どうやら、この男もアレの異常性には気付いているらしい。
「あのイカレ具合はなんなんだ?」
「まあ、サイコパスだな」
「さい、こ………は?」
即答。聞き慣れない言葉に戸惑いを隠せない。
それから、ザウラルドはサイコパスについてプレッツィオから教えてもらった。
聞けば聞くほど、まんまシャルディムだった。典型と言ってもいい。
「まあ、俺からすれば、お前も十分サイコパスだよ」
「ふざけんな! なんであんなヤツと――」
「そう。サイコパスの説明を受けて、認定されたら冷静でいられなくなるのが普通だ」
嘘だと分かってひとまず安堵した。それと同時に疑問が浮かぶ。
「じゃあ、ヤツは―――」
『ふーん。でも、皆無じゃないってことは、少しは共感できるんだよね? なら、何も問題なくない?』
それがシャルディムの答え。酷く他人事な感想だった。自分のことなのに。
「マジかよ……」
ザウラルドは動揺を隠せない。
だって、そうだろう。まるで自覚がないのだ。自分が異常であることに。
今日も一日三投稿!




