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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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リタラの説教

 お代わりをよそったシャルは何事かと思い、断りを入れてから隣に座る。


「それにしても。危ない所だったわ。的確な指示とは、言い難かったわね……」


 責任感の強い彼女は杯に視線を落としながら反省の言葉をつぶやく。


「まあ、それはしょうがないよ。何しろ、今回が初討伐だったんだし」

「うん………」

「それに。今回の雷竜はかなり手強い方だったよ。途中、僕もかなり焦ったし」


 事実だった。尻尾の帯電状態を隠す個体は初めて相対した。着眼点といい発想といい、敵ながら慧眼けいがんという外ない。まさに難敵だった。


「アナタでも?」

「うん、そうだよ。だからさ、あんまり気にすることないよ?」


 意外と言わんばかりに目をみはる部隊長。彼女は精霊化(アストライズ)も含めてシャルの実力も実績も知っていた。


「反省なら帰ってからでもできるし。今は少しくらい、羽目を外していいんじゃない?」

「うん、そうよね……」


 促すように目配せすると、優しげな眼差しを部下たちに向けた。その様子に安堵し、嬉々として銀の尻尾を振った。


「シャルディム君っ」


 掛けられた声の方を仰げば、口を引き結び決意に満ちた少女の顔。その頬はほんのりと色づいていた。

 失礼します。レティシアがおずおずと、シャルの隣にちょこんと座る。律儀に食器を持って。

 生真面目な彼女らしい。微笑ましさに赤鬼の半面の下で目を細めた。


「あの、今日はその、本当にありがとうございました……」


 恥ずかしそうに瞳を伏せ、改めて感謝の言葉を口にする。本当に律儀だとシャルは思う。


「それはこっちの台詞だよ。君が居なかったら、多分詰んでたから」


 実際、彼女の《要塞フォートレス》が事前に効力切れを起こしていたら本当に危なかった。

 あそこでつまずいた事が結果的にパーティーの活路を切り開いた。少なくとも、シャルはそう考えている。


「いえ、そんな事は――」

「あるから、言ってるんだよ。それに、隊長にも言ったけどさ。今くらいは楽しみに興じたら?」


 あそこまでとは言わないけど。酒宴に盛り上がる男たちを指差した。


「シャルディム君が、そう言うなら……」

「そんな改まった呼び方、しなくていいんだよ?」

「えっ―――?」


 半面の下で苦笑を浮かべる。

 シャルは、自身のことを「シャルディム」と呼ばれるのがあまり好きではない。

 この大陸では、高い身分の人間ほど名前が長くなる。そういう文化が根付いていた。

 

 つまり、母親は娼婦だったがシャルディムの父親は恐らく、それなりの地位にいる人間だというのが想像できた。

 だが、母親の死に際して来なかったという事は、もう――――


 だからこそ、出自を匂わせる「シャルディム」という呼び方ではなく、短く「シャル」と呼んで欲しかった。その方が、シャル自身も変に気を遣わなくていい。


「僕の事はシャルでいいよ」

「そうよ、レティシア。シャル君って気軽に呼んであげたらいいじゃない♪」

「そうそう」


 リヴェーリアが彼女に向けて破顔すると、シャルも同意した。

 正直、リヴェーリアはよくやっているとシャルは評価している。自分より実力の高い数人を前に気後れせずに副官として、他の部下と同じように接してくれていた。中々できる事ではない。


「…………」


 当のレティシアは、恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。すぼめた肩がいじらしい。

 少しの沈黙の後、おずおずと口を開いて、


「じ、じゃあ………シャル、君」

「うん♪」


 屈託ない笑みを浮かべて頷けば、彼女の顔が晴れやかに輝き出す。


「………じゃあ、これからはシャル君って、呼びますね♪」

「うん、それでいいんだよ♪ レティシア」

「はい♪」


 頬を上気させながら相好そうごうを崩すレティシア。笑顔で返せば、彼女も益々笑みを深めた。

 不意に、二胡にこの旋律が夜のほらに響き渡る。クロアだ。


 彼は剣術に加えて二胡にこの名手と来ている。シャルが初めてその腕前を目の当たりにした際は、女性が放っとかないだろうなと思った。

 つむがれるのは、酒宴しゅえんを盛り上げるにぎやかな調べ。楽しげに弓が弦の上を踊っている。


「じゃあ、僕も」


 シャルは腰の倉庫鞄(ストレージ)から琵琶びわを取り出し、歯切れの良い彼の弦音と伴奏。ジャララン、と玄妙な音色で彼の奏曲をはやし立てる。

 宵闇に響き渡る二胡と琵琶の二重奏。嚠喨りゅうりょうな演奏。


 宴に興じる者たちは手拍子で演奏を応援。隣り合うレティシアとリヴェーリアもそれに同調した。

 賑やかな夜奏会。宴は様々な笑顔に彩られ、ゆっくりと夜は更けていく。


  〇                               〇


 バウゼンの要請でクロアやエブリシュカのみならず、ザウラルドとナガルまで抱え込む事になったシャル。

 二人が神殿に来て、早一週間。これまでの穏やかな日常はすぐに破綻した。


 紫紺の法衣に身を包む魔女、エブリシュカ。

 朝食を終えた今。彼女は食堂で足を組み、ふてぶてしい態度でテーブルに頬杖を付いていた。

 その前には目尻を吊り上げたリタラが腕を組んで鎮座している。


「エブリシュカ」

「なぁに?」


 いかれるリタラに対し、エブリシュカは相好そうごうを崩したまま。子供たちはイェイユが食堂から子供部屋へと向かわせ、シャルをのぞけば成人だけ。

 メルティナを始めとした女性陣やナガルたち数人の冒険者が見守る中で、二人の間に流れる空気が徐々に緊迫して来る。


「みんな迷惑してるから、やめて欲しいんだけど」

「なにを? みんなって、誰のこと?」


 リタラの剣呑けんのんな物言いにも動じず、笑みを浮かべたまま首を傾げて尋ねるエブリシュカ。

 この女、かなりいい性格をしている。シャルはそんな感想を抱いた。

 とぼけたような問いかけに、リタラは顔を顰めて眉間に皺を深く刻んだ。


「だから、アナタがあの子たちとしていることよ。それを、止めて欲しいって、言ってるの」


 怒気をはらみつつも、口調は穏やかに。深呼吸して平静を保つリタラ。そんな彼女に対し、エブリシュカは益々笑みを深めた。

 彼女が説教をするのは理由がある。


 エブリシュカは典型的な淫魔族サキュバスで、性に開放的な性格をしている。そのため、神殿内の守護職や冒険者たちと肉体関係を結び、夜ごとに違う男と寝ている。

 風紀も何もあったものではない。それに何より、子供の教育に悪い。

 リタラが怒り心頭なのも頷ける。


「なんで? 別に強制じゃないし、お互い同意の上でヤってるんだけど?」

「だから―――」

「それよりも。神殿じゃ、中央からお金恵んでもらうために性接待してるって。本当なの?」

「――――っ」


 悠然と髪をかき上げ、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながら流し目をリタラに向けた。

 かつての嫌な記憶が蘇ったのか、動揺して目を白黒させ言葉に詰まる。煽情的せんじょうてきな衣装の魔女は、その様子に益々口角を吊り上げた。


「アハ♪ やっぱり本当なんだ。みんなが言ってたとおりね♪」


 肩を震わせ、声を上げて笑う。


「でも――」

「そっちはいいの? 決して望んだ相手な訳でもないでしょうに。仕事だから? 仕事だったら、いいの?」


 ひるむリタラの顔を覗き込み、嬉々として尋ねる。その性悪さはまさしく魔女。

 資金難で性的搾取を要求される零細れいさい経営の神殿。そんな現状を変えたくて、シャルは経営改善に乗り出した。


 もっとも、彼女たちを救いたいからではなく、結界術に必要な宝珠(オーブ)や武器、あくまで戦闘に必要な道具を買い揃えるための資金を確保するため。娼婦しょうふだった母を持つ貧民街スラム育ちのシャルは正直、彼女たちや孤児たちの現状を恵まれていると感じていたので同情はしていない。


 もっとひどい生活を、自身は知っているから。


「もうしてないわよ、そんな事っ 誰があんなの、好きでやるもんですかっ!」


 激昂げきこうしてテーブルを叩き、食って掛かるように身を乗り出すリタラ。


「ふ~ん。で? アタシがここの男共と寝ちゃいけない理由と根拠は?」


 彼女の怒りもどこ吹く風。不敵な笑みを崩さず、エブリシュカがたずねる。


「本当にやめてちょうだい。教育に悪いから」

「そう? むしろ、いいお手本になってると思うけど?」


 喜色を深めて目を細めた。反省する気が全くないのが分かる。


「ねえ、エブリシュカ。エブリシュカってもしかして」

「ヘビが嫌い、なのです?」

「…………は?」


 ソルベージュとレドベージュ。二人がテーブルの端に顔をちょこんと乗せてエブリシュカにたずねた。聞かれた本人は笑みを消し、剣呑な表情で二人を見下ろした。


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