夜の饗宴
『昨日の友は今日の敵』
冒険者の間では、そのような言葉が真実めいて語られる。
行軍中や希少な宝を前にした際、裏切りが平然と行われる冒険者の業界。
そこではお人好しが馬鹿を見る。手の内を全て晒せば途端に封殺の手段が講じられて殺される。
だからこそ、誰もが実力を隠したがる。そうしなければ、生きていけないから。
「ええ。そうでしょうとも。かの有名な『血霧』が、この程度な訳がありませんからねぇ」
「――――っ」
歩み寄って最接近。シャルにしか聞こえない声量で自身が封印した忌まわしき二つ名を口にするクロア。目線は彼の方が少し上。身構えて背中の飾太刀に手を――
「お二人とも、大変お疲れ様でしたにゃあ」
紳士然とした優雅な声音。目を細め、白猫の獣頭で相好を崩したヴァイスが二人を前に労いの言葉を掛けた。
「もうお話は済みましたかにゃあ?」
クロアより少し背の高い痩躯で膝を曲げ、二人の顔を覗き込む。
「今終わったトコ。そっちは?」
強引に話を切り上げ、ヴァイスに向き直る。クロアも特には何も言わない。
「雷竜も討伐した事ですし。一旦、退却しての休息を提案しますにゃあ」
確かに一理ある。極稀に討伐直後に新手が来て全滅、という話もあるくらいだ。
あれだけの巨体を独力で運ぶのは、巨大な魔物でも無理。盗まれるリスクを勘案した結果、その要求を了承した。
「「モフモフ~~♪」」
「うにゃああああああああああああああああああっ!」
逆立てた白銀の尻尾に抱き付かれ、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
その声に腰を下ろしてだべっていた混成部隊の面々がシャルへと顔を向ける。
「キャハハハハハ♪ 相変わらずいいリアクション~♪ 最高♪」
「ついでに尻尾のモフモフ具合も、なのです♪」
尻尾を押さえて振り向くと、黒衣の小柄な少女二人。暗殺者の姉妹がそこに居た。
最低限の軽装な皮鎧にミニスカート。そしてニーハイソックスは全て漆黒。
共に同じ装束に身を包み、被っている半面も殆ど一緒。唯一、サイドテールの位置が鏡合わせ。
腹を抱えて笑うのが姉のソルベージュ。頬を押さえて恍惚を浮かべるのが妹のレドベージュ。
溌溂としているのは結構だが、わんぱくで悪戯が過ぎるのが玉に瑕。
どうやら、暗殺者の《潜影》で近付いて来ていたようだ。無駄遣いをする。
「いい加減にしろよお前らっ 僕の尻尾は愛玩用じゃないやい!」
憤慨し抗議するシャル。しかし、二人は全く反省する素振りを見せない。
「ええ~~? だって、ねえ?」
「はい、思わず触りたくなるモフモフなのです♪」
ソルベージュが目配せすると、屈託ない笑顔を浮かべるレドベージュ。
「お前らのために手入れしてるんじゃないやいっ 身だしなみだバカ――――――!」
憤慨する声が真夏の空に響き渡った。それを見て抱腹絶倒する二人。まるで効果がない。
魔物討伐などを引き受ける冒険者は、その特殊な職務に応じて特殊な技能を持つ職業の人間たちが組合を運営している。
その中の取り決めで、暗殺者は黒衣の着用を義務付けられている。
暗殺者の術技は《潜影》など気配を消し相手に悟られぬよう移動・攻撃する手段が豊富。
故に警戒され、相互の信頼のために黒衣の正装化が妥協点となった。
(にしても。元気過ぎるぞ、この悪戯娘二人……)
赤鬼の半面の下で辟易し渋面を浮かべるシャル。
もしかして、適度にサボっていたのでは。そんな疑念が頭を過ぎった。
いや、まさか。有り得ない。いくら悪戯好きだからって、二人に限って。頭を振ってそれを否定する。討伐の成功体験に高揚しているだけだと結論付けた。
「お二人とも。今は一旦退却して休憩にしますにゃあ。ほら、お手を」
「肉球触らせて♪ 肉球♪」
「肉球なのです♪」
「にゃあ。では、お足元にご注意を。レディ♪」
おどけた調子で差し出されたヴァイスの手を取り、肉球をプニプニしながら去って行った。
では、私も。独り呟くクロアも踵を返した。
「なんか、倒した後の方が疲れた……」
気疲れにがっくりと項垂れながら、再度雷竜に振り返る。
物言わぬ骸は、満身創痍となっても未だ威容を誇っていた。
竜とは気高き存在。そう語る先人たちの言葉を、彼らの屍を見る度に思い出し、胸に刻んだ。
西の空に日が没し、宵闇の紺碧が空を覆う。
シャルたちは現在、岩柱群のうち倒壊した巨岩の中に居た。
横倒しになった巨岩の摩天楼は倒壊前の長年に亘る風雨の浸食からか、内部は大きな空洞になっていた。
天窓のように天井付近は空が露出しているが、天井は高く空洞も複雑な形状ではあるが広さは十分にあり、大所帯でも余裕で寝泊まりができる。
天井の雨漏りは小さな泉を作り、お陰で水に事欠かない。拠点とするには理想的だ。
一行は休憩の後、雷竜から鋼殻や骨肉、爪牙に加えて脂などの素材を採取した。
複数の擬魔法を使いこなせる程豊富な魔力を持つ飛竜は、そのどれもが優秀な魔法適性を有する素材で捨てる所がない。
そのため、高値で売れるから素材調達の依頼は絶えないし、一攫千金を夢見て討伐に乗り出す冒険者も後を絶たない。
倉庫鞄は飛竜や竜の皮膜を使った魔法具で、見た目以上の大容量を誇る大変便利な道具。
今回、守護職全員に持たせてあるので雷竜の翼膜も合わせてかなりの量が回収できた。
飛竜討伐成功の慶事とも重なり、晩餐は宴となった。
料理担当はシャル。食材は勿論、倒した雷竜。
「雷竜は肉も旨いけど、背脂が絶品なんだよ♪」
嬉々として語られるシャルの言葉。魅惑の味を想像した誰もが生唾を飲み込み、晩餐の料理に期待を抱いた。
背中の脂肪層は一際厚く、故に堅牢。しかしだからこそ、旨味もぎゅっと凝縮されていた。
スキレットに背脂を溶かして薄く敷き、背中や腿などブロック状に切り分けた雷竜の肉を表面だけ焼く。
余分な脂肪を落とすと、鍋に焼いた肉を入れ、スライス状に切った生姜とニンニク、八角に砂糖を投入。次に醤油と干し椎茸の戻り汁、酒。肉が完全に浸るまで入れる。味付けは濃い目で。
隠し味は蜂蜜と竜の血。因みにバラ肉は採れなかったので今回お預け。
研いだ米を飯盒で炊き、肉を煮込んでいる間。椎茸を具材に味噌汁を作り、スキレットの方は背脂と肉汁で切り落とし肉と野菜を炒める。塩や胡椒などの香辛料をまぶして味を調えたら完成。
配膳が済むと、リヴェーリアが立ち上がり乾杯の音頭を取る。
「それじゃあ、みんな。今日はお疲れ様。飛竜とは初戦闘の人間が多い中、誰一人欠ける事無く討伐できたのは、すごく大きな事だと思います。その僥倖に対し神々への感謝を捧げ、乾杯したいと思います」
『かんぱ~い♪』
隣の人間と杯を鳴らし、酒を酌み交わす。
労苦が続いた行軍の中、雷竜討伐の目的は達成した。今日だけは勝利の美酒に酔いしれる。
シャルは自身が作った雷竜肉の角煮に箸をつける。ゴロゴロした肉の塊を箸先で挟むと、豪快にかぶりつく。
浸み込んだ醤油ベースの煮汁と肉汁が溢れ出し、口端から零れた。
むしゃむしゃと歯を立てて咀嚼。肉汁のコクのある甘味に上品な甘さの背脂は芳醇。
甘じょっぱい煮汁と椎茸の出汁、生姜とニンニクが旨味を引き立て重層的な味のハーモニーが口内に響き渡る。
嚥下し舌の乾かぬ内にご飯を掻き込み更なる味の響演を楽しむ。旨い。自画自賛しながら恍惚に吐息を漏らした。
野趣溢れる飛竜の肉は滋味の塊。咀嚼し肉汁が染み出るたびに身体が喜ぶのが分かる。
「おいしー♪ 角煮最高~♪」
「おいしいのです~♪」
わちゃわちゃと賑やかな双子も、今ばかりは舌鼓を打つのに必死だ。
「副隊長の料理最高っす!」
「いいお嫁さんになりますよ♪」
「確かに♪」
他にも、皆が口々にシャルの料理を褒めた。師匠譲りの腕前を褒められ、満更でもない。
「別に。そんな凝った料理作ってないし。これくらいなら、誰にだってできるよ」
不機嫌を装って顔を逸らすも、白銀の尻尾が歓喜に揺れた。更なる賛辞を贈られれば、はち切れんばかりに振れて、ブンブンと音が聞こえて来そうだった。
皆が酒盛りで歓喜に沸き立つ中、それを眺めながらも一人浮かない顔をしたリヴェーリア。




