雷竜との決着
通常の障壁で防げなくても、やり方はある。《八卦》。魔力を込めた宝珠には結界術式が刻まれている。それらを魔力で遠隔操作。八方に配して準備完了。
「唵」
《難攻不落》の結界。通常は一つの所を八つ同時に発動・同期させる事で防御力を倍加させた。
(魔力切れは問題ない)
急激な魔力消費による虚脱症状である魔力切れは、膨大な魔力を完全開放したシャルには起きようがなかった。
《難攻不落》は《要塞》と同じで三重構造。加えて、それらに自動修復機能が付く。
故に、魔力消費が激しく連続使用は勿論、《八卦》での併用は素の状態だと絶対にしない。
絶技はそれ以上に消耗するため、先程は魔力切れで虚脱症状が出ていた。
透明な障壁に蒼雷の砲弾と化した雷竜が激突。轟雷が爆発し大地ごと結界を揺らした。
凶悪な雷撃を阻んだ第一層を、蒼雷を纏った双角が突き破る。続く第二層がそれを防ぎ、雷竜の突進を防ぎ切った。
シャルは修復が始まるよりも早く《修理》で破損個所を直す。それによって修復に掛かる魔力を節約し、本命の《蒼雷嵐》に備えた。
着陸した雷竜は上体と鎌首をのけ反らせたかと思うと、双角だけで吶喊。それでもビクともしない障壁にゼロ距離からの《雷の吐息》。
先程よりも威力が強い。一層、二層が消し飛ぶも最硬を誇る第三層が味方に危害を加えさせない。
《修理》と自動修復で完全復元。これで準備は整った。
「レティシアは僕の後ろに」
「わかりました」
彼女の方へ顔を向けると首肯が返って来た。そのままシャルの背後に控えるのを見届けると、今度は味方に対して呼びかけた。
「他のみんなも、完全に防げるかは賭けだから。万一に備えて伏せておいて!」
「みんな、シャルの言う通りに」
リヴェーリアの指示に従い、指ぬきの手袋を嵌めて呪符を数枚取り出し構えるシャルの後ろで全員が地に伏せ身を低くした。
《修理》で貯蔵魔力を充填。そして、再び蒼雷が轟き爆発。《蒼雷嵐》。
光が氾濫し、視界が漂白され完全に塞がった。
何も見えない。それでも、障壁の状態は感覚で分かった。
第一層が蒼雷で瞬時に蒸発。更に硬い第二層が受け止めるも、瞬く間に削られていく。
《修理》で第一層を修復。最硬の三層に到達した直後に第一層が復元して押し戻す。
それでも雷の鯨波は止まる事を知らない。蒼雷の爪牙に焼き尽くされる障壁。修復が間に合わない。
たったの数十秒が、とても長く感じられる。神経が研ぎ澄まされ、限界まで集中した事で時間が引き延ばされ、ゆっくりと流れる時間が永遠にすら感じられた。
しかし時間は確実に歩みを進める。矢継ぎ早に結界を修復し続けても暴威を押し留める事はできず、光の剣刃と化した雷撃が結界を浸食していく。
そして遂に決壊の時。三層全てを焼き尽くし、大蛇のように大地を抉ってのたうち回る雷霆がシャルたちに迫った。
(まだだ―――――――!)
宝珠が嵌め込まれた手袋。それを嵌めた手を着き出して術式を展開。《反射》。
大気を劈く轟雷を透明な障壁が反射。跳ね返った雷撃が他の光条と接触、相殺し合って間隙ができた。
しかしそれも瞬時に埋まり《反射》の結界も破られた。暴虐なる雷撃がシャルたちを襲った。
「がはぁ…………っ」
レティシアを庇い、背中が電撃で焼け付く。激烈な痛みは指先から剣先を突っ込まれるような感触に似ていた。痛みの余り、視界が真っ白に染まりかけて意識が飛びそうになる。
気を失ってはダメ。必死に気合で意識を繋ぎ留めた。
《回復》。柔らかい緑色の光が痛みを和らげ、意識がはっきりとして来る。レティシアだ。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう。上出来だ」
狙い通り。彼女だけはまだ《要塞》の結界が残っていた。だからこそ、無傷で《蒼雷嵐》をやり過ごし、すぐさま行動を起こせた。
何重もの結界を張り巡らせた結果。どうにか感電死は回避できた。
感電による麻痺から完全復活を果たしたシャルは、すぐさま戦線の再構築に勤しむ。
呪符を十数枚、人数分取り出して一人一人にそれを配すると、
「雛幼を愛でし地母神の御手よ、薄命なる灯火に至上の福音を与え給え。《祝福ブレッシング)》」
今は亡き師匠が開発した、符術で唯一の回復手段。それを瞬時に全員に掛けた。緑色の燐光が各人の全身を包み込み、電撃による麻痺と痛み、負傷の類を払底した。
「すごい。こんな一度に沢山の人を……」
驚嘆に声を漏らすレティシア。彼女の言う通り、魔力が続けば呪符の数だけ一度に回復させられるのがこの術の利点。
回復し起き上がり始めるパーティーの面々。確かな手応えを感じていると、シャルの頭上から影が降って来る。雷竜だ。
これだけの人数に回復作業をやってのけたのだ。脅威と映っても何ら不思議ではない。
「助太刀しますにゃあ」
先程の獰猛さとは一転、紳士然とした穏やかな声が耳朶に響く。背後から迫る《驀進衝》。
尻尾の根元に巨拳が突き刺さる。鋼殻が拉げて砕け散った。雷竜が痛みに打ち震え、悲鳴を上げる。《瀑布撃》。追撃の浴びせ蹴りで傷口を拡大させた。
怒りに任せて振り向くとヴァイスは既に距離を大きくとっており、代わりに眼前には妖刀を納め抜刀態勢を執ったクロアが腰を低くして待ち構えていた。
「さて。こちらもそろそろ本気を出しましょうか」
口端を吊り上げて獰猛な笑み。圧縮された魔力が鞘の内に込められているのが分かった。大技が来る。そんな予感をシャルは抱く。
雷竜が低く唸って牽制したその瞬間――――抜刀。
絶技《妖炎の太刀 光焔劫火》
超速の抜刀。切っ先が鯉口を離れた刹那、鞘の内部で燻ぶっていた紫炎が酸素を得て瞬時に噴き出し敵に放射。寸毫の差で紫炎の火柱と化した刀身による渾身の斬撃。抜刀の余勢で一回転。
紫炎を放出し露わになった刀身。呪詛の炎に巻かれる雷竜に、魔力で強化した真空波で二の太刀。
紫炎が真っ二つに割れる。しかし放たれた斬撃の魔力と感応し、爆炎となって竜を再び燬いた。
斬撃と紫炎による瞬間的な四連撃。強い筈だ。目の当たりにした達人芸に、シャルは一生超える事の叶わぬ隔絶を痛感した。
雷竜の慟哭が空に響き、新たに斬り付けられた腹部から大量の融解物と体液を垂れ流して膝から崩れ落ちた。音を立てて大地に頽れる。
「「これで、どうだっ!」」
《奈落の一撃》。黒衣に身を包む双子の姉妹、二人の暗殺者が渾身の一撃を交錯しざまに尻尾の根元へ叩き込む。脂肪の層が深く抉れた。
「まだ息がある。確実に止めをっ!」
リヴェーリアが号令を掛け一斉攻撃。内部組織の露呈した尻尾の根元を中心に攻撃を殺到させ、雷竜が息絶えるまで全員で延々と攻撃を繰り返した。
やがて、ピクリとも動かなくなる。納刀したシャルは雷竜の頭に触れ、完全に死んでいることを確認し、皆に周知した。
歓声や喝采に沸き立つかと思えばそうではなく、安堵の溜め息が口々から零れた。
疲労困憊でしゃがみ込んだり、膝を着く者。五体を草原に投げ出す者まで。
それだけの難敵だった。
今回、守護職の兵員は初めての飛竜討伐。それを一人の死者も出さずに成功。この経験は大きい。
「みんなお疲れ。君たちは初めて亜竜級の魔物を倒したわけだけど、気分はどう?」
「今までで一番疲れた……」
「まだまだ精進が足りません」
「やった~……かな?」
シャルが尋ねると、様々な感想を語ってくれた。
「いやぁ、実に見事でした♪」
拍手しながら近付いて来るのは銀狐の半面、クロア。妖刀を腰に佩いた鞘に仕舞い、薄い唇に指を宛がいクスリと笑う。不敵な笑みが口端を歪めた。
「にしてもアナタ、『転生者』だったんですね」
すごい魔力だ。笑みを貼り付けたクロアが賛辞を贈る。ただ、その意図が分からない。
精霊化を果たした人間を一般的には『転生者』と呼んだ。異形化し、死して生まれ変わったという意味で。
「ああ、そうだよ」
短く答える。この男は油断ならない。シャルは尻尾を逆立て警戒した。
「因みに最初に見せた真紅の結界、アレは―――」
「ああそう。絶技だよ。お前の抜刀術と同じでね」
「―――ほほう?」
「面倒だから、ついでに言っといてやるよ。お前と同じで、こっちもまだ手の内を全部晒したわけじゃない」
牽制の意味も込めて。そうすると彼は肩を震わせて俯きクツクツと喉を鳴らした。




