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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
34/101

蒼雷の暴君

 光が収まると、視界に飛び込んで来たのは焦土と化した草原に降り立ち、未だ健在の雷竜。

 それと自身で発動させた紅い半透明の結界。

 仮面の薄いスリットは遮光性抜群、故に眩惑げんわくはしない。


 両翼で羽ばたき跳躍すると半球状をした紅玉の結界の天井に昇り、足の鉤爪かぎづめと青い双角で壊しに掛かった。

 仲間たちは倒れたまま。やはり、一瞬遅れたのが悔やまれる。


「くっ………」


 シャルは身体をむしばむ激痛に顔を歪めた。動くのは顔だけで、後は麻痺まひして感覚がない。

 場所が離れていたのと《要塞フォートレス》の障壁、それと仮面に施した防御結界を盾に伏せたお陰で感電死は免れた。それでもその二つが犠牲となり《要塞フォートレス》は消失、防御結界も効力を失い暫くは使えない。


宝石獣カーバンクルは……)


 気配がない。雷撃に当てられ、現界に使用していた魔力が散逸して宝珠(オーブ)の中に強制送還されたようだった。つまり、絶技イクシードも使えない。

絶技イクシード』。それは、研鑽の果てに既存の術理を越えた奥義を超える秘奥。


 独力によってのみ辿り着く、己が才覚のみが体現し得る当代不伝の武技。

 結界魔法と結界術。二つの止揚の果てにシャルは辿り着いた。

 しかし、そんな研鑽の結晶も雷竜によって砕かれようとしていた。蒼雷を纏った蒼角と爪が撃ち込まれる度、白く細い亀裂が走る。三重構造とはいえ、余り長はたなそうだ。


「が………ぐ……っ」


 まだ、身体の麻痺まひは抜けない。結界内を見れば、味方たちも同じような状態だった。

 いや。鎧に防御結界を施していた盾役たちは緩慢な動きで立ち上がり、攻撃職の面々は持ち前の体力と気合で上体を起こす。


 しかし、状況の立て直しに回復役ヒーラーが足りない。

 もう一人の回復役へと視線を向けようとすると、背中に柔らかい緑色の光が降り注ぐ。


「大丈夫ですか?」


 心配そうな眼差しをシャルの背中に落とす少女、レティシアが呟く。《回復(ヒール)》の燐光が全身を包み込むと、次第に麻痺が薄れて徐々に感覚を取り戻していった。


「ありがとう、レティシア。もう、大丈夫だよ♪」


 麻痺まひの苦しみから解放されるとすぐさま立ち上がり、脇差わきざしを納刀。破顔して謝辞を送る。

 本当はさっさと本体に合流して欲しかったところだが、何分状況が混迷している。何が正しい判断かは評価が難しい。


 改めて結界の方を見ると、丁度反撃が開始されたところだった。

 紫炎の火柱を担いだ甲冑姿の侍、クロアが火柱で爆撃すると衝撃で結界から落ちた。

 白銀の甲冑を駆り、銀狐の半面を被る優男は、冒険者組合(ギルド)のギルドマスターからの紹介。


 仲間に加わってからまだ日は浅いが、味方としては頼もしい限りだ。

 草原に降り立った雷竜に対峙するクロアに助太刀をする武闘家モンクがヴァイス。簡素な道着姿で軽々と飛び跳ね躍り掛かる。

 彼は右手に比して一回り以上大きな手甲を左腕に装備。その大きな拳で雷竜の鋼殻を殴っていた。


「僕はヴァイスたちの援護に回るから。君は戦線の再構築を手伝ってあげて!」

「はいっ」


 二手に分かれてこちらも戦線復帰、の前にまずは魔力を解放。身体の内から魔力が溢れ出し、周囲の大気と感応して『魔風』の魔法現象を引き起こした。


(ああ――――)


 意識が高揚し、込み上げる多幸感。しかし、目指すは更に先。より激しく魔力を錬り上げ、体内に設けた結界を解除。

 ドクン、大気を震わせる鼓動。シャルの身体が急激に成長、それに合わせて魔力量も跳ね上がる。


精霊化(アストライズ)』。小柄な少年が一転、長大な尻尾を垂らす長身の青年へと変貌へんぼうを遂げた。

 そして右掌に刻印された、精緻せいちすいを結集した紋章『聖印』に魔力を込めて解放。


 人類を守護する常世神アヴァターより『聖印』を通じて魔力を一部、借り受ける。

 シャルが発する膨大な魔力に一瞬、誰もが目を奪われた。


「――――、よしっ」


 戦闘準備完了。一部だけと言っても桁が違った。倉庫鞄ストレージから再び呪符を取り出す。

風迅(ブリーズ)》は既に消失していた。再び符術で風を纏う。展開された風の障壁で空気抵抗を減じ加速。戦場の最前線へと急行した。


《雷の吐息サンダーブレス》。吐き出された電撃が大気を斬り裂き、大地に爪牙を突き立て黒く焼き焦がす。

 紅玉の結界もその被害に遭い、完全に消失。今回の戦闘では二度と展開できない。シャルは悔しさに歯噛みした。


 後悔は後。両手で飾太刀を振り被り、背後から接近。尻尾の根元に一撃。そこから体を捌き剣撃を連鎖、剣舞へと発展させ斬撃を連続させ斬り刻む。

 しかし、常に頑強な鉄塊を殴り付けているような感触に襲われ、効いている気がしない。


 それもその筈。鋼殻と皮膚の下は分厚い脂肪の層に覆われており、それが絶縁体と緩衝材の役割を果たして攻撃を内部に通さない。

風迅(ブリーズ)》の風を刀身に纏わせ刃と化し、更に苛烈な斬撃を見舞う。


 正面の二人が引き付けてくれているお陰で雷竜の注意が散漫になり攻撃は来ない。できるだけ攻撃を加えて突破口を切り開こうと奮戦した。

 猛攻に堪らず雷竜が身を沈ませた直後に跳躍。両翼を羽ばたかせて滞空、頭上から降り注ぐ雷の光条。大蛇のようにのたうち回り、光の刃で大地を引き裂き抉った。


 シャルは足袋に仕込んだ《飛翔(ソアラ)》の術式を発動させ、直前に跳んで回避。クロアが跳躍しざまに放った紫炎の斬閃が着弾。爆煙に巻かれ吐息が中断された隙に宙返りに合わせ斬撃を 腹部に喰らわす。紫炎の大太刀に切り刻まれた腹部は焼け焦げ、引き裂かれた表皮から脂肪層が露出していた。風刃を纏った飾太刀でそこを掻き分けていく。


(もう少し――)


「いけませんねぇ、横取りは」


 耳朶を打つ嬉々とした声。《風迅(ブリーズ)》の風と翻身の体捌きで滞空するシャル。その肩に足を掛けて跳躍するのはクロア。

 剣撃で穿(うが)った穴。そこを紫炎で燃え盛る妖刀で刺突。灼熱で内部から焼き尽くす。傷口から白煙が上がった。

 絶叫。雷竜が身体を弓なりに仰け反らせて悶える。そこへ、


「墜ちるにゃあ」


 獰猛どうもうさをはらんだ声音。ヴァイスが雷竜の頭上に影を落とした。

 拳術《流星拳メテオストライク》腰溜めに据えた左の巨拳で脳天を撃ち抜く。鎌首が叩き落とされ、バランスを崩す雷竜。


彗星脚フォールシュート》。拳撃の余勢で一回転したヴァイスが墜落寸前の雷竜に蹴りで追い打ちを掛け、音を立てて落下。

 巻き込まれたクロアだが、甲冑の防御結界が何とかしてくれるだろう。一足先に離脱していたシャルはそう予測し、墜落していく眼下の巨体を眺めていた。


 地面と激突した雷竜は尚も苦悶の慟哭を天に向かって発し続ける。それはクロアの存命を意味した。


「今ッ 攻撃一斉射!」


 リヴェーリアの号令の下、着地したシャルの後方から放たれた矢弾や数々の氷塊、それに燃え盛る豪火球が雷竜に殺到。閃く爆発が大気を劈く。


「出し惜しみは無しよっ ここで勝負を決めるわ!」


 彼女もまた、率先して矢継ぎ早に弓を番え標的に連続して攻撃を加えた。爆音に紛れて聞こえる絶叫。まだ死んでない。

 三十分の長きにわたって戦っているため、一斉攻撃も長くは続かない。魔力も切れ、矢弾も尽き濛々(もうもう)と灰色の砂埃が雷竜を包み込む。


 やがて風塵の紗幕しゃまくが晴れると、上体を起こして首を丸め、翼で全身を覆い隠す雷竜の姿が現れた。

 煙が晴れて攻撃の終焉を感じた敵は翼を広げ、ゆっくりと鎌首をもたげた。


 腹部からは焼け爛れて沸騰した筋肉と臓物が融解し、体液と一緒になって流出していた。臓腑の焼け焦げた醜悪な臭いが鼻腔を衝く。

 しかし、問題は蒼角や尻尾のとげが青白く発光している点。全身も帯電し、時折静電気が音を立てて爆ぜる。


「嘘だろ……」

「マジかよ……」

「もう、魔力が……っ」

「クソッ」


 口々から嘆きの言葉が漏れる。《蒼雷蘭サンダーストーム》が来る。危機的状況に皆が絶望した。

 クロアは少し離れた所で片膝を突き防御態勢を執っていた。すぐに動く気配がなく、け出したヴァイスが彼に近付く。


 誰もが諦念ていねんした中にあって、シャルだけは違った。鞄から八つの宝珠(オーブ)を取り出す。

風迅(ブリーズ)》の風をなびかせ、味方の元へ駆け寄った。


「まだ諦めるなっ!」

「シャルディム君……」


 希望に縋るようにレティシアが呟く。


「レティシア、ちょっと来て」


 隊列の中に分け入ると巫女の名を呼び手元に置く。それから八つの宝珠(オーブ)に魔力を込めた。


「来るぞっ! 《雷吶喊サンダーグライド》だっ⁉」


 咆哮ほうこうし羽ばたいた雷竜が空中から迫り、悲鳴が上がる。

 全滅なんてさせない。シャルは固く決意した。


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