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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
33/101

真夏の草原

 うだる日差しの中、陽炎かげろうらめく広大な草原。人々の怒号が響き、耳をつんざく雷鳴がとどろく。

 竜の咆哮ほうこうが大気を震わせる戦場で剣撃が閃き、紅く燃え上がる爆炎。シャルディムは一体の飛竜と対峙していた。


 急峻きゅうしゅんで無骨な岩壁を背に、黄褐色おうかっしょくの飛竜が咆哮ほうこうを上げる。

雷竜サンダードラゴン』。全身を覆ううろこが発達した生体金属の鋼殻は黄褐色おうかっしょく、皮膜や皮膚は肌色。前肢部分の両翼は片方だけで全身を包むに余りある。


 長い尻尾の尖端は結晶のような青いとげの付いた鉄球。胸部は鋼殻が張り出し、頑丈なよろいの様相を呈していた。

 頭頂から首筋にかけては剛毛の紅いたてがみが走り、舳先へさきのように突き出した一対の鮮やかな蒼角は現在帯電し、青白く発光していた。散逸する静電気が大気を焦がす。


 起伏に富んだ平原を眼下に望む丘の上。天を貫く巨岩の尖塔がそびえ立ち、数多く林立するデグリス岩柱群。

 それは創世の神代における神々の居城か、それとも偶発的な自然の産物か。詳しいことは解らず、真実は闇の中。


 見上げても頂上が見えない天塔の外周は大きな城塞じょうさい外郭がいかくに匹敵。所々に生えた緑や伸びる蔦からは、動植物がここを安住の地としているのが分かる。

この岩柱群は雷竜の営巣地。無闇に踏み入る者は、その双角と爪牙で蹂躙じゅうりんする。


 対峙するのは二十人の人間。様々な装束と武装に身を包む冒険者。それと、群青の狩衣かりぎぬ黒袴はかまの男数名と白の浄衣じょうえ緋袴ひばかま巫女装束みこしょうぞくの女性たち神殿守護職の面々。


 雷竜は逞しくも発達した五本爪の両足で跳躍。一足飛びで岩壁に鉤爪を穿(うが)ち彼らの頭上を抑えると、雄々しい両翼を広げて岩肌を這うように滑空。帯電した蒼雷を前面に展開し、巌を焼き焦がしながら吶喊。


雷吶喊サンダーグライド》。原始的な魔法現象である『擬魔法デミキャスト』。

 逃げろ。かわせ。口々に回避を叫びながら、潮が引くように駆け出し二手に分かれた。

 入れ替わるようにして周囲を電撃で焼く蒼雷の突進が通過。その後旋回し、軍勢の片一方へと再突入。更に二手に分かれて回避行動。


 その内の一人が逃げ遅れた。


「あっ」


 き出した石につまずき、転倒する緋袴ひばかまの少女が小さく悲鳴を上げた。

 風を切り裂き低空を滑翔する雷竜が、まとった蒼雷で周囲を黒く焼尽させながら迫る。


(マズい―――――っ!)


 見かねたシャルは一枚の札を取り出し、魔力を込める。


「天翔ける風神の羽根よ。く、く、(はや)りて飛べ。《風迅(ブリーズ)》」


 身の丈程の飾太刀かざたちを携えるシャルは駆け出しながら符術で風を纏い、限界まで加速。

 救出のため、一陣の風となって地をうように草原を疾駆しっくした。

 巫女を腕の中に抱き留めると、そのまま地面をスライディング。彼女の頭を抑え、更に身を低くして頭上の翼をやり過ごす。


 降り注ぐ電撃は自身に予めかけておいた《要塞フォートレス》の結界が防いでくれた。

 岩壁至近、雷竜が翻身し塔を背負った形で着陸。両翼を掲げ鎌首かまくびを低く、唸り声を漏らして威嚇いかくして来た。


「今よッ!!」


 二人と距離を隔てた後方、りんとした女性の声が響く。側頭部に巻き角を生やした有角人アントルのリヴェーリアが、白鳥を思わせる純白の大弓を番え、雷竜目掛けて号令と共に矢を放った。


 それに導かれるようにして数々の氷塊の弾丸や燃え盛る豪火球、紫炎の斬閃が翼で庇う敵に吸い込まれ爆発。轟音が大気を震わせ、ほとばしる衝撃が巨岩と草原をらした。


「………やったか?」


 濛々(もうもう)と立ち込める煙を前に、誰かがつぶやく。しかし、灰色の塵埃じんあいが風によって舞い上げられると、そこにあるのは壮健な雷竜の威容のみ。

 獣声を上げ、発達した後肢の爪を草原に突き立て疾駆しっく。リヴェーリアの指示で展開していた前衛部隊が雷竜と交戦開始。


「大丈夫? 立てる?」


 立ち上がったシャルは巫女の少女へと手を伸ばす。だが、足をくじいたらしい。体重を掛けると痛みに顔を歪めた。

回復(ヒール)》。シャルが患部に手をかざすと、淡い緑色の優しい光があふれた。


「すいません……」


 ゆっくり立ち上がると、彼女は肩を落としてうつむき蚊の鳴くような声で。


「別に。気にしないで。ミスをしたくてやるヤツなんて、居ないから♪」


 破顔した顔で覗き込み、自責の念を払拭させようとした。


「ほら、戻ろう? 僕らは回復担当なんだし――」


 改めて冒険者と守護職の混成パーティーの奮戦を振り返る。そこに覚えた一つの違和感。

 雷竜の尻尾が帯電している。しかも、かなりの電量を。半円陣形では死角なのか、誰も気付いた素振りを見せない。

 青白い電流がとげの間を往来。恐らくは臨界点寸前。


「ちょっ 待―――」


 シャルは反射的に駆け出していた。しかし、接地した場所が悪い。抉れた地面に足を取られた。草で覆われた古い戦闘痕こん。それが行く手を阻む。

 自身でも気付かぬ内に焦り、動揺どうようしていたらしい。思わず舌打ちした。


 雷竜を相手取る場合、最も警戒すべきは擬魔法デミキャスト蒼雷嵐サンダーストーム》。

 全身に帯電させた蒼雷を周囲に放電、魔力で強化して一気に爆発させる。威力は絶大。一度でも直撃を受ければ、パーティーが全滅する。


 だからこそ、常に場所を変えて戦闘を展開し、《蒼雷嵐》を封じて今まで動いていた。

 飛竜は人間並みに賢く、戦法の違いによる若干の個体差を時折垣間見かいまみせる。


(最初の内だけ尻尾で攻撃し、その後岩壁を背負って僕らを執拗しつようなまでに誘引してると思ったら…………っ)


 全ては布石。気付いた所でもう遅い。焦燥が首筋をチリチリと焼く。

 シャルは飾太刀かざたちの他に脇差わきざしを抜刀。刀身の紅い宝珠(オーブ)、魔晶石に魔力を込めて、


「出でよ、宝石獣カーバンクル!」


 頭頂に張り出した長く尖った耳と兎のような四肢ししを持ち、愛くるしいフサフサの大きな尻尾。体毛は胸や腹は白、頭や背中、尻尾は鮮やかなアイスグリーン。小さな羽を生やして宙に浮かぶ小獣。そして胸の中心には紅玉の宝石。それが幻獣である宝石獣。


 幻獣とは、重なり合うもう一つの世界の住人。実体を持たず、時々こちらの世界に干渉し影響を及ぼす存在。

 宝珠(オーブ)に幻獣を定着させる術法は召喚師独自の秘儀ひぎ。が、一度定着させてしまえば呼び出すのは誰にでもできる。幻獣が宝珠(オーブ)に込めた術者の魔力に応じてくれさえすれば。


《雷の吐息サンダーブレス》。雷竜が口から雷を吐き出し周囲に撒き散らした。

 仲間たちはシャルが事前に施した《要塞フォートレス》の結界術で無傷。しかし、それでは大技の《蒼雷嵐》は防げない。結界術の奥義である《難攻不落インプレナブル》でも。


(間に合え―――――!)


 味方の元へとせ参ずるのはもう無理。距離を詰めるのはあきらめて雷竜の後方で足を止めると、二振りの刀と鞘に魔力を流して術式を発動させ、結界の構築に意識を集中。

 身の丈程もある飾太刀かざたちと鞘にめ込まれた八つの宝珠(オーブ)。これらには結界術の術式が刻まれており、刀身と鞘には結界を強化するための術式が施術されている。


 更に脇差と鞘には幻獣が使う魔法を強化する術式が施されていた。幻獣を核とした術具『召喚武装』。それがこの脇差。

蒼雷嵐サンダーストーム》を防ぐには、これら二つを使って奥義を越えた秘奥の結界を構築するしかない。


 吐息ブレス直後、雷竜が鎌首を天に向けて掲げ、両翼を限界まで展開。全身を蒼雷が包み、全身が発光した。

蒼雷嵐サンダーストーム》の予兆。味方に動揺どうようが走り混乱が生ずる。


 当然だ。従来よりも攻撃の間隔がかなり短い。リヴェーリアも不測の事態に遭い、指示を出しあぐねていた。

 雷竜は体内に生体発電機とも言うべき器官を内蔵している。他にも、筋肉刺激によって電気が生じる発電体質を有する。


 つまり動くだけでも、攻撃を受けても発電する。そのため攻勢をかけるタイミングが難しく、無策で畳みかければ《蒼雷嵐サンダーストーム》による逆襲で全滅する事になる。


オン


 結界の発動鍵語けんご。それよりわずかに早く、蒼雷の暴風が爆発した。

 擬魔法デミキャスト《蒼雷嵐》。

 絶技イクシード聖盾イージス


 蒼雷が天地を斬り裂く剣刃となって暴れ狂い、光と熱が轟き黒くく。

 視界が白光に包まれ、何も見えなくなった。


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