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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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日暮れの誓い

 ピクリと耳が震える。掛かる息と、言葉が耳朶に触れた。


「私はかつて心臓を患い、それを冒険者の人に救われました。そして、その人にあこがれたからこそ、貴族の身分を捨てて冒険者になりました」


 それからメルティナは語り出す。自分の過去を、毒婦と呼ばれるようになった経緯けいいを。

 話が長くなりそうだったので、椅子いすに座りながら。


「…………」


 後ろから抱きすくめられるのは変わらなかったが、面倒なのでされるがままにしておいた。



 メルティナは十七で実家を飛び出し『高貴なる薔薇のノーブル・ローズガーデン』に加入した後はそこで鍛錬たんれんを積み、依頼をこなしていく中で徐々に頭角を現していった。

 転機になったのは、とある依頼を受けようとしていた時。


 メルティナは見てしまった。出せる報酬が少ないせいで、自身の仲間からすげなく依頼いらいを断られる少女の姿を。

 絶望する姿が見るにえなくて。メルティナが個人的に引き受け、達成した。


 明らかな独断。勿論、とがめられた。だがその事に後悔はなかった。

 拝金主義的な自分たちの行動。その現実を目の当たりにした瞬間、血盟クランの掲げる理念理想がひど醜悪しゅうあくなものに見えた。


 だからこそ、脱退を決意した。自分は報酬ほうしゅうの大小で依頼を決める冒険者にはなりたくない。困っている人を平等に、分け隔てなく助けたい。それが、メルティナの信念。


『貴女は現実がまるで見えていないわ。この世界に自分一人の足で立って、しっかり見て来なさい。自分の目で』


 盟主であるディレルソニアのその言葉の真意を、後に嫌でも理解する事になったという。

 脱退後。単独ソロ活動も考えたが、すぐにパーティー加入の要請が他の冒険者から寄せられた。二つ返事で快諾し、新たな冒険者活動を開始。


 しかし、上手く行かなかった。

 そのパーティーに入ると、男性冒険者から実力ではなく容姿をめられることが多かった。

 素直な称賛を最初は快く感じていたが、次第に下心が垣間見えるようになり辟易へきえきした。


 色目を使って言い寄って来る仲間たち。それを白眼視する他の女性冒険者。パーティーの内情は急激に悪化した。

 そして事件は起こる。男同士の諍いはやがて刃傷沙汰にんしょうざたに発展。死者を出してパーティーは解散のき目にあった。


 その後もメルティナは、パーティー解散の憂き目に二回遭遇そうぐうした。

 そうなるともう、悪評が一気に広まり『パーティーを崩壊させる毒婦』という不名誉極まりない称号を与えられた。


 それが、二つ名である『毒婦』の由来。

 以降は女性だけのパーティーに加入するもメルティナと同等の実力者は居らず、突出した実力が連携事故や戦列を乱す要因にもなったりして、すぐに除名された。


 そして『毒婦』の悪評に拍車が掛かり、最後には誰からも相手にされなくなった。

 組合(ギルド)の紹介による新米冒険者の短期的な指導という名目なら、活躍できる目もあった。


 すると今度は、柄の悪い冒険者が劣情を抱きメルティナの身体目当てに近付いて来た。

 そうなると迂闊うかつに新米冒険者を連れる事もはばかられる。単独活動をせざるを得なかった。


 劣情を抱く冒険者はいくら撃退しても後を絶たず、仕方なく彼女は各地を転々とした。

 お陰で男性不信にもなったし、次第に他人の善意に下心を疑うようになった。自然と他人との関りを避け、孤独な時間を過ごすようになった。


 このままではいけない。だが、状況を打開するための妙案も浮かばない。

 どんどん袋小路に追い詰められる焦燥感だけが胸の内に積もっていった。

 そのまま心が弱った果てに、ここへ来た。



「………辛かったね」


 話を聴き終えて、しみじみと呟いた。


「はい。でも、お陰で貴方に会えました。ありがとうございます」


 私を助けてくれて。優艶ゆうえんな微笑をたたえたメルティナが謝辞を口にする。


「別に。僕は僕のためでしか――」

「それでも。私は嬉しかったんです。傷付きながらも、守ろうとしてくれる貴方が」


 フワリと包み込むような腕が、ぎゅっとシャルを抱き締める。


「そっか……」

「はい♪」

(そういえば)


 冷静になって考えてみると、他人から過去を打ち明けられる事なんて、ほとんど記憶にない。

 それもその筈。経歴不問の冒険者はすねきずを持つものが大半。詮索せんさくされて嬉しい者は居ないので、聞かないのが暗黙の了解。


 余程の事が無いと打ち明けたりしない。

 ということは。自分は彼女に、それほどまでに信頼されているのかもしれない。


「ありがとう。話してくれて」

「はい。私も、聞いていましたので」


 やっぱり。それでも、不思議と怒りは湧かなかった。

 それから、二人は無言になる。ゆったりと流れる沈黙が心地よい。


「ねえ、シャル」

「なに?」


 おもむろにメルティナが話を切り出す。


「貴方のことは、私が守ります」

「え?」


 言葉の真意が分からなくて、思わず振り返る。相変わらず優艶ゆうえんな微笑をたた紺碧こんぺき双眸そうぼうは優しげにシャルを見ていた。


「だって、私の方が剣の腕は立ちますし♪」

「総合的な実力なら、多分僕の方が上だし……」

「フフ♪ そうですね」


 本気にされてない。そう感じたシャルは口を尖らせ、咎めるような視線で上目遣い。


「可愛い♪」

「男に可愛いとか言うな」

「フフ♪ そういう所が、ですよ♪」


 口端から笑みをこぼすメルティナ。何を言っても「可愛い♪」としかならないのが分かったので、険のある表情と視線で無言のアピール。


「――――だから。私のことはシャルが守ってくださいね」


 微笑をたた紺碧こんぺき双眸そうぼうを細める。どうやら、ちゃんと認めている部分はあるらしい。


「…………うん。分かった」


 上目遣いではなく、真っ直ぐ相手の目を見詰めて、


「メルティナ。君は僕が護るよ」


 誓いの言葉をもう一度。


「はい♪」


 相好そうごうを崩すメルティナ。ふにゃりと気を許した柔らかい笑みに、シャルは見惚みとれた。

 静寂の中、無言で見詰め合う二人。

 やがて、どちらともなく顔を近付けて―――


 メルティナのお腹が鳴った。

 彼女は恥ずかしさのあまり抱擁を解き、顔を覆って膝を抱えた。


「フフ♪ 可愛いよ、メルティナ」


 シャルは口角を吊り上げ、羞恥しゅうちに赤らむ彼女の顔を覗き込む。


「………意地悪です」


 双眸を潤ませ、恨みがましい視線を寄越して来た。

 可愛いよ。と、はにかむと、悔しそうに口をとがらせた。


「なんだ? まだこんな所でいちゃついてたのか」


 診察室から出て来たプレッツィオがあきれ交じりにめ息を吐く。


「――――ってか、プレッツィオ。普通にメルティナが聞いてたんだけど?」

「問題ないだろ? 彼女なんだし」


 その言いぐさはどうかととがめるも、まともに取り合わずその場を後にした。

 そろそろ夕食の時間だ。シャルも椅子いすから腰を浮かせて、


「それじゃあ、行こうか?」

「はい♪」


 日も落ちて暗い中、自然と手を差し伸べられた。華奢きゃしゃな彼女の手を取り、二人は寮の食堂へと向かった。


後は17時

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