心の処方箋
ひとしきり暴れた後。捕らえられたところでギルドマスターが仲裁に入る。
彼はシャルの身柄を引き受け、神殿に案内した。
そこで師匠、テオドロスと邂逅することになる。
『師匠。どうかこの子のこと、よろしくお願いします』
ギルドマスターが請う形でシャルの弟子入りが決まった。その数日後にナハティガルナから『真実の誓約』の聖印を賜った。
それから約二年間。師から課せられた修行をこなす日々が続いた。
そして、シャルの人生に転機が訪れる。
常世神の生き写しである現人神。彼女を護送する任務の途中で命を落とした。
その時に師が自ら現人神に命を差し出す事で、シャルは転生者として生き永らえることになる。
それを知った同僚たちから批難轟々の嵐が巻き起こった。しまいには一方的に殴られもした。
『どうして、貴様なんかが生かされたのだ? テオドロス様ではなくっ⁉』
全くその通りだと、シャル自身もそう思った。
ここに自分の居場所はない。そう悟ったシャルは出奔を決意。
任務終了後、慣れ親しんだ神殿を去り冒険者として再登録。
あらかじめ右手に刻んでいた印は魔道士。
魔道士は中位の職業なので、駆け出しの小獣級ではなく魔獣級から始める事ができた。
最初は冒険者稼業も順調だった。組んだパーティーの面子も悪くなかった。
しかし、メンバーの一人が毒牙に掛かる。
その子はある有名クランを束ねる冒険者の妹だった。
そんな彼女を手に掛けたのが、あろうことかシャルという嫌疑が掛かった。
後に知った事だが、それは有名クランを逆恨みする他のクランの奸計だった。シャルは嵌められた。
説得を試みるも復讐に取り憑かれた兄は聞く耳持たず、殺し合うしかなかった。
そのまま単身、血盟との全面戦争。死に掛けながらも辛勝した。
全員殺し終えた後。血盟の元メンバーが奸計の黒幕と思しき人物を教えてくれた。
『取引だ。そいつを血盟ごと殺すなら手を貸すし、匿ってもやれる』
シャルはその取引に応じた。
件の血盟は元より評判が悪く、シャルが潰した有名クランと小競り合いで惨敗した事もあったらしい。
クラン壊滅の報に浮かれている彼らを襲うのは、全面戦争よりもかなり楽だった。
それからシャルは評判の悪い血盟に与していた血盟やパーティーを全て潰し終えると腰を落ち着かせていた都市を後にし、各国各地を転々とするようになった。
行く先々で評判の悪いクランを全て潰しながら。
そんな折、デューリ・リュヌの神殿から指名の依頼が舞い込んだ。
その任務こそ、「物忌み候補であるテルテュスの護衛」だった。
『彼女は先代大祭主の私生児でな。出自から疎まれ、中には抹殺を企む過激派も居ると聞く』
そこで襲撃を装って連れ去り、安全な場所に避難させるというもの。
シャルは自身が嵌められたことに気付いたのは、依頼主が手勢を引き連れ大群で包囲した時。
包囲網を突破した後、いつ終わるとも知れない逃避行が始まった。
敵は守護職のみならず軍に冒険者。あらゆる敵が行く手を阻んだ。
『どうか。なるべく命を助けてあげられはしませんか? 討伐に駆り出されている彼らは、私が憎いわけでもなければ、罪を犯している訳でもないので……』
テルテュスは本当に優しい少女だった。
自身の生まれを恨む事も無ければ卑下する事もなく、常に他者の幸福と安寧を願っていた。
どこまでも澄んだ心を持つ清らかな少女。それが彼女に抱いた印象。
かくなる上は、冒険者協会本部に直談判。それに一縷の望みを託して旅を続けた。
あと一歩。
本当に、あと一歩だった。
協会本部の建物を遠望に臨む中、テルテュスは命を落とした。
捕縛の後。処遇を巡って協会評議会が荒れたらしいがシャルの存命は決まった。
但し、『血霧』の二つ名に全ての汚名を着せ、公的には死亡という形で。
全ての事務処理が終わると、シャルは保護観察担当の冒険者の元へ移送。
そこで約半年間、失意の日々を過ごした。
自分だけが生き残った。守ると誓った少女を守れないままに。
そして半年後。ナハティガルナが直接身請けを申し出た。
神の思し召しに人間が逆らえる筈もなく、鶴の一声で全てが決した。
ここ、ラジェスタ神殿に赴任したのはそれより半年過ぎてから。
そうしてつい先日。メルティナと出会い助けた。
後はプレッツィオも知る通り。
全てを離し終え、長い長い溜息を吐いた。
「………成程な。大体分かった」
考え込むように顎に手を宛がっていたプレッツィオ。重い口を開けた後、彼もまた溜息を零す。
背筋を伸ばして天井を見上げると、やがて意を決したようにシャルへ向き直った。
「取り敢えず、シャル。お前は母親の死とテルテュス、師匠や仲間の死をごっちゃにして考えて自責の念に駆られている。まずはそれを自覚しろ」
「う、うん………」
指を差し突き詰めるプレッツィオ。その真剣な顔に気圧され、遠慮がちに返事を返した。
「そして。その守れなかった経験が、今度も守れないんじゃないかという不安をお前の中に呼び起こす。ここまでは良いか?」
「うん」
「なら、話は簡単だ。テルテュスが死んだのと、メルティナを守るのとを切り離して考えればいい。寧ろ俺からすれば、その二つを因果関係で結ぶ方が無理筋だ」
「むぅ」
シャルは承服しかねた。メルティナを死なせないために、テルテュスの死を教訓として捉えているのだが、それは無意味だと言われている気がした。
「まずは、だ。誰かの死に際して、自責の念を抱くのは止めろ」
「はあ………」
プレッツィオは話を続ける。「死」という結果は死んだ当人の選択がもたらすものであって、余人の介在する余地など無い、と。
「自己責任って、言いたいのかよ?」
「少なくとも。お前の師匠はそうだろう? お前の意志の尊重なんて、してない筈だ」
「まあ………」
確かにそうかもしれない。
「確かに、謀殺や強姦殺人は本人の意志とは関係ないだろう。だからこそ、お前は自分を責めるな。それらはお前がいくら頑張ったって、どうしようもなかっただろうからな」
「お母さんの方は、そうかもだけど……」
でも、テルテュスの方は。守り通すだけの実力は、あった筈だ。それだけの研鑽を積み重ねて来たのだから。自分の努力不足は否めない。
では、どうすれば良かったのか? 考察を重ねるシャルは押し黙る。
「お前今、何をどうすれば守れたかを考えているだろ?」
「悪い?」
眉間に皺寄せ咎めるような視線に、思わず反駁した。
「カウンセリング的には、な。大体、組織的な犯行にパーティーなんて個人単位で太刀打ちできる訳がないだろう。個人の能力だけでは、どうしたって限界があるし、それが見事なまでに露呈したのが『テルテュス事件』だろうが?」
正論。疑義を呈する余地などない程に完璧な。正しさで殴られたシャルは押し黙ることしかできない。
「さてと。一旦、カウンセリングに話を戻そう。人の死は、お前の都合に斟酌しない。「死」という『結果』と、お前自身の努力という『過程』に因果関係は存在しない。そこは理解しろ」
いいな? そう念を押されては、頷かざるを得ない。
「でも。じゃあ、どうすれば――」
「頼れ。もっと他人を信頼しろ。裏切られてばかりだったと、今更被害者ぶったってしょうがないんだよ」
一人の能力には限界があるのだから。
手を取り合うことが肝要。そう諭されても、素直に頷くことができない。
「まあ、すぐに価値観を変えるのは無理だろう」
ただ、これだけは覚えておけ。一旦言葉を切ってから、再び口火を切る。
「メルティナとテルテュスは違う。別の人間だ。たとえアイツを守り抜いたからと言って、贖罪にはならない。後悔も拭えない。自分の懺悔のために、他人を利用するな。もっとちゃんと、向き合ってやれ」
「………っ」
シャルは目を白黒させて言葉に詰まる。図星だった。
「ま、今はそんな所だな」
また来い。そう言って送り出された。手を振る辺り、追い払われたに近いかもしれないが。
重い腰を上げ、踵を返し診察室を後にする。待合室には独り、メルティナの姿があった。
「終わりましたか?」
「…………」
長椅子に腰掛け、優艶な微笑を湛えて首を傾げる。その態度に疑念を抱き、シャルは怪訝を浮かべた。
「………聞いてただろ?」
「? 何を、ですか………?」
まるで何も知らないと言わんばかりの演技。顔を顰めて診察室の方を睨み付ける。
(アイツ絶対、分かってただろ!)
そんな確信がシャルにはあった。
不意に、後ろから抱き締められる。ふわりと優しく包み込む甘くやわらかな匂いが、鼻腔をくすぐった。
今日も今日とて。
12時と17時に投稿




