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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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シャルディムの過去

 頼られるという事は貢献できている証拠。そう考えるとシャルは沈痛な面持ちを装いつつも背中越しに嬉々として白銀の尻尾をらす。


「しょうがないなぁ……」


 瞑目めいもくしてめ息をこぼし、切りそろえられた銀髪に指をき入れて後方に流す。

 いいよ。いかにも渋々応じたという体で首を縦に振った。


「そう言ってもらえると、助かるな……」


 頭を上げると、肩の荷が下りたと言わんばかりに苦笑を浮かべ、背もたれに身体を預け安堵あんどめ息を漏らすバウゼン。


「それよりも。そこのクズが仲間を殺しそうになったんだけど?」


 シャルは憮然とした半眼でクロアを指差す。


「心外ですねぇ。別に殺すつもりなんてありませんでしたよ?」


 肩をすくめつつも柔和な笑みは崩さない。そんな様子の彼に、バウゼンが遠雷の様な重苦しい声でその名を呼ぶ。


「次は、無いからな?」


 おどすような語調ではないが、射竦いすくめる視線は鋭く威圧的。その気迫に周りの空気がきしんだ。


「…………、仕方ありませんねぇ。解りました」


 笑みを消して小さく息を吐いた辺り、さすがのクロアも肝を冷やしたようだ。

 これで良し。喜悦に尻尾を揺らしシャルは内心ほくそえむ。


「それじゃあ、一つだけみんなに聞いておきたいんだけどさ」


 三人を前に話を切り出すシャル。


「お前らって、今まで散々人を殺して来た訳だけど、罪悪感とか無いの?」


 別にそれを感じ贖罪しょくざいをして欲しいわけではない。ただ、純粋な興味として聞いた。


「我々は命のやり取りをしてるんです。その中で自らのそれを取り零すこともあるでしょう。でも、それはあくまで結果論。最初から分かり切っているのに異を唱えるなんて、無粋の極みじゃないですかねぇ。単純に」


「んなもん、知らん。弱いのに殺されに来るのが悪いんじゃねえか」

「いやあ、オレって結構良心的だと思うんスよ。自分、生きてる価値ない人間しか殺したことないんで♪ ハハッ」


「うん、わかった。大好きだよお前ら」


 愛すべきクズ共。

 コイツらなら。こんな奴らなら、いくら死んでも良心の呵責かしゃくを感じないだろう。絶対に。

 何の躊躇いもなく、単なる肉壁として使いつぶせる。

 そんな彼らの事を、シャルは好きになれそうだった。


「ギャハハハハッ なんスか、その手のひら返し。絶対なんかあるでしょ? ハハハッ」


 壊れたように笑い出すナガル。


「そんなことないよ♪ 単純に貴重な戦力が手に入って嬉しいだけさ」


 シャルが屈託ない笑顔で応じると、笑い転げる森人エルフは更に喜色を深める。

 ゴホン。ザウラルドの咳払いが一つ。それだけでナガルは即座に大笑を止め、居住まいを正して座り直した。


「では、翻って。貴方はどうなんですか?」


 殺人への罪悪感を抱くのか。クロアが質問を投げ掛ける。


「ないね。無いよ。だって、抱くだけ無駄だもん」


 無駄な事はしない。頭を振って即答した。

 そう、無駄なのだ。いくら自罰的に、贖罪しょくざいのために生きたとしても。遺族にとっては憎たらしい人殺しであって、望まれるのは死以外の何物でもない。


 笑う事を自身に禁じたとしても、それだけで許されるなら苦労はない。

 だからこそ。自分の心のままに生き、笑いたい時に笑う。シャルは以前、そう決めた。

 それを見てナガルがうずくまり、背中をふるわせて笑いをこらえていた。それを忌々(いまいま)しげににらみ付けるザウラルド。


 その後、クロアを含めた彼らはヤズフィリオではなく、シャルディムが雇う形で神殿に置く形になり、それ以外にもいくつかの取り決めをしてその場は解散となった。

 応接室を出ると、風呂上がりのエブリシュカとでくわした。巫女装束に着替えた彼女の薄紅色の髪はれてつややかで、上気したほおと共に蠱惑的こわくてき色香いろかかもす。


「あら? もう話は付いたの?」

「そうだ。お前もクロアみたく、変な気は起こすなよ?」


 憮然ぶぜんとしながら優しく諭すバウゼン。


「はぁ~い♪」


 本当に分かっているのか判然としない気安い返事。少し不安を抱くシャルだった。


  〇                                 〇


 ちょっと来い。シャルは巡回診療を終えた白衣の医師に促されるまま、向かった先は診察室。

 椅子に腰掛け、プレッツィオと向き合う。

 患者と医師。思えば、こうして顔を突き合わせるのは今までなかった気がするシャルだった。


「さてと。本題に入る前に、確認したいことがある」

「なにさ? 改まって」


 その表情は真剣そのもの。生真面目きまじめな彼の性格を考えれば、それも当然と言えた。


「お前が冒険者になる際、母親は何をしていた?」

「………っ」


 思い出したくない遠い過去の記憶。それを呼び起こされ、気が付けば顔をしかめていた。


「成程。やはりか。かなり根深くて面倒な問題だなこりゃ……」


 鬱陶うっとうしそうに頭をくプレッツィオ。


「何が――」

心的外傷トラウマだ」


 以前、ここでナハティガルナやメルティナとそんな話をしていたのを思い出す。


「簡単に説明する。お前の場合、その幼少の記憶と『例の事件』が結びついてトラウマを形成している」


 どちらとも、大切な人を守れなかった記憶。どうやらそれが心の傷となってシャルの胸の内に深く刻まれているらしい。

 素直に驚いた。そんなものが自分に存在していたなんて。


 何より、緘口令かんこうれいが敷かれている『テルテュス事件』の概要をかなりの部分で正確に推測できていることは驚嘆に値する。推理小説が趣味だとしても、限度があった。


「んで。その引き金が何か、もう解っているな?」

「メルティナ……」


 視線を逸らしながら言葉を絞り出す。そうだ。プレッツィオが首を縦に振った。

 彼女が窮地に陥るのを見ると、水を打ったように全身が冷たくなり冷静で居られなくなる。

 彼女に罪はない。ただ何故か、自分の心と身体がそうなっているだけで。


「トラウマを克服したいなら、まずはヒアリング。全て洗いざらい話せ」


 い立ちから余すことなく。真っ直ぐ見詰めて来る視線。そこには侮蔑ぶべつ憐憫れんびんもなく、ただひたすらに真摯しんしに患者と向き合う誠実さが感じられた。


緘口令かんこうれい一旦いったん忘れろ。プライバシーは守るし、ちゃんと黙っといてやるから。

 それと。人に弱みをさらけ出すのは強さだ。お前はお前の強さを証明しろ」


「うん……」


 話しやすいよう、筋道を作ってくれた。それが何とも心憎い。

 その前に、シャルとしても確認しておきたいことがあった。


「どうして、僕にそこまでしてくれるの?」


 侮蔑の対象ですらあったはずだ。シャルは以前、そう思われても仕方ないことを彼にした。


『医者ならさ。生きている間に臓器がどう動いてるか、興味ない? 色々教えてよ♪』


 かつてパーティーを組んでいた頃。復讐ふくしゅうに来た一人を捕まえ、生きた人体標本にして色々と医学的知識を教えて欲しいとせがんだ。

 彼が是非そうしたくなるよう、幼子の如く屈託ない笑顔を浮かべ、甘えるように。


 結局、本人と召喚師サモナーのセントの強い反対にって断念した。その後に脱退を表明したので、因果関係は容易に想像が付いた。


「確かに、お前は否定しようのないクズだし。その考えは今も変わらん。だが性格はともかく、優秀で有能な資金提供者だからな。死なれちゃ困る」


 優しさなどではなく、とても利己的で合理的な理由。お陰で心が軽くなった。

 それからシャルは話し始める。医者に言われるまま、自身の過去を。その半生を。


  〇                              〇


 シャルはデューリ・リュヌのとある貧民街スラムで生を受けた。

 父親は居ない。気付いた時には既に母親だけ。娼婦として金を稼ぐ母親と二人、貧しいながらも満ち足りた生活を送っていた。


 五歳の頃に母親から魔力について手ほどきを受けた。肉体活性などの基礎をこの時に学んだ。

 そして九歳の夏。母親が強姦ごうかん殺人にう。

 貧民街スラムで威張り散らす冒険者崩れの男。取り巻きを連れ、犯罪組織ヤクザ迂闊うかつには手を出しにくい実力を有していた。


 母親の死後。呆然ぼうぜん自失の生活、というより無気力なままたたずんでいた所を別の冒険者崩れに拾われた。

そして、


『戦い方を教えるから、アイツに復讐ふくしゅうしないか?』


 お前には素質がある、と持ち掛けられた。

 そして約二か月後。叩き込まれた戦闘技術でシャルは冒険者崩れを殺し、復讐ふくしゅうを果たした。

 その後、冒険者を殺せる実力に自信を付けたシャルは冒険者になる事を決意。

 確実に冒険者にしてもらうため、殺した男の首を携えて冒険者組合(ギルド)の扉をくぐった。


「ごめんなさい。子供の登録は、受け付けていないのよ」


 経歴不問だった筈なのに。シャルは愕然がくぜんとした。門前払いされた事で後ろから爆笑の渦が巻き起こり、悔しくて酒場の冒険者たちを殺して回った。

 そして気が付けば、応対してくれた受付嬢も自分で殺していた。


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