シャルディムの秘策
「シャル………っ」
「ただの《似姿》だ。迎撃術式が発動したんだよ」
迎撃術式。聞けばシャルがスラムに張り巡らされた術式らしく、複数体の《似姿》が吶喊して敵を爆撃するという大変えげつない術式。何故、ただの虚像である《似姿》が爆発するのか、などの詳細についてはプレッツィオにも秘密にされているとか。
煙が風に流れて晴れると、建物の屋上に赤鬼の半面を付けた数人のシャルが立っていた。
その光景に鎧を着飾った数人は驚愕に目を剥く。虚像のシャルが跳躍。一斉に飛び掛かると戦慄に震え上がった。
人間爆弾が降り注ぐ中、隙間を縫うようにしてカチュアが一陣の風となって戦場を疾駆。また一人、胴体が真っ二つの死体が転がった。
「このぉぉおおおおっっ!」
軽装な弓使いの女が弦を引き絞り矢継ぎ早に射出。向かって来る虚像を数体打ち落とし、爆炎が秋の空を紅く染めた。
視界を埋め尽くす白煙を掻き分けて新たな虚像が躍り出る。それに狙いを定めて一矢。だが、爆発はせずに消失。幻術の幻影だった。
弓使いに間合いを詰めて来るシャルの虚像群。射貫く虚像は悉く幻影で爆発しない。後退しながらの連射。距離を詰め飛び掛かる虚像を撃ち落とすと、消失の直前に中からもう一体がすり抜けて肉迫。
撃ち出された一射が虚像を穿つと爆発。赫灼と燃え上がる爆炎が弓使いを呑み込んだ。
爆発性の虚像に追い立てられ、悲鳴を上げて逃げ惑う冒険者たち。背後を振り返った一人が上から降り注ぐ豪火球に抱かれて燃えた。爆発に晒され倒壊する廃屋が塵埃を吐き出す。
メルティナが視線を上空に向けると、蝙蝠羽の他に背中から二頭の赤竜と一対の赤い竜翼を生やした淫魔族の女性、エブリシュカが空中で足を組み寛いだ姿で浮遊していた。
「よしよし♪ いい子ね」
口から火の粉を吐き散らす赤竜の頭を愛おしげに撫でていた。
「あれは、『火竜の魔女』か? なんで、こんなトコに………?」
誰かが慄きと共に呟いた。
「はぁい♪ 私の炎で消し炭にして、ア・ゲ・ル♡ フフ♪」
黄金の瞳を殺意で爛々(らんらん)と輝かせ、竜翼をはためかせて空中に躍り出る。
「中々、賑やかな様子ですねぇ」
紫炎に抱かれる聖衣に身を包む男性。それを串刺しにした刀身を掲げながら、銀狐の半面を被るクロアが物陰から姿を現した。
嬉々として口端を歪ませる彼の後方では、振るった太刀で首が刎ね飛び鮮血が舞い、複数の悲鳴と爆炎が轟く。
「私も負けてはいられませんねぇ」
銀狐の半面の下で獰猛な笑みを浮かべ、残りの冒険者たちを襲撃。紫炎を纏った刀身を振り上げ躍り掛かる。防御障壁をものともせず、真っ二つに斬り捨てた。
敵勢力は既に半数が死に絶え、最早パーティーは瓦解していた。
「くっ」
物陰に隠れていた忍び装束の男が追随するシャルの虚像に苦無を投げ放ち、空中で爆発。
赫焉の炎を風の障壁で突破するシャル。それにも苦無を投擲。いくら障壁があろうとも、《貫通》の術式の前では関係ない。
しかし、空中で身を翻して苦無を回避。着地と同時に一足飛びで間合いを潰した。《飛翔》の術式。
迎撃の抜刀―――が、したくてもできなかった。既に腕が斬り落とされていた。
「お前―――」
跳躍しざまに飾太刀の斬撃。障壁が砕け散り、小太刀が男の喉元に突き立てられた。
絶命して斃れた男の肩口に足を掛け、小太刀の切っ先を抜く。
それを見下ろす赤鬼の半面の下には、何の感情も浮かんではいなかった。
スラムの上空を飛び交う自身の虚像に目もくれず、シャルはメルティナたちと合流を果たす。
「みんな、ケガはない?」
赤鬼の半面の下で一人一人顔を見渡すシャル。メルティナたちは口々に無事であると伝えた。
「その心臓、術具みたいだね?」
メルティナの胸元を指差して。彼女の身体からは相変わらず魔力と光の《アニマ》が漏出していた。
「はい。私のは、特別製なんです……」
双剣を携えた手を胸元に当て、視線を落としてしみじみと語った。
戦闘用の生体術具。それがメルティナに移植された心臓。
快復後。恩人である冒険者の弟子にあたる人物から、この心臓を使い方を学んだ。
実験台にされた事を母親は憐れんだが、メルティナ自身は冒険者に憧れていたこともあってむしろ歓迎だった。
強ければ多くの人間を魔物たちの脅威から救える。一廉の冒険者になりたいと願い努力する日々の中で術具としての使い方を体得した。
「どんな術―――」
シャルの言葉は横合いから襲う蹴りに遮られた。無意識の裡に本能がそれを防御させた。
「――――っ」
身体が宙に投げ出された瞬間、巫女装束によって強化された身体能力で宙返りし着地。飛来する影を脇に跳んで事なきを得る。
音を立てて崩れた壁に振り返る。立ち込める煙から出て来たのは、あろうことかクロア。
「おい、クロア。お前、どういうつもりだよっ⁉」
激昂するシャル。メルティナも同じ気持ちだった。今まで特に親しくしたわけでもなければ粗相をしでかした記憶もない。銀狐の半面の下の端正な鼻立ちに張り付ける笑顔は、彼の心の内を隠す。
「いえ、なに。折角の機会ですし、その装束の性能でも試してあげようかと思いましてねぇ」
唇に指を宛がいクツリと笑うクロア。
一方、残りの冒険者はカチュアが首を搔っ切り、エブリシュカが両翼を広げて逃走しこの場から離脱しようとする冒険者に迫り、放った豪火球が爆炎を轟かせて燃やし尽くした。
最後の一人は二頭の赤竜を首と脚に巻き付けて頭上に掲げ、万力のようにゆっくりと引き千切った。彼女は零れ落ちる鮮血を浴びながら、恍惚の表情を浮かべていた。
「ふざけんなよ、お前っ もう戦闘が終わったのに、どうし―――」
妖刀から放たれる紫炎の斬閃がメルティナの結界に牙を突き立てる。破れはしないものの、飛散した妖炎が辺り一面に広がってシャルの行く手を阻んだ。
「くっ」
これではクロアに近付けない。シャルが赤鬼の半面の下で顔を顰めるのを遠くに見た。
「さて。これで邪魔も入りません―――――始めましょうか」
「――――っ」
獰猛な笑み。迸る殺気にメルティナは総身を震わせた。
「さあ、来なさい。ヴィレンヴィアッ!」
口端を吊り上げ笑うクロアに突き出された妖刀。刀身から紫の大炎が噴き出し、音を立て一層燃え盛る。前方より迸る、肌を焦がす熱波を振袖で庇った。
その際、クロアの背後に女性の影を見た。恐らく、あれが妖刀に取り着いた怨霊。
彼を取り巻く空気が妖気に侵食され、ドロリと粘性を帯びた灼熱の波動が皮膚を舐め擦る。込み上げる不快感で肌が粟立つ。
妖刀は怨霊が憑依する事で生まれる。異常なまでの切れ味と呪詛を宿して。
そして怨霊はやがて、使用者の魂を浸食し最終的にとり殺す。目の前の男が正気を保っているのかが気になった。
「ああ。私が正気かどうかはご安心を。ちゃんと自らの意志で刀を―――振ってますからっ」
言うが早いか、跳躍し上段からの斬撃でけしかけるクロア。
迷っている暇はない、全力での応戦を。光の《アニマ》を収斂させた光輝の双剣で交叉、上空からの一撃を防御。荒れ狂う紫炎が光輝の刀身を焼尽せんと燃え盛る。
鬩ぎ合う光と炎。
重い。そして熱い。灼熱の煬炎が舐め擦り肌が焼け付く。妖気を帯びた魔力の波動が心胆寒からしめ背筋が凍る。
メルティナは一瞬沈み込み、空いた間隙を使って反動をつけ跳ね除けた。
着地と同時にクロアが疾駆。メルティナは壁伝いに跳躍し屋上へ到達。平坦な屋根の上で迫るクロアを迎撃。遠心力で掲げた光条の巨剣を振り下ろす。斬撃同士がぶつかり合い、爆発が生じた。
後方に吹き飛ばされながらも剣舞で旋回、衝撃を受け流す。
光条の巨剣を携え舞うは太陽神に捧ぐ『耀神楽』。光の《アニマ》を収斂し、攻撃に転用する剣舞。洗練された華麗な舞の所作は攻撃の予備動作。相手と斬り結ぶ中で一の舞、二の舞と舞踏を重ねていく。
低く屈み、下段からの切り上げを回避。陽炎を揺らし炎上する刀身が大気を焦がす。それを横目に見ながら体を開いた状態から一閃。クロアが立ち上がりざま背を向けて旋回。余勢で背後に一撃、躱され正対した所から刺突を加えて牽制――
(しまっ―――)
横薙ぎ。脇構えから大気を燃やして放たれた斬閃を、同じく横薙ぎの旋回動作で辛くも脱出。返す太刀で正面斬りが迫る。その瞬間、新たな術式が完成。
《耀神楽・三の舞 眩耀》
剣舞に伴い、光の礫がメルティナの周囲で常に浮かんでいた。それが双剣の光を反射し刹那、
目も眩むような光量が視界を塞ぐ。メルティナの遮光性抜群の薄いスリットでも、その一瞬は景色が漂白されて視認できない。
閃光の直撃を受けると動物は本能的に防御に徹するので隙が生じる。だが、クロアは難なく次の斬撃を繰り出して来た。




