通りにて
メルティナは女性にしては高身長なので彼と目線の高さが被る。
今日はプレッツィオの巡回診療に同行し、その護衛が任務。
と言っても医者であるプレッツィオは元冒険者で、聞けばシャルと同じくらいには強いらしい。これはシャル本人の談。
どちらかというと、メルティナは診察される人たちに万一の事が無いようにするための護衛だった。治安が悪いというのはそういう事らしい。
「どうした? 浮かない顔だな」
「ええ、まあ……」
先を行くプレッツィオが歩きながら振り返り、怪訝そうな顔を向けて来る。
視線を落としたままのメルティナは、それに目を合わせる事無く生返事で応じた。
神殿で過ごして分かったのだが、シャルに気がある女性は意外と多い。
それはそうだろう。いきなり現れたと思ったら瞬く間に神殿の経営改善をし、結果的に彼女たちは違法な売春行為に手を染めなくて良くなったのだから。しかも、シャルは一切の見返りを求めない。これはもう、惚れない方がおかしいだろう。
だからリタラやアニス、イェイユといった事務方の人間は勿論、今年守護職として赴任したレティシア。そして今、プレッツィオの隣を歩く、というより蛇腹を這わせる蛇人の女性、ラーニャも。
留まるために意地になった結果、恋人を偽装する羽目になったメルティナは居た堪れない。
彼女たちに悪い事をしてしまった。そんな罪悪感すら覚えてしまう。
「はあ………」
メルティナは無意識に先日もらった首のチョーカーを指先でなぞった。
首に巻く布地は縵の残り生地を使い、魔術の触媒として優秀な魔晶石を加工した宝珠が飾られている。宝珠を嵌め込んだ金属部分は、生体金属で鱗から発達した竜の鋼殻。それらに結界術を施してあった。
宝璽。宝珠と御守を掛け合わせた結界術の触媒としては最上級の代物。
『君を守りたいから、作ってみた。日頃から、付けておいて欲しい』
夕食の終わったタイミングでシャルから直接付けてもらった。その時の彼女たちが送る羨望の眼差しときたら。あからさま過ぎて、狙ってやっているのかとすら思えた。
ヘッドショットとかの不意打ちの防御策なら、メルティナにも仮面がある。
それでも、
『ちゃんと競合しないように調整してるから。それに、僕の術式の方が完成度も高い』
少し拗ねたように口を尖らせていたのが、年相応で可愛らしかった。
シャルが結界術の名手であることは、この前の一件で良く分かっている。正直、ありがたい。
だが、新参者の自分ばかり良くしてもらっていると、メルティナとしては居た堪れない。
ただ、シャルディム本人はメルティナの気持ちなどどこ吹く風。しかも彼女たちの恋心にもまるでその自覚がなく、気付く素振りすら見せない。
というより、他人にあまり興味を示さない。そこで、医者に聞いてみる。
「サイコパスというのは、他人に興味を示しにくいものなのでしょうか?」
「そうだな。基本的に自己中心的で、他人への興味は極めて薄い傾向にある」
やはりそうか。メルティナは得心が行った。
ということは、このまま自分が恋人を偽装している限り、リタラたちの想いは絶対に遂げられることはないだろう、という結論に達した。少しだけ、不憫かもしれないと感傷を抱いた。
「そう言えばメルティナさんは普段、シャル君とどんなお話をしているんですか?」
珍しくラーニャが話しかけて来る。普段彼女と接点がないので新鮮な気持ちがした。
シャルとは鍛錬や戦闘について情報交換をしたりもする。それ以外だと、
「他は特に取り留めもない、世間話や雑談ばかりですよ」
優艶な微笑を返した。
「具体的には?」
食い付いて来る。しかし、それも道理だろう。気になる男の子の事なら、何でも知りたがる。
それが恋愛感情というものらしい。メルティナはシャルに対してそういう気持ちを抱いた事がないので良く分からないが。
「えっと……お互い料理できるので、料理の話とかですね」
得意料理とか、苦手な料理。好きな料理や嫌いな料理、味付けの流儀や調理法に至るまで。
シャルは基本、料理にあまり時間は書けない。簡素な料理ながらも仕事は丁寧に。味付けは香辛料を効果的に使ってまろやか。そして少し甘い。
それは本人の好みというよりは、味覚が未発達な子供たちへの配慮が窺えた。事実、少年少女には毎回好評だ。
他にも、他人の料理についても言及し合う。決してけなすのではなく、美点を認めて。
リタラは少し濃いめの味付け。逆に薄味なのはイェイユ。男性時の料理は全体的に大雑把で豪快。その中でもクロアはそつなくこなし、ヴァイスは普通に達者だった。
驚いたのは、エブリシュカ。彼女の味付けは全体的に甘く優しい味わいだった。
法衣のデザインから見ても派手好きな印象だったので、二人して感心していた。
因みにメルティナは時間を掛けて凝ったものが作りたい派。出汁とか隠し味を重宝する。
「そういえば。ラーニャの料理は香辛料をふんだんに使っていて、鮮烈だよねって――」
「本当ですか⁉」
首肯。それだけで彼女は喜色満面。ルンルン気分で道を行くラーニャ。
彼女は元々メルティナが来る以前、シャルの暗殺を命じられてやって来た刺客らしい。
現場に居合わせたわけではないので詳細は知らない。
暗殺を試みたシャルに反撃を喰らい、組み伏せられて捕縛された。
ただその際、毒の知識と使用に長けるという事から、
『調剤を教えたら役に立ちそうだ。よし。コイツを助手として雇おう』
プレッツィオの言葉に同意したシャルがヤズフィリオに掛け合い、無事に採用が決まった。
『この手の刺客はね。任務を失敗するとその時点で首切られるから、雇いやすいんだよ♪』
とは、シャルの言。暗殺されそうになった件を尋ねると、
『でも、別に私怨じゃないしなぁ。それに、毒の精製については僕も聞いてみたかったし。今すぐどうこうする必要は無いかな?』
どうやら、殺さない方がメリットが有るみたいなので、生かす事にしたらしい。
基準の根拠が曖昧だ。少なくとも、メルティナにはそう感じられた。
「言っとくがラーニャ。アイツはお前の毒や暗殺に関する知見が欲しいのであって、お前個人には欠片ほども興味が無いからな?」
まるで釘を刺すかのような物言い。
「………そんな事は――」
「あるんだよ。だからアイツは普段、自分の事を話さんし相手に尋ねることもしない。事実、お前も毒の知識に関することしか尋ねられてないだろう?」
興味が無いから。はっきりと断言。関わるなと言われている気さえした。
「趣味とか好みの話をしてこない辺りでお察しだ」
「…………」
押し黙るラーニャ。肯定しているようなものだ。
「アイツは他人をメリットでしか測らん。つまり、損得勘定だ。学ぶ姿勢は謙虚でも、人付き合いに関しては傲岸そのものだ」
余り深入りしない方がいい。その口ぶりはラーニャを諭しているようでもあり、一方でメルティナに対し忠告しているようでもあった。
プレッツィオの言う通り確かに、人間関係の全ては損得勘定だけで測れるものではない。その観点が欠落しているというのは、寂しいことだとメルティナは思った。
「では何故、アナタは彼と一緒に神殿で仕事をしているのですか?」
今度はラーニャ。向ける視線がどこか恨みがましい。
「そりゃあお前。アイツも冒険者から足を洗ってるし、資金提供を惜しまないからだ」
付き合いを程々に、個人の事情には踏み込まず。適度な距離感で居たなら、危害の心配はない。アレはそういう存在だと、二人に言って聞かせた。
「だからな、メルティナ。マントの下に例の痴女痴女しい巫女装束を着て色仕掛けとかは止めておけ」
「べ、別にそんなつもりじゃ……っ」
艶やかな巫女装束でシャルを誘惑している自分を想像すると恥ずかしくなって顔を赤くした。
メルティナがマントの下に着ている巫女装束。それはシャルからのプレゼント。
デザインはシャルの注文通りセクシー路線で露出が割と大胆。
天衣と称されるだけはあり、滑らかな肌触りの生地は重さを感じさせず、肌に吸い付くような着心地の良さだ。
この巫女装束は、次の月例祭の神楽奉納でお披露目する予定の衣装。
今日は本番に向けて肌に馴染ませ、当日は舞いに集中するための必要な準備。
決して誘惑目的ではないと、自らに強く言い聞かせる。
因みに意匠が大胆なだけあって、神殿内を巫女装束で闊歩すると劣情を催した不躾な視線が常に飛んで来た。シャルを含めたほんの数人を覗いて。
『うん。よく似合ってるよ、メルティナ♪』
屈託ない笑顔で素直な賛辞は純粋に嬉しかった。けれど、それ以上の興味を持たれていないようでメルティナの心境は複雑だった。
「アイツの場合、精霊化の影響で欲情とか劣情を催さなくなっただけで、決して不能ではないらしい」
精霊化は外法の一種、つまり公には認められていないのでそれを果たした人間が少なく、プレッツィオも興味があって色々と問診したのだとか。
精霊化による性欲の減退。道理で興味を持たれない訳だ。納得の理由である。
「さてと……」
先頭を歩くプレッツィオが腰元の鞄からおもむろに、宝石を散りばめた大杖を取り出す。
空き家を改装した診療所まではまだ少し距離がある。
「どうし―――」
言葉を遮る爆発。
巻き込まれた廃屋が倒壊し塵埃が舞い上がった。




