酒場での諍い
柔和な笑みとは正反対の剣呑な雰囲気。傍から見ても友好的でない様子に、ザウラルドは内心辟易した。
「人違いだし、見ての通り食事中だ。相手が欲しいなら、他を当たれ」
関わり合いたくないので適当にあしらい、振り向けた首を戻して食事を再開。
冒険者は舐められたら終わり。他の裏稼業と同じで面子が重要。むしろ堅気の人間と表立った取引をする以上、信頼という意味で名誉や外聞には神経を遣わねばならない。
だが一方で、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けるキチガイを仲間に入れる酔狂な奴も珍しい。
まずは様子見。後ろの相手を思考の隅に追いやり、明日の予定を考える。
明朝には立つので早めに作ってもらうよう厨房に頼まなければ。もそもそと咀嚼しながらその献立に思いを巡らせる。
「おい、止めろヴィンセント。我々の目的を忘れたわけではないだろう?」
ザウラルドに突っ掛かろうとする美丈夫を見咎めるのは、オレンジの長髪を三つ編みにした優男。一瞥すると、背には身の丈を超す剛弓。旅装の具合から見ても、実力者だと分かる。
その後ろには大杖を持つ魔術師風の女淫魔族に瀟洒な鎧で着飾った屈強そうな大男。彼の脇に控える仮面の巫女も弓を背負っている。楚々(そそ)とした聖衣の少女、いや鉱人は神官か。
彼らの立ち居振る舞いに目立った隙は無い。元々手を出すつもりもないが。
これで引き下がらないようであれば、相手は仲間内での立場を悪くする。これ以上食い下がったりはしない筈だ。
「わかってるって、シェムヘド。これは云わば、お目当ての『血霧』とやり合う前の前哨戦ってヤツさ♪」
咎める弓使いに対し、悪びれることもなく得意げに宣うヴィンセント。
「血霧だと………?」
思わず顔を上げて眉を吊り上げた。
嫌な名前を聞いた。『血霧』が生きている。ザウラルドに面識はないが、尋常でない殺害者数を誇る以上、絶対に関わり合いたくない相手。益々この街を早く出たい衝動に駆られる。
「知ってるのか?」
「知らん」
面識がない以上、嘘ではない。とぼけるザウラルドを他所に、ヴィンセントが嬉々として語り出す。
といっても、話の内容は自分も知る範囲のことしか言わなかったので途中から無視して食事を再開した。
「お前、つまんねえ奴だな」
「ああ。ガキのお守りは趣味じゃない」
最後の一口を飲み干し、腰を落としながら殺気を漲らせて躍り掛かる相手に食卓を蹴り上げた。
「っ⁉」
襲い掛かる銃弾。咄嗟に右腕で防ぎ事なきを得る。横合いからの奇襲に動揺しつつも落下して来たテーブルを遮蔽物として利用した。しかし、追撃は来ない。肩透かしだ。
「誰だっ⁉」
ヴィンセントの怒声。どうやら、二人を狙った物だったらしい。それにしても、一切銃声が聞こえなかったのが気にかかる。
「ハハッ いやぁ、スイマセン。そういうのは外でやってもらっていいっスか? アハッ!」
薄ら笑いを浮かべる男は羽を広げた蝙蝠の仮面に黒衣姿の森人。
だらりと下げた両手には硝煙を吐く拳銃。銃器の扱いに長ける暗殺者は『真黎の魔弾』と綽名されていた。
関わり合いになりたくない人間がもう一人。
「シェムヘド。いいよな? 喧嘩売って来たのはあっちだ」
「いい加減にしろ!」
シェムヘドと呼ばれた弓使いは声を荒げた。
「いやいやいや。喧嘩は止めろって話っスよ。オレ、平和主義――」
躍り掛かるヴィンセントの背中目掛けてバレットブレードを振る。手首を極める直前に引き金を引いた。
その瞬間弾倉の弾が炸裂し術式が発動。
《斬閃》の術が刀身に展開され、袈裟懸けに振り抜くと斬撃の閃光が相手に飛んだ。術式の射出直後、ブローバックで空薬莢が排出された。
それに気付いた二人は弾かれたようにその場から飛び退く。代わりにその後ろのテーブルが犠牲になった。
「ちょっとちょっと、オレは無関係っスよ!」
「今更、何のつもりだ?」
当然の如く二人からの抗議。
「なぁに。ガキのしつけくらいはやっておこうと思ってな」
魔力を解放し、右腕に仕込んだ《剛毅》の術式を発動。膂力が爆発的に向上した。
「アハッ いいっスねぇ、付き合うっスよ♪ ハハハッ」
「上等だよ。纏めて掛かって来やがれ……っ」
ザウラルドは左足の義足に施術した《飛翔》を発動。右肩を突き出して体当たり。
その際、術式を感知した鳶色の外套が《増幅》の術式を併発し、相手の予想を裏切る速度で吶喊。
余勢で壁と激突しそのまま外へ。その直前に《増幅》を掛けた《剛毅》の膂力で二人の僅かな間隙に膝を突っ込み、全力で脚を伸展させて吹っ飛ばした。
「まずはお外に出ないとな」
壁を潜った際の土埃を払いながら嘯く。
《剛毅》と『肉体活性』の上位である《錬功》で身体能力を高めれば、その威力は跳ね上がる。
「テメェ………っ」
来いよ。バレットブレードを構え、立ち上がったヴィンセントを挑発した。
向かって来る相手を躱すように組合の屋上へと跳躍。待ち構えていると背後から来たので振り向きざまに《斬閃》を叩き込む―――ことはできず、敵の《斬閃》と相殺。三本爪の手甲に仕込んであるらしかった。
追撃の斬閃を横っ飛びで回避すると相手がそれに追随し肉薄。蹴りの牽制で大太刀を封殺され、振り上げられた爪からは逃げようがない。
仕方ないので左腕に魔力を通して起動、脇差を逆手抜刀。大爪を受け止めることで火花が鮮烈に咲く。振り抜かないと術式が発動しないのは同じ―――
(おい、待て)
魔力が爪の刀身に充填されていく。軸足で旋回し体勢を崩させてから全速離脱。複数の《斬閃》が飛んで来たので上に跳躍し逸出。斬撃の暴威は風に消えた。
両腕の手甲には後ろに煙突のような筒が付いており、そこから輝く黄金の光が放出されていた。
展開した大量の魔力が大爪から僅かに漏出。残弾数は気にしなくて良さそうだ。
更にヴィンセントは周囲の《アニマ》を収斂し、両腕に収束させていく。
武闘家や侍、忍者などは《アニマ》を『気』という概念で規定し、特定のそれではなく全てを纏めて収斂・運用する術を持っていた。
「マジかよ……っ」
『気』を纏った巨大な斬閃が複数襲い掛かる。ザウラルドは刀身の《切磋》を発動。
回避に徹し、躱し切れない攻撃は術式の加護と《剛毅》の膂力で辛うじて渡り合う。
だが――
「………っ」
逸らして受け流した。《輝刃》。放出していた光はそれだった。
『気』と《斬閃》に《輝刃》の複合技。さすがに受け切れない。
逃れた先にはヴィンセントが待ち構えていた。上段から横回し蹴りが迫る。宙に浮いており回避は困難。防御しても、追撃に大爪が来るのは分かり切っていた。
そこで、羽織っていた外套を広げて目くらまし。攻撃を停滞させた相手に蹴りを入れて離脱。一旦距離を取った。
突如、貧民街の方から巨大な魔力を感じて振り向いた。
(今度はなんだ?)
本当に今日はどうかしている。恨みがましい気持ちで貧民街の方を睨んだ。
〇 〇
ヤクザのアジトでシャルディムと邂逅し、あれから早くも二週間が過ぎようとしていた。
メルティナは現在、彼が奉職しているラジェスタ神殿に籍を置いている。
それだけ過ごしていると、神殿の内情が見えて来る。
とにかく、神殿の運営にはお金が掛かった。
共同浴場は火葬場の排熱で賄われるが、そう頻繁に葬儀が重なる事もないので普段は各家庭から持ち寄られたゴミを燃料に風呂を炊いている。
職員の給料は勿論、多岐に亘る諸経費も決して少なくない。老朽化による修繕はないものの、武器防具などの装備品の更新。孤児たちの養育費もバカにならない。
不法行為で金を稼がざるを得ないのも頷けた。
「にしても。すっかり馴染んだな、お前」
「ありがとうございます……」
プレッツィオの言葉に、すまし顔で恭しく頭を下げるメルティナ。
足元まで覆う砂色のマントを羽織る彼女は現在、貧民街に来ていた。




