暗礁の会議
埒が明かないので朔夜が議論の推移を説明した。そうだったそうだったと、少しも聞いていなかった癖にしきりに首を縦に振る。
「それで、『巫女』の保護はアナタの戦艦で良くない?」
これで前後の話がつながった。めでたしめでたし。朔夜は内心、安堵する。
「ヤダメンドイ」
彼女はつれない。
「ふざけるな! 言語道断であるっ!」
「馬鹿を申せ。英雄たる我らが怠慢など、許される筈がないだろう?」
「寝ぼけてるんですの?」
「頭、大丈夫なんですか?」
「もう少し熟慮しろ」
「ハハッ 集中砲火、ですねぇ♪」
批難轟々(ひなんごうごう)。それも当然と言えば当然。しかし、それで引き下がる朔夜ではなかった。
「それ以外の理由は?」
立ち上がり掌を着き出して皆を制し、居眠り姫の次の言葉を待つ。
「言ってもいいけど、そもそもの前提は? 攻勢に際しての保護なのか、保護の専任としての人選なのか。それが分からない事には……」
「取れる方策が違うってこと?」
「まあ、それもあるけど。どっちにしろ、わたしの戦艦でやるなら、中途半端な事にしかならないし。中途半端な分、いろいろ苦労が増える」
だからやりたくない、との事。話の受け取り方では角の立つ言い回しだ。
肩を震わせるしかめっ面のゲルゴギウスを見る限り、悠長に聴いている暇も無さそうだ。
「じゃあ、十二仙の意思は攻勢に決まったから、攻勢に際しての保護で話進めて?」
素早く指示を差し挟んで紛糾の機先を制する。
「ん。わかった」
「うん。お願い」
首肯するオヴェリアを見て心に余裕ができた。
「私の戦艦は装備充実してるし広いし。移動する密室だから、安全策としては最上に見られるかもしれないけど。敵の注意をどれだけ引き付けて戦力を分断できるかまでは未知数だから」
起き抜けにしては理路整然とよどみなく話す。
「それがどうした?」
未知数だからとか、そんなもの関係ない。ゼルティアナは強気な発言。
「敵の出方が分からないから、取るべき方策が何をもって最善とすべきかが分からない。
まあ、わたしの《潜水》があれば確かに逃げ切れるかもだけど。逃げに徹してわたしが遊兵化するくらいなら、『巫女』自体を攻勢に組み込んだ方が合理的」
「単純にアナタが働きたくないだけでは?」
柔和な笑みを貼り付ける皮肉屋が指摘する。
「まあ、それもあるけど。敵にとって確保するのが必須だと、それを巻き込んで死なれたら困るから。目の前にいると全力を出せない」
つまり、戦線に彼女が列している間は「防衛」と「誘拐」の二つを同時にこなす必要が出て来る。それは相手にとってかなりの負担になるだろう。確かに、理に適っている。
「敵戦力を分断したいなら、分かりやすい場所に『巫女』を留め置いて、来た所を迎撃する方が無難。移動する艦隊ないし戦艦だと、最初から諦める場合があるからオススメしない」
これで良いかと尋ねる彼女に、朔夜は問題ないと首を縦に振った。
「ほう。それなりに考えているようだな」
ゼルティアナは納得したように顎に手を宛がう。
「うん、そう。実務能力皆無で、日がな弓の鍛錬に明け暮れるしかないポンコツとは違う」
「ばっ 馬鹿を申せっ 私はポンコツではない。ただ、その……部下が優秀過ぎるだけだ!」
顔を真っ赤にして否定するゼルティアナ。オヴェリアは彼女の名を口にしていないが心当たりがあるようだ。主に自分に。
「そうなんですの?」
不思議そうに首を傾げるのはベルナディット。無能に対しての疑義か、若しくは部下の優秀さか。判断に窮する所ではある。
「そ、そんなことより。戦艦での護衛が非効率なら、それに代わる妙案を探るべきではないのか? そうだ、そうに決まっているっ!」
強引に会議を進めようとするゼルティアナは紅潮し焦りまくっていた。
「ならばこそ、このわたくしが立候補して差し上げますわ。『暁の巫女』も大船に乗った気で居るが良いですわ♪ オーホホホホホホ♪」
「ふ~ん……」
大船、という語句に少し反応を示したオヴェリアだったが結局流した。
「馬鹿を申せ。貴様はただでさえ『ヴェンデルの大口』の見張り番だろうが」
これを皮切りに巻き起こる批難轟々の嵐。ベルナディットの提案は逆風に遭い却下。
重苦しい空気を沈黙が支配し、議論が暗礁に乗り上げた。
「取り敢えず、攻勢の申し入れだけで良い気がするがな」
後は参謀本部決定を待ってから。眼鏡を直すアルブレヒトが提案する。それに異を唱えるのは、意外にもオヴェリア。
「だとしても。『巫女』を保護するってなった時に、こっちから候補出せるくらいにはしときたい」
「ほう? 珍しく積極的だな」
「寧ろ、今までが消極的過ぎたのである」
珍しいと感じるのは朔夜だけでなく、周囲も同じらしい。皆、一様に関心を示す。
「わたしとしては、ゼル辺りが適任だと思う」
理由としては、
「勿論、同性ってのもあるけど。戦力予備としての運用がされがちだから、部隊ごと現地に向かわせればいいと思う」
王都や鎮守府、離宮に要衝の警護、それと要害の見張り番。若しくは防諜や間諜。
それが十二仙に課せられた主な任務。部下も精々百人弱、というのが十二仙の実態。
そんな中、朔夜の姉にして常世神の半身とも言える現人神。
彼女の座す鎮守府の警護は朔夜とゼルティアナが担当していた。
「ふむ。私は一向に構わんぞ? 寧ろ、腕が鳴るというもの」
頼られて嬉しいのか、腕を組んで胸を反らしたゼルティアナは不敵な笑みを浮かべる。
「そのような前例を聞いた事は無いのである」
怪訝な顔でピンと跳ねた口髭をしごくのはゲルゴギウス。
「そもそも。前代未聞のことが起きてるって、まずは自覚して?」
「む………」
前例主義的な発言にオヴェリアが反駁して押し黙らせた。
「まあ、私が要衝と共に守ってやっても―――」
「あ、ストーカーは論外なんで」
「誰がストーカーだっ!」
オヴェリアはアルブレヒトを激昂させた。
「わかる。神経質すぎる性格はそもそも護衛に不向き」
「なっ 朔夜までっ⁉」
馴れ馴れしい。朔夜は思わず顔を顰めた。
「うむ、重畳。他に異論が無ければ……」
「待ってください。『巫女』の護衛なら、ワタシが―――」
『それはない』
異口同音。口々にその立候補を否定した。
「他人に犠牲を強要するメンヘラは黙って?」
オヴェリアが辛辣だ。
「では、解散とする!」
これ以上異論が堰を切ったように溢れぬよう、熊春が声を張り上げて立ち上がる。
その後、軍に出向しているオヴェリアと熊春が打ち合わせをしているのを尻目に、朔夜は颯爽と退室した。
〇 〇
十月初旬。季節は盛秋。少し肌寒い中、白く眩しい薄曇りの空が広がる。
城塞都市イシャード。首都エディシエルより南西部の低地帯に位置する穀倉地帯で対魔物の前線基地。西端の最前線と低地帯を守護する城塞とを繋ぐ中継地。
小高い丘に建てられた城塞は戦略的な重要性は低く、中途半端な立地条件からも人口はそれほど多くはない。
したがって、そこの冒険者組合に舞い込む依頼もそれほど多くはなく、個々のレベルも低い。
城壁が立ち塞がる外縁部にある冒険者組合事務所。その中にある酒場兼食堂にて、ザウラルドは遅めの朝食を摂っていた。銃器と融合した大太刀、バレットブレードを椅子に立て掛けながら。左腰には脇差程のそれを差している。
簡素な旅装を覆う鳶色の外套。包帯で包んだ左腕を肩から布で吊るし、鎧と一体化した機械義肢の右腕だけで豆と野菜のスープに浸した黒パンをかじる。
ベーコンの塩気と肉汁、干し野菜の甘味が溶け出した旨味の溢れるスープを香辛料がキリっと味を締める。何度でも啜りたくなるほど味わい深い。
麦の香りが芳しいパンに浸して食べれば生地の塩気と相まって趣向が変わるのも面白い。
豆のホクホク、野菜のシャキシャキが触感にも楽しく、いくらでも食べられた。
テーブルの一角を優に占める筋骨隆々の大柄な体躯と頭の双角は有角人のそれ。
鎧の右腕と相まって重厚な威容は見る者を怯ませ、誰も彼に話しかけない。
その筈だった。
「ほう? こんな所で『蹂躙の剛腕』に出会えるとはな。いやぁツイてる♪」
ザウラルドは振り返る。逞しい美丈夫。整った顔立ちと目元に掛かる黒い癖毛の髪。その両腕には刀剣と見紛う程の大爪が三本、手甲からそれぞれ生えていた。
こんな近接武器を使うのは、武闘家か忍者か。
少なくとも、黒衣を纏ってない時点で暗殺者ではない。暗殺者や暗黒騎士、死霊術師に呪禁師の属する闇ギルドは黒い装束を着込むのが決まりとなっている。特に暗殺者はその技能の特性上、明確に差別することが重要だ。




