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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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メルティナの過去

 十七歳の時。ユヴェルフィニアは皇太子から婚約破棄を言い渡された。

 夜会で来賓の方々が大勢集まった、彼らの眼前で。そんな彼の隣にいたのは、果たして誰であっただろうか。今となってはもう思い出せない。


 その原因が数日前の見合いにある事は、想像に難くなかった。

 ユヴェルフィニアは生れた時から心臓が悪く、国中の名医が口をそろえて


「成人になるまで生きられない」


 そう宣告されていた、らしい。本人の知らない所で。

 そんな現状だったこともあり、侯爵の実父は悲嘆に暮れるだけの母親を親友で辺境伯の元へ強引に嫁がせ母娘共々転居させられた。


 彼は女言葉で話し女装趣味の奇特な人だったが、二人には優しかった。むしろ溺愛していたと言ってもいい。

 余生を過ごすだけの彼女を救ってくれたのは、一人の冒険者。


 投薬などではなく、心臓そのものを挿げ替えるという大胆な方法によって。

 だからこそ、少女は助けてくれた彼女に、冒険者に憧れるようになった。

 快復するとユヴェルフィニアは深窓の令嬢から一転、好奇心旺盛なお転婆娘になった。


 座学よりも戦闘訓練を好み、野を駆け回ることに興味が引かれた。

 しかし、いつまでもそんな自由奔放な時節は続かない。

 十五歳になると学び舎に押し込められ、貴族としての所作事を徹底的に叩き込まれる事になる。十六で母親から何度かお見合いを勧められた。


 ユヴェルフィニアは自身の意向を今まで最大限に汲んでくれた養父に相談したが、養父は母親をより溺愛できあいしており彼女の味方だった。


「全ては貴方のためを思って、やっていることよ」


 それが母親の口癖だった。

 人の気も知らないで。少女はこの時初めて、両親への反感を抱いた。

 そして十七歳。その年の夜会で皇太子に一目惚れされた。

 さっそく縁談の運びとなり、着々と準備が進められた。本人の意志とは無関係に。


『冒険者になって、目の前の困っている人を救いたい』


 そんなささやかな理想が、大人たちの都合によって消えようとしていた。

 幸せいっぱいに周囲へ自慢する母親を見て、少女は悟った。母親は恐らく、自分たちを捨て後妻を娶り世継ぎをこさえた実父を見返したいのだという事を。


 ユヴェルフィニアの事なんて、少しも考えていなかった、と。

 お見合い当日。爽やかな笑顔を向けて来る皇太子に少女は当たり障りのない受け答えをしていた。王族からの婚約の申し込みは実質的な命令。断れば彼らの面目が立たないのでそれは選択肢ですらない。


 やがて二人きりになるも、相変わらず立て板に水のごとく一方的に喋り続けていた。

 こちらは全く興味を引かれていないのに。聞き流していた少女は、次第に王子があわれに思えて来た。


 話の流れなんて気にしていなかったが、話題はやがて冒険者へと移る。それがいけなかった。

 王子は冒険者を批難しだした。やれ野蛮やばんだの、卑怯ひきょうな振る舞いしかしないだの。


 いい加減うんざりしていたユヴェルフィニアは、冷静さを失いそれに噛み付いた。

 何より、自分を救ってくれた彼女を侮辱されていると思うと、黙っていられなかった。


「冒険者の中にだって人格者は居ます。私を助けてくれた人のように。貴方が一体何を知っているというのですかっ⁉」


 思えば、あの時が初めてだったかもしれない。他人に怒りの感情をぶつけたのは。

 それからは売り言葉に買い言葉。見合いは散々な結果に終わった。

 そして数日後。夜会で王子から直接、婚約破棄を言い渡された。


 正直、何の感慨も沸かなかった。これで当分、母親は縁談を持ってこないだろうな、くらいしか思わなかった。

 その日の深夜。あてがわれた宿泊用の寝室で半狂乱になった母親が養父の制止も振り切って口汚く少女を罵った。


 極め付きには、


「貴方なんて、生むんじゃなかった」


 反発が確執へと変わった瞬間だった。

 もうここには居られない。寧ろ居たくなかった。少女は出奔しゅっぽんを決意する。

 それからの行動は早かった。


 学業のかたわら人目を忍んで『高貴なる薔薇のノーブル・ローズガーデン』と接触を図り、二週間とかからず全ての準備を整えた。

 そして出奔当日。養父に見つかった。

 決意は固いかと聞かれ、そうだと力強く首肯した。


「なら。アナタの事は、婚約破棄を気に病んで心臓の病が再発して病没したという事でいい?」


 つまり、死を偽装するという事。貴族社会から縁を切れるなら、別に何でもよかった。


「行ってらっしゃい。気を付けてね、ユヴェルフィニア」


 心からの笑顔ではなかったが、養父は最初から見送るつもりでいたらしい。

 いってきます。照れが勝る、風に掻き消えてしまうほど小さい呟き。

 かくして少女は屋敷を後にした。養父が口ずさんだ名前を捨てて。


『薔薇園』に合流すると、盟主である女性、ディレルソニアに挨拶をした。


「改めまして。これからよろしくお願いします。私のことはどうか、メルティナとお呼びください♪」


 優艶ゆうえんな微笑をたたえ、うやうやしく一礼。

 こうして、少女は冒険者メルティナとしての人生をスタートさせた。


 

 やがて、三年の月日が流れた――――。


〇                               〇


 重苦しい雰囲気が支配する、ほの暗い会議室の中。

 デューリ・リュヌの最大戦力である神刀十二仙しんとうじゅうにせん、その傑物けつぶつたちが列席していた。

 銀髪碧眼にして狐の獣人、鏡月朔夜ががみづき さくやもその一人。


 彼女は円らな蒼碧そうへきの瞳を引き絞り発言者をにらみ付ける。得意げな顔で周囲の人間を睥睨へいげいし、ろうろう々と歌い上げるように献策けんさく開陳かいちんする彼女はペネトレーニュ・オルドラン。

 代々死霊術師の家系出身で黒い短髪の鉱人ドワーフの少女は病的に色白な肌をしていた。


「―――以上が、ワタシの策の全容となります。どなたか、ご質問はありますでしょうか?」


 質問を受け付けると態度で示しながらも、自信満々の様子から修正を加えられることを快く思わないのは明白。

 それでも、言わなければ。朔夜さくやは意を決して挙手した。


「異議あり。その作戦はリスクが大き過ぎる。連中が降臨の儀式やってる最中に襲撃を掛けるなんて。潜伏場所が割れてるんだし、さっさと攻勢をかけるべき」


 連中とは『黎明破曉れいめいはぎょう』を指す。今回、ペネトレーニュが潜り込ませた内通者のお陰で有力な情報が手に入った。

 彼らの彼の宿願である、陽光神イリアコリアスの降臨。


 その降臨の儀式に必要な存在である『あかつき巫女みこ』。その巫女みこに選ばれた者の名前が分かった。

 メルティナ。冒険者である彼女は現在、シャルティムの居るラジェスタ神殿に逗留とうりゅうしていた。


 ペネトレーニュの作戦とは、『暁の巫女』をわざと捕まえさせて降臨の儀式をり行わせ、それを途中で襲撃し儀式の施設ごと破壊して頭目以下、幹部から雑兵までを一挙に叩くという電撃作戦。


 当然、『巫女』の安否など考慮に入れていない。全ては異教徒たちを壊滅させるため。

 こんなものは作戦とは言わない。朔夜さくやは断固として認める訳には行かなかった。

 反論を突き付けた朔夜に対し、ペネトレーニュは冷ややかな視線を投げ掛けた。またその話か、と。


「拙速な攻勢は残党を生み出すから、一網打尽にすべき。以前にそう結論付けられたのを、まさかお忘れになったんですか?」


 不思議そうに首を傾げるペネトレーニュ。冷然とした態度よりも厭味いやみったらしい。


「そもそも、その作戦には無理がある。儀式を行う祭壇の場所は? 特定できたの?」

「だからこそ、特定するため―――」

「それがリスキーだって言ってる。分が悪い賭けには乗れない」


 祭壇の場所の特定。それこそが、攻勢を掛けるか否かを決定付ける要素にして最大の懸念けねん事項。

 降臨させるとなると、必要になるのは大量の魔力と《アニマ》。それを滞留させるための力場を形成するためにも、大掛かりな施設が必要。


 にも拘らず、その場所が未だ特定できずに居た。

 大規模な施設は資材の集積、建造は元より保守管理にも人員が割かれる。


 そして、そんな施設が健在であれば何度叩き潰しても必ず復活する。故に、一網打尽で未来に負債を残さないためにも二の足を踏んでいた。

 組織の存在を認識して以来、百年余。軍は勿論、十二仙もその実態を未だ掴めていなかった。


「その祭壇について、ひとつ。よろしくて?」


 背筋を伸ばし凛とした優雅ゆうがたたずまいで挙手するのは派手な顔立ちに豪奢ごうしゃな髪形の女性。

 一年前に殉職じゅんしょくしたジェスレイド・テンパートンの後釜あとがまで新参者のベルナディット・バルテルミー。


「これだけ探しても見つからないのなら、もはや結論は一つしかありませんわ」


 発言を許されると立ち上がって誇らしげに胸を張り、歌い上げるかのようにそこに手を添え、もう片方を大きく広げた。

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