巫女の装束
メルティナが神殿に来てから数日後。朝食時にシャルからの誘いがあった。
「メルティナ。今日はちょっと連れて行きたい場所があるから、一緒に来て」
イェイユも。指名された二人は思い当たる節もなく、不思議そうに顔を見合わせた。
そうして連れていかれた先は、冒険者組合御用達の防具屋だった。
頑丈そうな鎧や盾の数々が陳列されている。それらが放つ、圧倒的な重厚感が物々しい。
「おう、どうした?」
店主は屈強で浅黒い肌の有角人。不愛想で言葉少なに応対する。
「来月の例祭までに二人にそれぞれ、巫女装束を作って欲しいんだけど?」
シャルが倉庫鞄から取り出したのは、白と桜色の艶やかな生地。
「これは、縵か?」
手に取り、感触を確かめるようにしながら感心する店主。
「そう。しかも女郎蜘蛛から採ったやつね」
「本当ですかっ⁉」
土蜘蛛や女郎蜘蛛から採った糸で織った生地を、この世界では最上級の生地、縵と呼んでいた。
絹よりも風合いが良く肌によくなじむので、縵からなる衣服は「天衣」とも称される。
更に戦闘用に用いられるだけの強靭性も兼ね備えているので需要も多く、その分高額だ。
故にメルティナは驚きを隠せない。女郎蜘蛛は森においては飛竜並みの戦闘力を発揮する難敵。それを相手取れる彼の実力の高さに舌を巻く。
更にシャルは白地をメルティナに、桜色はイェイユにそれぞれあてがった。その際、二人に自己紹介をさせ、メルティナは店主の名がアルグロであることを知った。
「どうして、私が白なんですか?」
「あまり自分で選ばなそうな色だったから。本人的にも新鮮だと思って」
ライトブルーの巫女装束を見ながら答えた。
因みにメルティナが現在着ている装束は、昆虫系魔物の糸から取り出した繊維である紉絹を生地にして仕立てられた物。絹よりも上等だが縵には劣る。
「それじゃあ、奥の方に行ってくれ」
店主が親指で後ろの方を指す。シャルがアルグロに耳打ちした後、二人は店主に導かれるまま店の奥の扉を潜った。
そこで待っていたのは、妙齢の女性。彼女の名はナリシェ。アルグロの妻。
「取り敢えず、メルティナはセクシーな感じに、イェイユは可愛い感じの衣装で頼む。それと、メルティナの装束は戦闘仕様にするから要望を聞いておいてくれ。だ、そうだ」
どうやらそれが耳打ちされた内容だったらしい。
店主が事情を説明し終えると採寸の運びとなり、男性であるアルグロが部屋を後にした。
残ったのは女性だけとなり、さっそく採寸開始。
採寸が終わると、戦闘用にするためにメルティナはいくつかの要望を出した。
「月初めには仕上げとくからね」
破顔するナリシェに礼を言い、部屋を出る。すると、カウンターでシャルとアルグロが何やら話し込んでいた。
「あ、終わった?」
「はい。ちなみにお二人は、何を話していたんですか?」
「ああ。メルティナの装束に施す防御障壁の打ち合わせを、ね」
本人も来たので、話の流れを整理しながら説明するシャル。
装束の防御障壁は鎧に比して耐久度は劣るが、それでも無いと困る。
全ての打ち合わせを終えると、挨拶もそこそこにメルティナたちは再び街の往来へと足を踏み入れた。
それにしても、
「本当に、よかったんですか?」
知り合ってまだ日の浅い自分たちに、折角の最上級の生地を惜しげもなく使う事が。
損得勘定で行動を決定しているシャル。いかんせん、リスキー過ぎる気がした。
目を伏せ街路の石畳に視線を落とすメルティナ。なんだか少し、申し訳ない気持ちになった。
「問題ないさ。寧ろ、そのために採って来たんだから♪」
屈託なく白銀の尻尾を揺らすシャルはすまなそうにするメルティナの視界に入って上目遣い。
衆目を集めるために、見眼麗しい舞い手を雇った。それがシャルの言い分だった。
メルティナは視線を逸らしながら呟く。
「私が持ち逃げするという――」
「そういう事を言う人間は、絶対にやらないから安心なんだよ」
気後れしているメルティナに、シャルは苦笑を返した。
「こういう人なんですよ」
振り返ると、イェイユがしみじみとした様子で台詞を口にし、温かい視線をシャルへと向けていた。
彼女は元々、妓楼と及ばれる高級娼館に在籍しており、シャルが何十万ピルクという大金をはたいて雇ったという経緯があった。
買い付けに来たのは他の守護職だったらしいが、ただ例祭の演者として買われたのは自分が初めて。妓楼の店主も最初は面食らったらしい。
それでも、シャルは孤児たちの世話以外は見返りを求めなかったという。
「そうだったんですね……」
「ええ」
彼の優しさに触れた気がした。
「まあ、別に普通だと思うけどね?」
当の本人は、あっけらかんと答える。それがまるで何でもないかのように。
「ま。借りは今度の例祭で返してね♪」
イェイユも。メルティナの後ろに控えるイェイユに屈託なく笑いかけた。彼女は慎ましい返事で応じる。
「あ、そういえば。イェイユは妓楼に居た頃は着たことなかったの?」
縵の服を。その質問にイェイユは首を横に振る。
「さすがにそれは。絹ならありますが……」
「まあ、そうだよね。この辺じゃ採れない、というか生息してないし」
ここより北西部の樹海に行かないと、土蜘蛛や女郎蜘蛛とは遭遇しない。
それから、三人は雑談を交えながら神殿への帰途に就いた。
〇 〇
晩餐も終わり就寝時間。ヴァイスは簡素な道着を脱ぎ、作務衣の上は着ないで下だけを穿いて床に就くのが昔からの習慣となっていた。
服を畳んでいると、白い毛並みから見え隠れする左手の刻印が目に留まる。ベッドに腰掛け、改めて刻まれた聖印をぼんやり眺める。
『黎明破曉』の幹部、旭祭司。その証たる聖印。神殿で洗礼を受けた際に賜った武闘家の刻印とは趣を異にする意匠。
『払曉』の権能。目覚めを促す黎明の光。効果は聖印が発する光を浴びた者は潜在能力を引き出されるというもの。
『天照』とはまた少し、様相が異なる。
聖印は常世神のそれと同じように陽光神との魂の紐帯を結び、魔力の交感によって互いの魂魄が活性化する。
これだけ破格の能力を与えられたという事は、信頼を得られたということなのだろう。そう結論付けた。
それはそうだろう。ヴァイスはかつて、ナハティガルナの護衛として仕えていたのだから。
だが、女神は転生者となったシャルディムを救うことはなかった。
それを問いただした所、ならばヴァイス自身があの子の隣に居てやればいいと転嫁した。
テオドロスから何の遺言も言伝もないままそれをするのはさすがに気が引けた。すると、
『なら、そなたは我と同じだな』
ヴァイスの信心に翳りが生じた瞬間だった。
そんな折、シャムザが久方ぶりに顔を見せに来た。今思えば、神殿の内情を探るための計略でしかなかったのだが。
『暁の巫女』メルティナ。改めてその名を口にする。
予言の通りだった。御し切れない人の心の動きを事前に察知し、未来の行動を言い当てる。
それは『幻想』の権能をもってしても叶わない、最早全能の――――
「こんばんは~♪」
「っ⁉」
突如部屋に響いた女性の声。それに驚き反射的に立ち上がった。来客者はエブリシュカ。煽情的な寝間着姿で頬を朱に染め、潤んだ瞳でヴァイスを見て来る。
「このような時間に来るのは、感心しませんにゃあ」
「ふ~ん、そう。で? その左手には何があるの、か・し・ら?」
「――――っ⁉」
聖印を見られまいと、左手はさりげなく動かした筈だが。意外に鋭い。だが、ヴァイスも辛うじて視線を自ら注いでしまう愚は避けた。
薄紅色の髪を揺らして妖艶な笑みを浮かべ、発情した淫魔が徐々に距離を詰めて来た。
手を伸ばせば触れ得る距離。背中を反らし谷間を強調、艶めく金色の双眸が上目遣いで覗き込んで来る。
「フフ♪ スゴい筋肉ね。抱かれたらどんな感じなのかしら♡」
つい、と指先で毛に覆われたヴァイスの腹筋から胸筋までをゆっくりなぞった。
この期に予想される展開に抗うべく、意を決したヴァイスは肉球に包まれた両手で彼女の肩を抱き、真剣な眼差しで至近距離の彼女と向き合う。
「吾輩は、優しい眼差しで子供たちに接するアナタが好きですにゃあ。エブリシュカ殿にはどうか、子供たちに好かれるいい子であってほしいですにゃあ」
いつまでも。互いの息が掛かる、目と鼻の先の距離で。金色の瞳に映り込む自身の頭が見えた。
相好を崩すと、移り込む獣頭もまた笑い掛けて来る。
すると、上気していた顔がいきなり茹で上がり視線を逸らした。
「どうかしましたにゃあ?」
目を丸めながら首を傾げ顔を覗き込むと、暴れるようにしてヴァイスから離れた。
「だ、騙されないわよっ ちょっとその気にさせる言葉を言われたからって。べ、別に好きになったりしないんだからぁーーーー!」
竜翼を羽ばたかせたかと思うと、脱兎のごとく猛然と部屋から出て行った。茹で上がった顔のまま。
「…………はて?」
何か、対応を間違っただろうか。尋ねる訳にもいかないので、自問自答するしかなかった。
とりあえず、寝込みを襲われるようなことはなくなって欲しい。そう思わずには居られなかった。
今日も三回投稿チャレンジ12時と17時




