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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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剣の実力

朝っぱらからの奇襲に、シャルは思わず総毛だった尻尾を逆立てた。


「何すんだよお前ら、朝っぱらからっ!」


 しがみついたメルティナを盾に二人へ出したくもない大声で猛抗議。


「ってか。めっちゃ親しげだね、二人とも」「何かあったのです?」

「はい。実は昨日、恋人としてお付き合いする事になりました♪」


 シャルの頭を撫で、恥じらいに頬を染めながら。その言葉に双子は目を丸くし、道行く男たちが驚愕に足を止めた。


「あ。じゃあ、尻尾はモフモフさせてもらえた?」

「どういう手触りだったのです?」


 好奇心に瞳を輝かせ、興味津々で聴いて来る二人。


「はい。それはもう、とてもいいものでした♪」

「………っ」


 目尻を下げ相好を崩すメルティナ。シャルは色々と思う所はあったが、とりあえず奥歯を噛み締め黙っておいた。

 それから三人はモフモフ談義なる物を始めながら食堂へ足を向けた。


 今日の朝食当番は昨日に引き続きリタラとエブリシュカ、そしてもう一人で支度をしていた。

 単独での活動する事も少なくないエブリシュカは、意外にも料理が得意だった。

 それと、残忍で知られる魔女でありながら子供の世話は甲斐甲斐しく、人気があった。


『えええええええええええええええっっ!』


 シャルとメルティナ。二人の交際宣言は、リタラたち女性陣に驚嘆をもって迎えられた。

 種々の疑問には全てメルティナが完璧な返答をし、誰も疑問を抱かないようだった。

 ただ一人。エブリシュカを除いて。


「エブリシュカ?」


 疑惑の眼差しを向ける彼女に対し、首を傾げるメルティナ。

 偽装なんて微塵も感じさせない、それは堂々としたものだった。


「………ふ~ん。ま、いいんじゃない? メルティナがそれでいいなら」

「はい♪ ありがとうございます」


 冷めた言葉に頬を上気させ破顔するメルティナ。これも恥ずかしい秘密を守るため。シャルは自身を無理矢理納得させた。


「それで。今日、シャルは何をする予定なんですか?」

「まあ、普通に鍛錬かな?」


 三日前に雷竜討伐を終え、今は休暇としている。


「それじゃあ、剣術の鍛錬をご一緒してくれませんか?」

「……いいけど」

「はい♪ それじゃあ、私が有能だという事を証明してみせましょう♪」


 優艶ゆうえんな微笑から自信満々に喜色を深めるメルティナ。


「うん」

(損得勘定云々は、プレッツィオから聞いてたんだっけ………)


 シャルは昨日の診察室での一幕を思い出した。

 プレッツィオの指摘通り、シャルはメリットの有無で人付き合いを判断している。

 そもそも、メリットのない関係は全て無駄と考えているので仕方がない。


 やはり、お互いに得るものが無ければ。どちらか一方が得をしたりする関係は怪し過ぎる。

 利益が生じるなら、それを確保しようと動くのが人の性。その行動は予測しやすい。

 だからこそ、しっかりとした利益のある関係を重視する。利益は信頼につながるから。


 それが、『血霧(ブラッドヘイズ)』として人に裏切られ続けた経験を持つ、シャルの得た知見だった。

 朝食後、部屋に戻ったシャルは群青の狩衣へと着替えると自前の木刀を携え、寮に隣接している錬武館へとメルティナを案内した。


 錬武館は二階建てで二回は板張り、一回は土場で屋外の実践を想定した稽古が可能。

 数人が稽古をしている中、壁際で木剣の二刀流で構えるメルティナに対し、シャルは木刀の一刀流。刀身の上では木刀が有利、ただ体格差を考えればシャルの方が不利。互いに距離を空けていた。


(強いな……)


 多分、自分よりも。巡礼者といえど、やはり剣士は剣士。構えで実力が分かった。


「行きます」


 身を低く駆け出したメルティナが一気に距離を詰めて来る。右下段からの逆袈裟ぎゃくけさ。刀身を倒し、右側面のしのぎで受ける。中心を向いた刃部を警戒した相手が右足を支点に回転し側面へ回り込もうとする。その企図を読み取ったシャルは後退。右手を掲げたままのメルティナと相対。


 進み出たシャルを上段から強襲。半身をさばいて受けに行くと、左の太刀がそれを妨害。がら空きの頭に振り下ろされた。右足を後ろに大きく開き、刀身を下げながら回避。そこから反転して脇構えで肉薄。右の刺突をかわし、刺客から迫る左のぎ払いを相打ちで防御。


 返す太刀で右刺突。左の鍔元を押し下げながら避けた。メルティナが後退させた右足を軸に回転するのに合わせて跳躍。空中に躍り出、宙返りで刀身を加速させて正面斬り。彼女は咄嗟とっさに木剣を交叉させ、辛うじて防いだ。


「――――っ!」


 剣撃の重さに顔を顰めるメルティナ。相殺されるとシャルは反動を付けて宙返り。彼女の背後に着地すると振り向きざまに脇構えで下段から強襲。守りを固める彼女に渾身の切り上げを叩き込む。


(なっ―――)


 跳躍でそれを回避。宙返りから繰り出される右の剣を、左足で後退して逃れた。風圧が顔をで冷や汗をく。

 これまでの攻防で性格が大体つかめた。気が強いのは勿論だが負けず嫌い。そして戦法は右の剣で牽制、左で決定打を与える。ならばまずは、右の剣を警戒する。


 脇の下に双剣を隠し、中段構えのシャルに迫るメルティナ。

右手の挙動に注意を払い、僅かな起こりに刀身が震えた。その瞬間、左の剣が頭上から奇襲を掛ける。


 考えてみれば当然。必要以上に意識が向いているなら、囮にした方が効率がいい。

 構えを開き、剣先を膝下に向け回避に集中。続く二撃目の横薙ぎを逆さにした木刀のつばはばんだ。間髪入れず刺突の三撃目。刀身を押し下げ鍔元つばもとで受けた。そのまま体を寄せて密着、回転動作で逃げられ場所が入れ替わる。


(だったら、右の太刀を潰す)


 後手に回っては勝てない。相手の右手に牽制けんせいを入れ左の剣を出させる。

 そうして斬り結ぶこと三合。

 間合いを空けてからの再開。そこでメルティナの攻め方が変わった。


(なんだ?)


 先程までの様相とわずかに違いが感じられた。予想に反して繰り出される攻撃。予測と現実に齟齬そごが生じ、戸惑いを隠せない。防戦一方で後手に回る。


「くっ……」


 感じたのは、太刀筋の変化。直線から曲線的に、より洗練されて隙が無い。

 双剣による神楽。舞い踊るような流麗の所作には緩急が付き、攻撃の予備動作を隠す。

 回避を織り込んだ攻防一体の攻撃に、シャルは徐々に覆い詰められていった。


 逆転の目はないか。集中力を研ぎ澄ませて木刀を振るう。ジリジリと焦燥しょうそうが胸をがす中、守勢に回りつつ次の緩急の内『緩』の動作に合わせて強襲を掛ける算段を付ける。


(ここだ―――!)


 右の正面斬りをかわした。攻めの圧力が緩む。クワっと目を見開き、脇構えから横薙ぎの一閃。

 外した。反撃に転じようとした所、上太刀で木刀を抑えられ機先を制された。


「勝負あり、ですね♪」

「…………」


 太刀を封じられ、木剣の先に睨まれ死に体を演じるシャル。頬を上気させ優艶ゆうえんな微笑のメルティナに対し、悔しさのあまり渋面を浮かべた。


「………もう一回だ」

「はい♪」


 まだやれる筈だ。シャルは負けを認めたくなくて、再戦の申し入れ。それを嬉々として受け入れるメルティナ。

 結局、合計で三回試合をして、三回ともシャルの敗北で終わった。


「…………」


 肩で息をして、言葉を話すのも億劫おっくうだ。ここまで一方的に抑え込まれるのは、師匠との稽古以来。彼女の実力の高さを思い知った。


「すごいですね、シャル。回復役ヒーラーとは思えない太刀捌さばきです♪」


 労うようにやさしい声を掛けるメルティナ。

 そう、回復役としては。完全に上から目線の評価なのだが、それを覆すだけの実力を今のシャルは持ってはいない。


「あの………」


 二人の元へ歩み寄るのは、緋袴ひばかま姿で総髪にした栗色の髪と額から双角が真っ直ぐ突き出す鬼人族オーガスの少女、レティシア。

 料理番を終えてから真っ直ぐこちらに来たらしい。


「次は、私とやっては頂けないでしょうか?」


 メルティナを真っ直ぐ見詰める彼女の手には、木刀が握られていた。


「ええ。いいですよ♪」


 柔らかい笑みを浮かべて構え直すメルティナ。シャルは自分が邪魔だと分かっているので無言で壁際に移動した。

 それから二人の稽古が始まる。直前に見取り稽古をしていたらしく、メルティナの流麗な剣舞にもある程度ついて行けていた。


 同じ回復役としては是非とも奮闘を見せて欲しい所。

 しかし、まるで疲労を感じさせないメルティナが徐々に押し始め、レティシアは防戦一方になった。淀みない剣舞が濁流の如く押し寄せ、巫女の少女を追い詰めていく。


 太刀捌きの緩急に吊り出され、不用意な斬撃を繰り出すと苛烈な反撃を喰らう。

程なくして、


「あっ」


 八相に構え直した際、すでに右手の剣が少女の眼前に留まっていた。


「どうしますか? まだ続けますか?」


 連戦とあってさすがにメルティナも頬を火照らせ、息が弾む。


「………っ お願いします!」


 悔しさに歯噛みした少女はすぐに再戦を申し込んだ。

 シャルは壁際にしゃがみ込み、二人が繰り出す剣撃のやり取りを見取り稽古。

 メルティナの太刀捌きを目で追い、攻撃の流れも含めてつぶさに観察した。

 

 淀みのない、卓越した優美な剣舞。

 ヒラヒラと身体を翻し剣を躍らせ、翻弄する相手の太刀筋と拍子を合わせ舞い踊る。

 攻撃の応酬とは思えない優麗な躍動に、いつしか分析も忘れ、ただ見惚れていた。


 まぶたの裏に焼き付いて離れない程に――――

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