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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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夜のモフモフタイム

 堪らずといった様子で、柳眉を吊り上げたメルティナは声を荒げた。


「お二人はどうして、そんなに私のことを邪険にするんですかっ⁉」

「だってさぁ……」


 自分が『血霧(ブラッドヘイズ)』だから。それ以上の理由はない。


「大体、なんであんなに容易く人を殺せるんですかっ⁉」

「まあ、その方が手っ取り早いし。都合がいいから、かなぁ……?」


 強いてあげるなら、殺したいから殺す。それが理由。


「そうやって。たくさんの人を殺してるから、こぞって復讐ふくしゅうしに来るんじゃないですか?

 なら、殺さなければ――」


 それを聞いた瞬間、反射的にシャルは彼女の喉元を掴んでベッドに引き倒した。


「そんな綺麗事が通用する、甘っちょろい世界じゃねえんだよ……っ」


 一体、何が分かるというのか。視線は怒りで満ち溢れ、爛々(らんらん)と光る。はらわたえくり返っていた。

 そう。気付いた時には既にシャルは陥穽かんせいめられており、いくら言葉を尽くしても無意味だった。


 殺し合いは不可避、だから殺した。

 冒険者は私闘を禁じられていない。だからこそ手柄の横取りが横行するし、私刑による血盟(クラン)やパーティー潰しが頻発する。単独で居る状況ならば語るに落ちた。


 それを見かねた協会は『大規模な綱紀粛正』を断行して風通しを良くした。

 しかし、怨恨の類はなくならない。それは制度ではなく、人の感情の問題だったから。


「大手クランで安穏と過ごして来たクソ女が………っ」


 メルティナの加盟していた『高貴なる薔薇のノーブル・ローズガーデン』の盟主、『地砕の君』ディレルソニア。

 彼女は『綱紀粛正』の際に協会の依頼いらいで素行不良の冒険者を数百人屠ほふって来た。

 そんな彼女の実績があればこそ、彼女のクランには誰も手を出せなかった。


 怒りで首を締め上げる手に力を籠めた。けれど吐き捨てた言葉に、メルティナが鼻白む。彼女が伸ばした手はシャルの獣耳を掴み、千切れそうなくらい横に引っ張った。

 抑えるために腰を浮かせた瞬間、マウントを取られ胸元からベッドに押し付けられる。

 それでも耳を引っ張る手を手首から捻り上げ、強引に引き剥がす。解放された耳が痛んだ。


「何も知らないで―――」

「そりゃお互い様だバーーカ!」


 そう、シャルとメルティナはまだお互いの事をよく知らない。

 シャルがどんな経緯いきさつ殺戮さつりくの限りを尽くして来たのかをメルティナは知らない。

 反対に、彼女がわざわざ血盟(クラン)を脱退した理由を少年は知らない。


「まあ、取り敢えず。毒婦と呼ばれる経緯けいいは、さっき聞かせてもらったけどね」

「なっ―――」


 盗聴の事実に動揺し、わずかにひるむ。その隙を見逃さず、体を切り返してベッドから突き落とした。身を起こすと彼女も即座に立ち上がって距離を取り、反撃の機会を与えない。

 睨み合うお互いの弾む息だけが、ほの暗い寝室の静寂に響いた。

 やがてメルティナが緊張を解き深呼吸。それから口を開く。


「―――、決めました。しばらくはこの神殿に留まります。貴方の恋人として」

「はあ?」


 狐につままれた顔を浮かべるシャル。これだけ喧嘩をしておいて。意味が分からない。


「この時間帯に貴方の部屋に居るのですから、そういう目で見られるのは当然ですよね?」


 それを利用させてもらいます。背筋を伸ばして胸を張り堂々と宣言。

 痛い所を突かれたシャルは顔を顰め言葉に詰まった。


「………何が目的だよ?」


 恋人を偽ってまで、この神殿に留まる意味が分からない。


「別に。私にも意地があります。それと手始めに、その尻尾をモフモフさせてもらいます!」

「やっぱり言われてたんじゃないかバカ――――――!」


 総毛立った尻尾を逆立てて立ち上がる。本当に、あの双子はロクなことをしない。


(なにか、何かないか……)


 頭をフル回転させ、この状況を打破できる何かを探す。呻吟中、白銀の尻尾がベッドをぺしぺしと叩いた。


「イヤとは言わせません」

「――――っ!」


 紺碧こんぺき双眸そうぼうにらみ付け、ベッドに腰を下ろすメルティナ。シャルは顔が引きり絶句した。

 性感帯である尻尾を触らせるとしたら、それは余程親しい相手だけ。

 確かに、偽装とはいえ恋人同士なのだから、触らせるのも不自然ではない。

 だが、しかし。


「だ…………っ」

「やはりダメですか。では、この状況を周囲にどう言い訳するんですか?」


 立ち上がった彼女はシャルの前に立ちはだかり、長身で上から見下ろす。


(どうする――――――っ⁉)


 ――――いや。本当は分かっている。自身に選択肢がないことを。

 このまま暴露されたくなければ、尻尾を触らせるしかない。

 今こそ、決断の時。シャルは目を見開き、固唾を呑み込む。


「ほらよ」


 乱暴にベッドへ腰を落とすと、彼女に背を向けて尻尾を差し出す。


「さあ、好きなだけモフれよっ ほら、早くっ いや、待って。どうか心行くまで、モフモフを堪能してくださいっ!」


 イヤイヤ差し出したとあっては心証が悪いままで不興を買ってしまう。

 頭を覆ってうずくまり、突き出した元気よくブンブンと尻尾を振って懇願し相手を誘う。


「はい。では、失礼します」


 真顔のメルティナがゆっくりと手を伸ばす。

 そして、白銀の毛並みにほっそりとした指を差し入れた。ピクリと尻尾が微かに震える。


(ん―――)


 毛並みに指を通し白銀の和毛にこでる。ふわふわな感触とかすかな弾力にメルティナは顔を綻ばせた。両手を差し入れると、そのまま根元まで触った。


「あっ―――」


 指と尻尾が触れ合い、戸惑いにビクッと身体が震え、背筋が跳ね上がった。


「やはり感じるんですか?」


 背中越しに少年の顔を覗き込もうとするメルティナ。


「…………っ」


 込み上げ得る快感と羞恥しゅうちに顔を赤くしながら、頭を振り身体を震わせて堪える。

 恐る恐る片手の指先で触っていた彼女だが、やがて両手を白銀の尻尾にうずめた。毛並みに沿って撫で上げ、和毛の心地よい弾力に目を細め、愛おしげに見詰めながら尻尾全体をで回す。

無言の口元が綻んで優艶ゆうえんな笑みを零し、頬を上気させた。


「あっ ~~~、……っ んんっ」


 愛撫あいぶされる事で感じる快楽。愉悦ゆえつが背筋を駆け上がり、脳がとろけそうになる。必死に歯を食い縛って声を漏らさず、懸命に理性を保とうと耐え忍んだ。

自分でモフモフを堪能するのとは、全然違う。


(なにか、何かに、目覚めそうだ………っ)


 それが怖い。汗ばむ身体とは裏腹に、ひたひたと凍えるような恐怖が沸き上がり皮膚を粟立たせる。

 だが、高まっていく体温と性感が恐怖を上書きして快楽が全身を包み込む。触れ合う指の微熱。優しい愛撫の甘やかな刺激。性衝動が頭をもたげて来るのを、必死に抑えた。


 シャルは首を振り、時に身をよじり快感に悶えた。爪が食い込むほど両手を握り締め、きつく歯噛みする事で必死に耐えた。

 早く終われ。祈るような気持ちで拷問のような時間を過ごす。



 指や掌で毛並みを愛玩し、堪能するメルティナ。

 綿毛のような繊細さと、程よい弾力が心地よくいつまでも触ってられる。


(かわいい……)


 猫の毛並みでもここまでの触り心地は出せない。あの双子が夢中になるのも理解できた。

 指でくしけずっているうちに、ささくれたメルティナの心がなごんでいくのを感じた。


(それにしても……)


 二人とも、随分ずいぶんと心無い言葉を掛けてくれたものだ。思い出して憤慨ふんがいし、奥歯を噛み締める。

 特にプレッツィオ。あれだけ毛嫌いするなら、いっそ頼らなければいいのに。


 確かに医療は大事だ。メルティナ自身、幼少期にそれを嫌という程痛感していた。

 しかし、だからと云って、サイコパスだからという理由であそこまで悪しざまに言うのはどうかとメルティナは思った。それに、甘い汁を吸っているかのような立ち回りが気に入らない。


 では、シャルディムはどうか?


『君のために言ってるんだ』

(あんなのって、ないですよ)


 卑怯ひきょうな言い回しはメルティナの不興を買っていた。だから、意固地になった。

 フワフワの柔らかい和毛にこげをくしゃりと握り締める。引っ張るようなことはせず、少ししてから手放して再びくしけずって毛並みを整えた。


(でも――――)


 考えてしまう。自分はやはり、ここに居るべきではない。そんな感傷染みた結論を。


(私は、足手まといでしかなかった……)


 今日の襲撃を思い返す。メルティナを巻き込むまいとして戦場を屋敷から市街に移し、危機に陥れば負傷を押して駆け付けてくれた。お陰で、メルティナは守られ無傷で済んだ。


『さて。貴様を犯して啼かせたら、ヤツはどんな反応を示すのか。楽しみだな』

(――――――っ!)


 その台詞を思い出すだけで身の毛がよだち、込み上げた不安に耐え切れずシャルの尻尾を抱き締めた。自分の吐く息を、冷たく感じた。


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