他人には言えない秘密
見られた。よりにもよって一番見られたくない所を。
「な、なななななっ 何しに来たんだよっ⁉」
顔を羞恥で真っ赤に染めながら声を荒げる。頭が混乱し過ぎて上手く呂律が回らない。
「ちょっと、お話がしたくて―――」
「ふざけんなよっ 帰れ、帰れよっ!」
整えた銀色の和毛を逆立て、及び腰で手を振って回れ右を促すシャル。
「そうですか。では、お休みなさい」
言われた通り踵を返し、部屋を後にしようとするメルティナ。その背中を見た瞬間、嫌な予感が頭を過ぎる。
彼女をこのまま帰して翌朝、今の事をバラされたら―――。
『うわ、キモ……』
『最悪ね……」
『あく~♪」
『きも~♪」
『夜な夜なそんな事をしてたなんて。ショックです……』
口々に罵られる未来が見えた。
(ひいいいっ 最悪過ぎる……っ)
最悪な結末に背筋が凍った。メルティナをこのまま帰してはいけない。恐怖心がシャルを衝き動かす。
「やっ ゴメン、ちょっと待ってっ」
「いえ、お気になさらず――」
「待てっつってんだろうがっ!」
廊下に出た所を引き留め、振り返った所をそのまま押し倒す。メルティナが床に背中をぶつけて小さな悲鳴を上げる。痛みに苦悶の表情を浮かべる彼女に構わず、憤怒の形相を彼女に突き付けた。
「今見たことは誰にも言うな、絶対にだ。もし、誰かに言ったら。絶対に殺―――」
そこでシャルは視線に気づいた。廊下の向こうで数人の男たちが一部始終を見ていた。
「なに、やってんですか……?」
守護職の一人が恐る恐る尋ねる。顔を青ざめさせてシャルはそれを見ていた。焦燥が胸を焦がし、冷や汗で身体が凍える。
「いや、待って。これは、その―――」
「ヒドいっすよ、副隊長! 男は近付くなと言いながら、自分は何やってんすかっ⁉」
声を荒げる部下。魂の叫びに、数人の男たちが同意し首を縦に振る。そして疑惑の眼差し。
(この状況、ひょっとして詰んだ………?)
全てを遠くに感じながら、虚空を見詰めてそんな事を考えた。
「いい加減にしろ、お前ら」
「プレッツィオ……」
医者で聡明な彼なら、上手い言い訳で助けてくれるかもしれない。シャルは一縷の望みを託して熱い視線を送った。
「窮地を乗り越えた男女。夜の逢引き。後は解るな?」
状況を察しろ。冷たく言い放つ。
「いや、違うっ 誤解、誤解だ―――――!」
「何が誤解だ。この状況で言い訳は見苦しいぞ?」
シャルが反論すると、ゆっくりと近付いて来る。
「そういう事にしておかないと、逆に詰むぞ?」
「―――っ⁉」
しゃがんで顔を寄せ、密やかに囁く。何かを察しているような、含みのある物言い。
この男は一体、何を知っているのか。シャルは底知れない恐怖に総身が震え上がった。
「この状況、女子供には見せられんだろ? 後は部屋に籠ってごゆっくり」
言うだけ言うと、踵を返すプレッツィオ。
「ほら、解散解散~」
ひらひらと手を振り、男たちに解散を促す。
数人が肩を震わせ、すすり泣く声を押し殺す一方、慰めるように肩を叩く気遣いの紳士たち。彼らが各自の部屋に戻っていった。訪れる静寂。
「取り敢えず、部屋に行こうか………」
「はい………」
がっくりと項垂れたシャルが憮然と呟くと、淑やかに従うメルティナ。
腰掛けた二人はベッドで隣り合う。
「はああああああああああ………っ」
溜め息を吐き、耳を垂れ下げ頭を抱えるシャル。本当にどうしてこうなった。頭の中を埋め尽くす疑問符の多さに思わず呻いた。白銀の尻尾が力なく横たわる。
「―――その、何というか。すいませんでした……」
シャルに向き直り、すまなそうに頭を下げるメルティナ。
「見たよな?」
「…………」
投げ掛けた疑問に対し、メルティナはバツが悪そうに顔を逸らす。
「見たよな? 僕が毛繕いして一人悦に浸ってるの、見たよな? 誰にも見せたくないから、形代で偵察までさせていたのに……」
「ごめんなさい」
「謝って済むかバカーーーーーー!」
堪らず両手を振り上げ激昂するシャル。
「まあまあ、落ち着いてください。秘密にしておきたいのであれば、声が大きいのでは?」
「―――はっ」
困り顔でやんわりとなだめるメルティナ。その発想はなかった。シャルは仰け反りながら咄嗟に口を両手で塞いだ。これ以上、秘密を知る人間を作る訳にはいかない。
(問題は、プレッツィオだ……)
俯けた深刻な顔に手を当て、竜人の青年について考える。
さすがに医者だけあって、彼はシャル以上に頭が切れる。舌戦や誘導尋問で真実を聴き出すのは困難――――いや。不可能と言ってもいいかもしれない。
(口を割らせるのは無理。なら、どうする? 待てよ。そもそも―――)
彼はシャルが『血霧』だと知る数少ない人物。それを暴露された事は今までない。
なら、下手にこちらから探らなければ何も問題はない。問題は、寧ろ―――
「? どうかしましたか?」
不思議そうに紺碧の瞳でこちらを覗き込んで来るメルティナ。
夜も深まる八時過ぎ。こんな時間に逢引きするのは、男女の仲だけ。
「ねえ。常識って知ってる?」
「………知ってますけど?」
シャルの質問にムッとしたメルティナ。言葉が少し剣呑になる。
「じゃあなんで、こんな時間に来るんだよ?」
「貴方と話がしたくて……」
「明日でいいじゃないか」
なんで、わざわざ。意味が分からない。
「――その。プレッツィオが、余りにも貴方のことを悪しざまに言うものですから……」
それを否定したくて。太腿の上で組んだ指に視線を落とす。
「う~ん。事実だからなぁ……」
別に彼が悪いとはシャルは考えない。『血霧』としての自分を知っていれば、評価は自然とああなるのは理解できた。恩人の愛弟子だから、というヴァイスの方が異常なのだ。
けれどその淡々とした様子に、メルティナは動揺を隠せない。
(そういえば、アイツ。メルティナに出てって欲しいんだっけ……)
下手に敵対しないよう、ここは賢く振る舞うべきか。シャルはそう結論付ける。
「頭がおかしいとか言うんですよ? 潤沢な資金を提供してくれている貴方に」
「資金提供能力と、頭のヤバさに関係は無いからね」
かつて面と向かって言われたこともあるので、今更シャルは気にしていない。
医学的見地からみると、どうやらシャルは先天的に異常で異質らしい。それは以前、仲間として活動しているときに聞いた。
「どうして、そんな平然としていられるんですか?」
彼女にとって、異常性の糾弾(きゅうだんn)については反駁しなければならないものらしい。
「そんな事より。神楽の舞い手の就職先が欲しいなら、鎮守府の知り合いに紹介状を書いてあげようか?」
「え―――?」
シャルの提案に目を瞠り絶句。紺碧の瞳が見開かれる。自身の異常性など、本当に心の底からどうでもよかった。
「師匠の愛孫。まあ女性なんだけど、毒婦として容姿とかで他人の不興を買ったり、男たちが劣情を催して苦労してる旨を文にしたためれば、多分面倒見てくれるんじゃないかな?」
そのくらいの度量はある筈だ。久しく会ってない彼女に思いを馳せる。
「どうして――」
「そりゃあ、今日みたいなことは年に数回は起こるからさ。このままだと、命がいくつあっても足りないよ?」
公式に死んで居るのに復讐者が後を絶たないのは、それだけ恨みを買っている証拠。
しかし敵も神殿を敵に回したくないのか、神殿関係者と一緒に居る時には襲って来ない。
それだけが幸いだった。
「でも――」
「君のために言ってるんだ」
少し卑怯な言い回しをしてみる。すると彼女が項垂れて沈黙した。
「――――――、―て」
微かに聞こえた言葉に眉を顰め、不思議に思いながら彼女の顔を覗き込む。
勢いよく上げられた顔には、怒気が孕んでいた。
「いい加減にしてください!」
怒鳴った勢いでベッドから立ち上がる。その様子にシャルは灰眼を白黒させるばかり。




