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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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密やかな趣味

 シャルが掛けてくれた、優しい言葉。それが全て、計算されたものだとはどうしても思えない。

 それに―――


「他の神殿に行くなんて事、今は考えられません」

「何で――」

「毒婦と。そう呼ばれているからですよ」


 貴族の子女が集まって立ち上げた血盟(クラン)『高貴なる薔薇のノーブルローズガーデン』。

 実家を出奔したメルティナは当初、そこに在籍していた。

 しかし、掲げた理念に共感できなくなると脱退。以降は単独ソロ活動に転向、組合(ギルド)が主導する依頼の参加や野良パーティーを組んで生計を立てていた。


 その際、痴情の縺れや男女間のトラブルに何度か巻き込まれ、自身がその主原因となった経緯から『毒婦』という不名誉極まる綽名が付けられた。

 冒険者業界では悪評は瞬く間に広まり、噂が噂を呼んで尾ひれがいくつも連なり、誰も仲間に入れてくれなくなった。


 痴情の縺れに巻き込まれぬよう、仮面を被ったりもしたが余り効果はなく、面倒事を避け続けた結果が今日の劇場出演。

 それが駄目だったとなると、本格的に居場所がない。


 神殿でも以前、例祭時の募集でメルティナと同じように雇われた男共から言い寄られた事もあるので、いい思い出がない。

 唯一、自分に劣情を抱かないシャルディムやプレッツィオの元が一番安心できた。


「………なら、好きにしろ。忠告はしたからな」


 事情を聴いたプレッツィオはそれ以上何も言わなかった。


「あの、もう一つだけ聞きたいんですが……」


 何をだ。少しうんざりした様子で聞き返す。それに対し、メルティナは固唾を吞んで意を決すると口を開く。


「どうして。パーティーを抜けようと、思ったんですか?」


 先程からそこが気になっていた。


「単純な話だ。ついて行けなくなったんだよ……」


 視線を逸らし、頭を掻きながら呟く。

 かつてプレッツィオはシャルディムと、それ以上に最悪のクズ侍。人嫌いの召喚師の四人でパーティーを組んでいた。


 過酷な戦闘に難所巡り。戦いに明け暮れ休息はなく、旅程は常に強行軍で死と隣り合わせ。

 月一で強靭な生命力を持つドラゴン系の魔物と戦う上に、その合間には『血霧(ブラッドヘイズ)』に逆恨みする奴らを相手にしなければならなかった。


 そんな生活は生きた心地がせず、嫌気が差した。

 眉間に深く皺を刻み、顔を顰める。 


「奴ら三人は普通に楽しんでいたが、俺には無理だった……」


 だから、辞めた。うんざりするほどの過酷さに音を上げ、シャルたち三人との関係を完全に断ち切りたくてパーティーを抜けた。


「よし、話しは終わりだ。今日はもう、何を聞かれても答えんからな」


 さっさと立ち去れ。追い払われるようにして治療院を後にした。

 寮に戻って来ると、先程の客室を自由に使っていいと言われたメルティナは私物を広げる。

 ただ私物と言っても、旅に次ぐ旅を繰り返す冒険者の荷物は少ない。


 通常、宿で部屋を借りても町を出る際に宿屋には引き払いを要求される。

 万が一死んだ場合、すぐに客を取って部屋の回転率を上げて利益を稼ぐために。

 頻繁に移動するからこそ荷物は最小限になるし、破格の大容量を誇る魔法具(マジックアイテム倉庫鞄(ストレージ)は重宝された。

 

 これで良し。備え付けてある箪笥に細々とした物を収納し、部屋も整頓。誰が来ても問題はない。訪問者と言えば、銀髪の少年が頭を過ぎった。


(シャル―――)


 心の中でその名を呟く。先程の演奏は本当に素敵だった。

感動で熱に浮かされたように高揚し、ふわふわとした心地。頬や指先が少し熱っぽい。

 音には気持ちや感情、心根が如実に反映される。そう考えると、彼は純真な心の持ち主なのではないかとメルティナは考える。


(でも、あれだけの殺戮を犯しながら――――?)


 何の罪悪感も抱かずに。そこだけが疑問。

 だが、あの屈託のない笑顔に嘘はない。そうであればこそ、心が荒んでいないことが不思議でならない。

 それに、先程聞かされたプレッツィオの話を思うと、気分が憂鬱に沈んだ。


(どうして、あんな―――)


 心無いことを言うのか。かつて命を預け合った仲間で、傷付きながらもメルティナを助けてくれた少年の事を。


「よく、分かりませんね……」


 シャルディムの事を考えながら寝間着に着替える中、ポツリと呟いた。

 そうだ、自分は彼が分からない。まだ何も知らない。

 であれば。もっと知る必要がある。


「…………よし」


 秋の夜は冷える。寝間着にカーディガンを羽織り、部屋を後にする。

 向かうはシャルディムの私室。彼とはもっと話をしなくてはいけない。そう決意し確かな足取りで歩みを進める。


  〇                               〇


 男子棟一階の角部屋。ほの明るい照明の下。寝巻用の黒い甚平じんべいに着替えたシャルは日記を書き終えペンを置く。


「これで、よし。と――」


 今日の日課終了。安堵に溜め息を漏らす。

 毎日の日記。それは師匠に師事した当初から厳命され、今日までほぼ毎夜、書き記していた。


『一日の出来事を書き出して俯瞰ふかんし、それに対し自身が何を思ったかを詳細に記し、改めて反省する事は戦闘にも役立つくらい有意義な物だ』


 師の言葉は困難な時にこそ、シャルディムを助けてくれる。この人の弟子になってよかった。心からそう思えた。


「さて、と」


 シャルは浮き立つ心を抑えながら大きめのくし香油こうゆを取り出し、一旦深呼吸。それから、部屋の外に配した紙縒こより状の形代かたしろに魔力と意識を向けた。

これからやる事は、自身を無防備にさせてしまう。だからこそ、事前に懸念や危機を配しておく必要があった。


(メルティナは何しに来たんだ………?)


 意味が分からない。逢引あいびきの約束はしていないし、できればさっさと帰って欲しい。

 歩いていると、メルティナはプレッツィオと出くわした。


「どうした? こんな時間に」

「えっと……」


 プレッツィオがただすと、メルティナはすまなそうに視線を逸らして口ごもる。


「忠告は、した筈だが?」


 とがめるような目つき。いいぞ、もっとやれ。内心シャルはプレッツィオを応援した。

 これから過ごす時間は、できれば誰にも邪魔されたくない。


(まあ。先程の会話の流れから、会いに来ることはないでしょ♪)


 プレッツィオとメルティナが治療院で交わしていた会話の一部始終は、紙縒こより状にして仕込んでおいた形代で盗聴していた。

 医者があそこまで言うのだ。シャルの元に足を運ぶとは考えにくい。

 本日も以上なし。形代から意識を戻した。


「フンフ~ン♪」


 嬉々としてくしを握り締め、ドアに背を向けてベッドに胡坐あぐらいた太腿に銀の尻尾を乗せると、丁寧にくしけずっていく。

 尻尾に積もった塵埃じんあいは風呂で丁寧に洗い流した。水気も大体拭き取った。今は少し生乾きな尻尾を毛繕い。毛が長い分、手間と時間が掛かるがそれだけに愛情が籠る。


 そして、何と言っても。くしき入れてさっぱりとした感触が心地よい。爽快そうかい感に背筋が震える。

 根元からしっかりくしけずり、毛並みが整ったら次は香油を馴染なじませていく。


 かぐわしい花々を複雑に組み合わせた上質な香りが鼻に心地よい。香油が馴染むごとに尻尾の和毛にこつやめき、次第にうるわしい光沢を放っていく。

 この瞬間が何よりも至福。他の雑事が、全てがどうでもよくなる。

 いつまでも耽っていたいと、心からそう思えた。


(まあ、無理だけど……)


 俗世にはやるべき事が沢山あって、シャルの力を必要としている。この神殿も未だシャルが支えてやらなければいけない。独り立ちはまだまだ先。

 だから、逆に考える。全てはこの至福の時間のため。そう思えばこそ、明日も頑張れる。


 至福の瞬間を、何の懸念もなく過ごすため。毛繕いはそのための英気を養う時間。

 そう思えば一層頑張れる気がした。

 香油を十分になじませれば、最後の仕上げ。一梳き一梳き丁寧に、愛情を注ぐように。


 最後の一梳きを入れ終える。この、一抹の寂寥せきりょう感もまた趣深い。明日もしっかり毛繕いしようと思えた。


「フフフ♪ この感触、何物にも代えがたいね♪」


 自身の尻尾に頬擦ほおずりし顔を埋める。


「アリガトウ、シャル。ダイスキ♪」

「フフッ 僕もだよ♪」


 口端を綻ばせて一人悦に浸り、腹話術で一人芝居。

 そう、この瞬間は誰にも見せられない。だからわざわざ、形代で周囲を警戒する。結界を施したら逆に怪しまれるから、そこまではしない。

 全ては、この瞬間を堪能するために。


「さあ、綺麗になった事だし。もう寝ようか♪」

「ウン。シャル、ダイスキ♪」


 愛おしい尻尾に視線を落とし、再びくしで整える。


「楽しそうですね?」


 後ろの方から響く女性の声。


「そりゃあね。この瞬間のため―――」


 ちょっと待て。

 まさかと思いながら振り向くと、優艶ゆうえんな微笑をたたえたメルティナが寝間着にカーディガンを羽織って佇んでいた。


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