医者の見立て
メルティナが沈黙していると、シャルがおもむろに口を開く。
「――まあ。僕としては少なくとも、来月の例祭までは居て欲しいんだけどね」
一向に客足が伸びないので。人目を惹く演者が欲しいとの事。
「別に居たらいいじゃない、このままずっと。ねえ?」
リタラが子供たちを見回すと、うんうんと頷く。
「そんで、尻尾をモフモフさせてもらうといいよ♪」
「手触りが気持ちいいのです♪」
「お前らは黙ってろ」
双子の提案に冷然と一蹴するシャル。
「じゃあ、どうする? 僕も別にいいと思うけど」
「それじゃあ、お言葉に甘えますね♪」
良いですよね? 頭を軽く振り優艶な微笑を返せば、後ろの座席からこちらを窺う男たちがうおおおおおおお、と快哉を叫ぶ。
「ごめんねえ。ムサい男たちがうるさくて」
苦笑に目を細めるリタラ。呆れ半分、微笑ましさ半分といった表情を浮かべていた。
「いえ。こんなに賑やかなのは久しぶりなので、本当に楽しいです♪」
「ホント? よかった♪」
頭を傾け琥珀髪を揺らして相好を崩すと、リタラも破顔した。そうして二人で笑い合う。
本当に賑やかで温かな食卓。いつまでも居たいと、自然にそう思えた。
やがて食事が終わると、
「ねえ、シャル。またきかせて~」
「きかせて~♪」
「び~わ、び~わ♪」
「しょうがないなぁ……」
食事を終えた子供たちがせがむと、嬉々として尻尾を揺らすシャル。満更でもないような顔で鞄から琵琶を取り出した。
それを見た男たちが口々に囃し立て、やがて拍手が巻き起こる。
「いいな。我も、久しぶりに聴いてみたくなった♪」
食堂に響く喝采を、奏者が挙手をもって制止。コホン。と、咳払いを一つ。
「いや、別に歌は歌ってないだろ?」
白衣の男がツッコミを入れると、皆でどっと大笑い。これにはメルティナも噴き出した。
ジャララン、と琵琶の弦音を撥が打ち鳴らす。玄妙な音色が賑わう空間を通る、それだけで大笑は止み、演奏が始まるのを静粛に待った。
そして曲は流れ出す。重厚な弦音とは裏腹に、軽快な旋律が紡がれる。歯切れのいい音の粒が弦上で踊り、嚠喨な音色が室内に響き渡る。
撥が弦を叩き鏗然とした音色を弾き出す。やはり演奏技術が卓越していた。
それでいて衒いがなく聞き心地が良い。湧き上がる情動に顔が恍惚を浮かべた。
賑やかで楽しげな曲調。伏し目がちのすまし顔とは裏腹に、踊る旋律は楽しげだ。
軽快な律動に合わせるように手拍子が起こり、奏者と観客に一体感が生まれる。
誰もが彼の旋律に笑顔を咲かせ、玄妙な音色に酔いしれる。
皆に嬉々として囃され、琵琶の楽奏は軽妙に疾走し、滑脱な旋律で演奏を彩り駆け抜けた。
終曲に湧き上がる食堂。誰もが笑顔でシャルディムの即興演奏に喝采を送った。
「もっかいもっかい~~♪」
「なんかべつのひいて~♪」
拍手を送る子供たちがリクエスト。
「それじゃあ、次は―――」
火の神楽、その囃子。揺らめく炎を思わせる、妖艶な旋律が流れ出す。
洒脱な演奏と共に、夜は深まっていく――――。
食事と演奏会も終わり、女神が食堂を後にする。
「それでは皆の者。よい夢を見るのだぞ♪」
最後に唇に指先を宛がい、片目をつぶって悪戯っぽく微笑む。
それを見届けた後、各々自室に戻っていく中。
メルティナがエブリシュカと談笑しながら廊下を歩いていると、寮を後にしようとする白衣の青年、プレッツィオが目に留まった。
「どうかした?」
「ええ。ちょっと、気になって……」
その様子に怪訝な眼差しを向ける彼女も、プレッツィオの姿を確認したようだ。
「珍しいわね。こんな時間に出歩くなんて」
「そうなんですか?」
「ええ。普通は寝室に直帰だから」
堅物なのよ。つまらなそうに呟く。
「………よし。追いかけるわよ」
「えっ?」
背中の術式から二頭の赤竜を出す。そうすることでエブリシュカは浮遊し、足音を立てずにプレッツィオの後を追った。
放っとけないメルティナも仕方なくついていく。
やがてプレッツィオは神殿内へと入っていき、最終的に辿り着いたのは自身の領分である治療院。一人明かりを点け診察室内だけ仄かに照らす。
「来たか」
「で? 話って言うのは、シャルディムの事か?」
「左様。そなたを医者と見込んで色々聞きたくてな」
(ナハティガルナ様―――――?)
声の主は先程帰った筈の女神。驚いた様子で見合う二人。
このまま息を潜めて二人の話に耳を傾ける。
「それで。容体の方はどうなのだ?」
「見ての通りだな。日常生活に支障や問題ない、ついでに戦闘も」
「そうか」
「ただ。トラウマについてはなんとも言えん」
「それは、何故だ?」
「そもそも、俺にそれほど心を開いてないからな。信頼関係がない以上、どうすることもできん」
治療以前の問題だ。プレッツィオはそう判断を下す。
「そうか……」
寂しげなナハティガルナの声。
(トラウマ?)
心的外傷。あれだけ強いシャルディムに、まさか心の傷があったなんて。
メルティナは意外に思えた。
「………わかった。礼を言う、ありがとう」
それだけ言うと、彼女が立ち上がる気配がした。このままでは鉢合わせになって気まずい。
(エブリシュ―――)
密かに小声で呼び掛けるも、既に退却済み。赤竜の魔女はそこには居なかった。
自分だけ逃げるという、余りの薄情さに絶句。だが、彼女の発言からすれば当然かもしれない。特段、彼やシャルの弱みは分からなかったのだから。
「我は用事を済ませた。話したいことがあるなら、空いておるぞ?」
思いっきり鉢合わせた。
「あ、はい……」
消え入るような声音。メルティナは今すぐにでもこの場から消えたくなった。
「んで? お前もシャルディムの事が聞きたいのか?」
ナハティガルナが去り、プレッツィオと二人きりになった。
「ええ。まあ……」
何とも歯切れの悪い台詞。自分の言葉にそう思った。
「最初に言っておく。アイツとは関わるな」
「は?」
意味が分からない。何故、そんな事を言われなければならないのか。
「経験者として教えてやる。『血霧』と関わると、方々から恨みを買って命を狙われるんだよ」
「経験者?」
まるで、以前から知り合っていたかのような言い方が気になった。
「そうだ。俺とアイツは以前、冒険者としてパーティーを組んでいたんだよ」
意外な事実にメルティナは目を瞠る。
「最終的について行けないと思ったから、途中でパーティーから抜けたがな」
脱退後。シャルディムに肉親を殺された恨みから、本人に関わった人間を殺して回る冒険者の一団に命を狙われ、命を落としかけたという。
「だから、早々に立ち去れ、と?」
「そうだ。それに、奴はサイコパスだ。分かり合えるなんて思う方がどうかしている」
それから、サイコパスについての講釈が始まった。
サイコパスとは医学用語で、反社会的な精神病質者の事を指す。
「極端な話をすると、生まれ付き頭のおかしい奴だ。良心に欠け共感性に欠けている精神性を指す。他にも、口は達者で自信に溢れているが、自己中心的で自分の非を認められない。とか」
「だから、分かり合えないというんですか?」
それは余りにも短絡的過ぎる。メルティナの台詞は非難めいた口調になった。
「そう。価値観が根本的にズレてるからな。それと、人の感情を理解できても、共感ができないから言葉を額面通りにしか受け取らん。極め付けに、目的達成のためなら手段を選ばん。アイツは殺人を手段として割り切るから、理解に苦しむぞ?」
これでもかという程、相互理解が不可能だと言い含めようとする。
「なら。どうして貴方は、ここで医者をしているのですか?」
率直な疑問だった。
シャルディムを理解不能と言いながらも、彼の工面した資金で開業している。
経営難で一度は治療院を畳んだことも既に聞いていた。
それでも、忌避する相手の協力を得てまでここに留まる理由が割らない。
「俺が冒険者だったというのは、もう殆ど知られていない。それに、神殿の庇護下に居るから手を出しにくい。まあ、あとは。シャルディムは冒険者としては有能だからな。スポンサーとして優秀というのもある」
資金調達に苦慮しなくていいから、医者の仕事に専念できた。それが理由らしい。
「舞巫女としての仕事なら、ここ以外にもいくらでもある筈だ」
「でも。それでは恩返しにはなりません」
命を助けてもらったのに、何も返さずに去る事は良心の呵責が良しとしない。
「安心しろ。どうせ打算だ。わざわざ恩に感じることじゃない」
忌々しげに吐き捨てる。彼によると、シャルは常に損得勘定で物事を考えるとの事。
だが、
(違う)
メルティナは頭を振ってそれを否定した。




