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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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闖入者

 足を踏み入れた食堂は明るく、開放的だった。天井は高く、整然と並ぶ多数のテーブルと椅子がゆったりと空間を取っている。

 四十を超える人数が、一斉にメルティナを注目した。


「―――っ」


 思わずのどが引きり、たじろぐ。咄嗟とっさに前に立つシャルの双肩を掴み、勇んだ彼は両手を広げてメルティナを庇う。


「はいはい。今日ちょっと男の人に乱暴されかけてたんだから、あんまり凝視しないこと。

それと、男性不信気味だから男共は近付かないように。女性陣がその分、面倒見てあげて。

あ、子供たちは一杯遊んでもらって、仲良くしてあげてね♪」


 シャルのその言葉に男性陣は明らかに落胆し呻き声をあげるのに対し、女子供は「はーい♪」と、明朗な返事を響かせた。

 先導する少年に袖を引かれ、食卓を囲む人たちの中に入っていく。好奇の眼差しを向けて来る子供たちの視線がくすぐったい。その中で見知った顔に気付いて口元が綻んだ。


「はぁ~い、メルティナ♪」


 気さくに手を振るのは妖艶ようえんな雰囲気をまとうエブリシュカ。

 黒いフリルで飾られた毒々しい紫紺の法衣は背中が大きく空いており、更にはスリットも際どい所まで切れ上がって煽情的だ。周囲から向けられる男性からの視線を楽しんでいる様子が窺えた。


「やっほーメルティナ♪」

「先程ぶり、なのです♪」


 ソルベージュとレドベージュ。ミニスカートの黒衣を纏う外見そっくりな二人の少女。唯一の違いは、サイドテールの髪が左右対称な点。

 三人の他にもリタラやアニスがメルティナに笑顔で手を振ってくれていた。


 それから、エブリシュカがこっちこっちと隣の空席をポンポンと叩く。促されるまま席の前まで歩み寄る。ただ、空いているのは一席だけ。


「シャルはこっちね♪」

「早く着席するのです♪」


 メルティナの反対側に用意された空席は双子に挟まれていた。


「ふざけんなっ どう考えたって、モフる気満々じゃないか!」


 二人はお風呂でモフモフがどうとか言っていたのを思い出した。


「「あっ」」

「ん?」


 不意に二人が小さく声を上げて入り口の方を指差す。シャルはそれにつられて首を捻った。


「「モフモフ♪」」

「うにゃああああああああああああああああああっ!!」


 なごやかな空気を引き裂く悲鳴。不意を突かれたシャルが尻尾しっぽを抑えながら振り返ると、


「だから、二人ともっ 僕の尻尾は愛玩あいがん用じゃないって、いつも言ってるだろ!


 羞恥に顔を真っ赤に染め、にらみ付けて憤慨ふんがいするシャルディム。不快に逆立てた尻尾が総毛立って膨らんでいた。


「いいじゃん別に。減るもんじゃないし♪」

「モフモフは毎日でも摂取したいのです♪」


 両手をワキワキと動かし、悪戯っぽい笑みを浮かべる二人。


「ふざけんなよっ 最近じゃ、小さい子も真似して来てるんだよ! 教育に悪影響だバカ――――――!」


 半べそを掻きながらの抗議。大事な尻尾を守るため、必死さが伝わって来る。

 見かねた浄衣じょうえ姿の男性が歩み寄って来ては三人をなだめ、その場を収めた。

 男性の名はヤズフィリオ。祭司長にして、この神殿の長。壮年のひょろ長い森人エルフで、少し横に垂れ下がる長耳が人目をく。


「それでは。冷めないうちに頂きましょうか」


 席に戻って周囲の顔を見渡すヤズフィリオ。

 市井しせいに居るのは全て混血の半森人ハーフエルフで、純血種との差異は殆どない。

 皆で手を合わせ、それから食べ始める。


 メルティナは並べられた料理へ視線を移した。

 聞いていた通り、配膳されていたのはホカホカの雑穀ご飯。スプーンで一掬い。

 口の中に運ぶと、香ばしい香りが充満し鼻に抜けていく。しっかりと立った米粒は、噛めば噛むほどに粒の中からほのかな甘みが染み出してきた。


「おいしい……」

「そう。よかった。頑張った甲斐があったわ♪」

「粒の違いが食感を楽しくするし、優しい甘さが心に安らぎを与えてくれるかのようです♪」


 メルティナの感想にリタラが破顔した。


「ありがとう。他にもあるし、いっぱい食べてね♪」


 リタラの笑顔を見ていると、自然と顔が綻んだ。首肯し他の料理にも食指を伸ばした。

 ソルベージュの隣では、年上と思しき女性が優しげな眼差しで甲斐甲斐しく幼い子供たちの世話をしていた。こちらは猫の獣人。


「イェイユよ。フフ。よろしくね♪」


 首を傾け黒髪がフワリと揺れる。微笑み垂れ下がる目尻の泣き黒子が色っぽい。つるりとテカる薄唇も。


「はい。こちらこそ」


 メルティナもまた恭しく返礼した。


「そういえば、なんでエッチなことしてたの?」


 少女の放ったこの一言で、場の空気が凍った。


「別にして無いよ? このおねえちゃんとは、お話ししてただけだから」


 即座に弁明するシャルディム。ちゃんと言い訳は考えていたみたいだ。但し、白銀の尻尾が不快に身を捩る。そこに疑惑の眼差しを向ける双子。


「え~? ウッソだあ~」

「かおも、こ~んなに近づけてたもんねえ♪」


 子供たちが食い下がる。新しいおもちゃを見付けたみたいに


「誇張し過ぎ。メルティナも、何か言ってやってよ?」


 頼むから助けて。平静を装うシャルから、そんな心の声が聞こえてきそうな視線。


「そうですね。何かの、見間違いではないでしょうか?」


 優艶ゆうえんな微笑を湛えて追究をかわす。おくびには出さずとも、メルティナの内心はひやひや。

 背筋に冷たいものが伝い落ちる。緊張に思わず居住まいを正してしまう。


『…………』

「何でしょうか?」


 愛想のいい微笑みを顔に張り付け、無言で疑惑の眼差しを向ける少年たちを欺瞞する。


「ちがうもん、キスしてたもんっ」

「してない。キスなんて、絶対に」

「むぅ~」


「うそつき」

「嘘じゃない。そもそも、僕は嘘を吐けない体質だって言ったよね?」


 胡乱な眼差しで訴える少年たちに対し、淡々と答えるばかりで動揺を見せない。

 けれど、さっきから尻尾がピンと逆立ち、白銀の毛が膨張している。緊張が窺えた。

 内心はかなり冷や汗ものなのかもしれない。その気持ちはメルティナにもよく分かった。

 シャルは卓上に手を差し、出し掌を広げる。紋章とは趣の異なる精緻な『聖印』。


「前にも言ってるけど。『真実の誓約』がある限り、僕はうそけないんだよ」


『誓約』とは常世神(アヴァター)と結ぶ契約で、代償となる行為を履行している限りは魔力を借り受けることができる。

 メルティナは、「師が神に身を捧げたという」先程の言葉が気になった。


「そもそも、それ。ホントに本物なの?」


 どこか小馬鹿にしたようなエブリシュカ。


「何が言いたい?」


 眉間に皺を寄せ、怪訝けげんそうな表情のシャル。


「別に。仮にアンタの言うことが真実だとして、それをどうやって証明するのかなって♪ アタシはちょぉっと、気になっただけよ♪」


 妖艶ようえんな笑みを浮かべる彼女に対し、シャルは忌々(いまいま)しげに歯噛みする。

 底意地の悪そうな彼女の様子だと、証明したとしても何かしらの難癖を付けて来そうだ。

 何故、二人がここまで仲が悪いのか。メルティはそこが気になった。


「よかろう。ならば、我自らが証明しようではないか」


 響いたのは、芯が強く玲瓏な女性の声。振り返って入り口の方を見れば、見知らぬ九尾の女性が立っていた。

 銀髪碧眼。銀の獣耳を頭に生やし、逆立った白銀の大きな尻尾は一つではなく九つ。


 白地にあい色を散りばめた瀟洒しょうしゃ装束しょうぞく。腕の大振袖おおふりそでとは対照的に、太ももまであらわな下肢がなまめかしい。

 勢い良く立ち上がるヤズフィリオ。蒼然として肩を震わせていた。


「まさか、貴方様は………っ」


 口をパクパクするだけで何も発しない。極度の緊張に喉が震えて声が出ないようだ。


「ナハティガルナ様……」


 腰を浮かせたシャルディムがその名を口にすると、食堂内が騒然とした。事の発端であるエブリシュカも驚愕に目を剥き絶句。立ち込める異様な雰囲気に、子供たちはキョロキョロと大人たちの顔色を窺う。


 彼女に威圧的な様子はない。ただ、この世のものとは思えない絶艶ぜつえんなる美貌びぼう。それから発せられる清冽せいれつな空気が、この場に独特な雰囲気をかもし出していた。


「久しいな、シャルディム。息災で何よりだ」


 微笑むナハティガルナ。自身に向けられたものではないと分かっていても、メルティナはその柔らかい微笑に心揺さぶられ戦慄を覚えた。


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