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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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別れの時

 慰撫いぶされたシャルの心に浮かぶ、少女との思い出。その中で鮮烈に残っている者を一つ、拾い上げる。


「僕の尻尾ってさ。仙狐との魂魄融合の結果か、他人よりも大きくて。それで、テルテュスが――」


『ちゃんとお手入れしたら、とっても触り心地がよさそうですね♪』


 それ以来、彼女は毎晩のように軟膏なんこうや香油を馴染ませ、毛並みを整えるためにくしくしけずるようになった。


「そうですか。なら、尻尾の手入れをする度に、彼女のことが思い出せますね」

「あ――――」


 優しく囁くメルティナ。確かに。言われてみればそうだった。

 何故、そんな単純な事に今まで気付かなかったのだろうか。

 彼女が生きた証が、自分の中にちゃんとある。こんな嬉しい事が他にあるだろうか。


「そうか。そうだったんだ……」


 自然と涙が出た。

 テルテュスはもう居ない。けれど、これからは彼女の思い出を胸に生きていけばいい。

 シャルは寂しかった。彼女が死んで、そのつながりがもう感じられなかったことに。


 でも、これからは違う。櫛を梳き入れる度に彼女の存在を感じることができる。

 事件から立ち直るということは、彼女を過去にして忘却する事ではない。

 彼女の死を受け容れて、自身の中にある彼女との思い出を胸に生きることだった。

 テルテュスはもう居ない。

 ようやく、シャルは彼女の死を受け容れることができた。


「……ありがとう、メルティナ」


 素直な心で、自分に寄り添ってくれる女性に感謝を伝えることができた、


「はい、どういたしまして♪」


 メルティナが破顔する。紺碧こんぺき双眸そうぼうを細め、優艶ゆうえんな微笑を湛えながら。

 なんだか、久しぶりにその笑顔を見た気がする。思わずシャルもつられて笑った。


「…………それでシャル。お願いがあるのですが」

「何? 改まって」


 メルティナの真顔が気になってシャルが尋ねる。


「尻尾を、触らせてもらえませんか?」


 暫くは触れないので。眼差しは真剣に訴える。


「もう、しょうがないなぁ……」


 シャルは肩をすくめる。自分でも意外に思うくらい、自然な流れで快諾していた。

 最初は、あんなに嫌だったのに。受け入れている自分がいる。

 ただ、自分の心を救ってくれた彼女に、何かしてあげたかったのかもしれない。

 彼女に背を向けると、逆立てた白銀の尻尾がふわりと揺れた。今日も尻尾の手入れは万全だ。


「失礼します」


 少し頬をあからめながら、ほっそりとした指をゆっくりと差し出す。

 静寂の中、メルティナの指先が尻尾に触れた。

 そこから更に、長い和毛の中に差し入れていく。ほのかな温もりがそこにはあった。


「ん………っ」


 尻尾の和毛にこげの根元、表皮に近い場所にメルティナの指先が当たり、思わず身体が震える。

 和毛にこげの根元から毛並みを指で梳き、先端にかけてゆっくりと撫で上げるメルティナ。手に掛かるほんのり温い毛の弾力を楽しんでいるようだった。


「~~~っ ……、……っ」


 でられる度に快感が脳髄を駆け巡り、思考がとろけていく。淫靡いんびな声が漏れそうになるのを、手で抑えて必死に我慢。こぼれる吐息の中、鼻から吸って呼吸を整えようとした。


 片手での愛撫あいぶから、やがて両手を白銀の毛並みにき入れるメルティナ。

 つややかな尻尾を、ほっそりとした指と掌で包み込むように。

 手櫛てぐしいたかと思えば、毛先を軽く握って丸める。


 毛並みに沿ってでたと思ったら、それに逆らって和毛にこを毛羽立たせたり。それらによがって全体をくねらせる尻尾を、彼女は口端を綻ばせて堪能していた。


「ふっ――、ぅ――――っ」


 繊細な指使いに性感が高まり、もはや一撫でごとに尻尾が跳ねて快楽に揺れる。つやめく吐息が喉から漏れるのを止められない。悦楽が身体を支配し小刻みに震えた。汗ばむ顔が火照って仕方ない。


「ぃっ ………っ」


 高まった性感で刺激に対し敏感になった尻尾。き入れられるメルティナの指からぬくもりが伝わり、毛並みの中でシャル自身の体温と溶け合う。和毛にこげの根元に指先で触れられ、脊髄せきずいを駆け上る快楽で身体が跳ね、弓なりを描く。


「あっ ………っ」


 押し寄せる快楽の波。高まる性衝動を抑えるためにぎゅっとまぶたに力を入れた。衝動の暴発を防いだことに安堵。その隙にメルティナの指がするりと毛並みをで上がる。不意打ちにあえぎ声が漏れた。


 その後も尻尾の愛撫あいぶは続く。

 数日空いた時間を埋めるように。

 やがて来る別れの時を名残惜しむように。

 いつもよりたっぷり時間を掛けてメルティナは尻尾の隅々まで愛撫した。


   〇                              〇


 翌日の朝は青々と澄み渡る秋晴れ。

 朔夜さくやたち十二仙とナハティガルナは出立のために寮の扉の前でシャルディムたち神殿関係者や子供たちと向かい合う。ここを旅立つメルティナやエブリシュカを伴って。

 意外にも、そこにはクロアも居た。


「それでは皆の者。息災で年が明けられることを、我も願っておる」


 皆の顔を見ながら送る凄艶せいえんな微笑み。朝からコレは刺激が強いとシャルは思った。


「シャル。わたしが恋しい時は、遠慮なく手紙を出してね?」

「いや、大丈夫だから」


 顔を覗き込む朔夜さくやにシャルは無表情で素っ気なく振る舞う。その様子に肩を落とす朔夜。


「世話になった」


 飾らない謝礼の言葉は軽く会釈をするゼルティアナ。


「皆、どうか達者でのぅ」


 レオポルドが好々こうこうや然として目を細め、微笑みを向ける。

 因みにこの場にオヴェリアは居ない。一足先に戦艦に乗り込んでくつろいでいるとの事。

 機械義肢マニュピレータが半壊したザウラルドやビルギットは戦艦の医務室に運ばれ、オヴェリアの実家が経営している病院で基部から修理してもらう予定だ。彼らがもらう報酬の何割かは、治療費に相殺されるらしい。


「では皆さん、大変お世話になりました。どうかお元気で」


 貼り付けたような笑みでうやうやしく一礼するのはクロア。物腰だけは丁寧だ。物腰だけは。

 妖刀が壊れた今、彼は知り合いの刀匠に頼んで武器を新調するために聖都へ向かうのだとか。


「…………本当に行っちゃうのね」


 寂しげに呟くのはリタラ。メルティナやエブリシュカに向けられた言葉。


「はい」

「ま、清々したんじゃない?」


 優艶ゆうえんな微笑をたたえるメルティナに対し、悪態を吐くのはエブリシュカ。


「…………」


 そんな中、赤鬼の半面の下でシャルは無言を貫く。


「ううん。子供たちの面倒を見てくれて、本当に助かったわ」


 ありがとう。丁寧に頭を下げるリタラ。それに倣い、イェイユやアニスもお辞儀した。


「フン」


 素直になれず居心地が悪いのか、腕組みして鼻を鳴らしそっぽを向く。

 エブリシュカはメルティナと同じくナハティガルナの元へ行く。

 それはそうだ。緊急事態だったとはいえ、魂魄融合を果たしたのだ。


火竜皇后エキドナ》はただでさえ強力無比だし、精霊などに魂を補填されたものとは次元が違う。そのため、おいそれと人目にさらすわけにはいかない。

 ナハティガルナの神殿にある孤児院で働くことが決まっているらしい。


「…………」


 子供たちの中から淫魔族サキュバスの少女、レニファがエブリシュカの前にやって来た。


「いかないで」


 その一言に、顔をしかめたエブリシュカの黄金の双眸そうぼうは揺らいだ。そして少女は紫紺の法衣ローブの裾を掴んで赤竜の魔女を見上げた。


「いかないで、おかあさん」

「――――っ」


 レニファがエブリシュカに甘えた。普段は大人しく物わかりの良い彼女らしからぬ行動に、シャルも驚きを隠せない。同族同士、何か通じるものがあるようだ。


「……もう、しょうがないわね。なら、アナタも一緒に来る?」

「ん」


 少女を抱き上げて尋ねると、首肯を返した。


「問題無いわよね?」


 一人くらい増えても。その問いに、女神は二つ返事で快諾した。

 そうしてレニファに子供たちが口々にお別れの言葉を贈り、最後に少女はエブリシュカと手をつないだ。それは、シャルから見てもとても微笑ましい光景だった。


「シャル……」

「…………」


 優艶ゆうえんな微笑をたたえる純白の巫女がシャルの前に進み出る。


「今まで、本当にお世話になりました。ここで過ごしたことは生涯、忘れることは無いでしょう。本当にありがとうございました」


 うやうやしく礼を述べるメルティナに対し、シャルディムは赤鬼の半面の下で無言のままだった。

 周囲に気まずい沈黙が流れる。


「もしかしてシャル、泣いてるんですか?」

「なっ 泣いてなんかないやい!」


 首を傾げるメルティナにシャルは思わず反駁はんばくした。


「なら、仮面を取ってもらっても?」

「それは……っ」


 絶対にしたくない。シャルは拒んだ。


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