春の足音
志を改めたので実質初投稿です。
八割創作なので私小説とは言い難い。
私はその時、吹き付ける寒風の中、近所に伸びる緑道を歩いていた。
奇妙な話かもしれないが、春というものには実体があって、風の強い日なんかに、その風切り音に紛れて往来を堂々と歩いているものなのである。少なくとも、私はそう信じている。それが二本足か四本足か、はたまた八本足であるか、それは私にも分からぬが、少なくともヤツはハッキリとした形を持っていて、丁度今くらいの時期に人里へ降りてくるのだ。
都市計画云々で作られた緑道は、案外緑の多い割にしっかりと整備されていて、人間様の文明がいかほどの物かひしひしと感じられる。無論、その道にしたって全てが舗装されているはずもなく、場所によっては如何にも貧弱そうな雑草にその領地を明け渡している。どうにも自然というのは、人様に支配される気は微塵もないらしい。もしもそれが人であったのなら、底なしのパワーを秘めた、さぞかし壮健な人物なのであろうが、生憎私の想像力は、そのあまりに曖昧な概念を一つの人物へ置き換えることが出来ぬ。
兎も角私は、文明に切り開かれた都会にしては随分と廃頽的なそこをふらふらと歩いていた。
気温と天候だけを見れば小春日和とでも言えただろうが、その日は随分と風が冷たかった。どこからともなく吹き降ろす風がありとあらゆる隙間で音を立てていた。対する我らがお天道様とくれば、コイツはかなりの気分屋で、春が近いというのは自分が一番知っているだろうに、特別高く昇ることもなく梢を這いずり回っていた。これだから太陽というのは、立派な星であるくせに、たかが北風なんかと喧嘩を始めるのだろう。とはいえ、あまり果敢に戦いを挑んで負ける度拗ねてしまうようでは、裸踊りも見飽きよう。
そんなわけで緑道には、折角の晴天だというのに普段に比べれば人通りも少なかった。丁度昼時だったというのも関係しているだろうが、多分、その主な原因はあの寒風であろう。
首を縮めて歩いていた私の後ろで足音がしたのは、そんな時だった。
ガサッ、ガサッ、という、枯葉を踏みしめる確かな音である。
直前にすれ違った者も居らぬし、これは一体どういうわけか。少し驚いて振り返った先には何も居らず、おかしいな、と思うと同時に、ザーッと風が吹き抜けて落ち葉が騒々しく舞い上がった。ははぁ、自然というのは、頑固な上に他人を弄ぶような輩であるのか。全く、失礼な物だ。私はそう一人合点して、先へ進んだ。しかし歩き出してみると、枯葉を踏みしめる音は一層確かなものとなって私の耳へ押し寄せてくる。終いには、あるはずもない存在感、確かにそこに誰かが居るのだという空気感が感じられさえもした。
振り返る。
振り返ってみれば、そこには誰も居ない。
今度こそ確かな足音がしたと思い慌てて振り向けば、ジョギングを楽しむ見知らぬ誰かである。走ることが楽しいとは一体どういった了見であるか、是非ともお聞かせ願いたいところだ。件の他人へ、もしくは自分へ向けた深い溜息を吐いてまた前へ進む。
しかしそうしたことを繰り返すうち、そこに“何か”が居るのではないかという、確信に近い妄信が私の中へ根ざしていった。勿論そんなはずあるわけがない。現に振り返ったその先にあるのは、立ち並ぶ裸木と、愛犬との散歩を楽しむ人々、緑道をひたすらに走り回る連中のみである。
神仏妖が心に根差すとは正にこの事であろうか、少なくとも私は何らかの譫妄、もしくは何らかの妖にでも憑りつかれてしまったようである。まさかこの往来で、「べとべとさん、お先へどうぞ」、だなんて小恥ずかしい事を言えるわけがない。しかしそう考えれば考えるほどに、その背後にある気配はずんずんと濃くなってゆき、背後に本当に何も居ないのか、確認する方が億劫になってきた。
そして私はこう考えた。
どうにかして走り回ればこの厄介な怪異も私の元を離れてくれるのではないか、と。
幸い近くには、緑道本線から分岐して、小高い場所へ続く路が伸びている。ふん、あの足の生えたパックマンのような奇怪な風体では、坂道なんて登れやしないだろう。精々、無様に転がり落ちて、その口の中にしょっぱい砂を含むことになるのがオチだ。今に見ていろ、人間様がどれだけ偉いのか、思い知らせてやろうではないか。
そう思った私はなるべく自然体を装ってその小路へ体を向けると、砂を蹴飛ばして走り出した。
ヒュゥッという音が耳元でなり、顔へ直接吹き付ける冷気が服の隙間から入り込む。ゆるいカーブを描いて、路はその頂上にある細やかな広場へ続いている。ザッ、ザッ、と地面を踏みしめる確かな音がする度に、なんだか急に薄くなったように感じるその気配へ優越感を感じた。何せ件の疫病で外出もままならず、大した運動もしていなかった私は、直ぐに息を切らして膝に手を突いた。
ハァッ、ハァッ、っと鋭く吐き出される熱い呼気が、マスクの中にこもって妙な不快感を催した。私は片手で、マスクを顔面から剥ぎ取って冷たい空気を吸い込んだ。先程まで耳を切り裂いていた寒風も、煮えたぎる腸の前では心地良い。
息を整え背を伸ばし、背後を振り返る。相変わらず、何かがそこに居るという確信めいたものは残っていたが、その気配は薄れ、数歩歩いても、落ち葉を踏みしめるあの異様な音が響くわけでもなかった。
“フン、やはりその程度か。その大きな口の割に大した事が話せないのが残念だ。もしそうであれば、さぞかし面白い悲鳴を聞くことが出来たろうに。越せるものなら越してみろ、餅の怪物めが。”
そのような事を考えたのを確かに覚えている。
その時だった。
ザァッっと背後から寒風が吹きつけたのだ。
瞼の裏に、何か乾いたものを差し込まれた気がして目を閉じた。
枯葉がザァザァと大きな音を立て、枯れたススキが一斉になびいた。耳元に空気の渦が出来上がり、ゴーッ、だの、ボーッだのという声を上げた。少なくともあの時、横を誰かが歩いていたとしても私は一向に気づかなかったろう。私が目を開けると、いつも通りの緑道が、自然の猛威に白旗を振る文明の姿があった。そしてふと上へ目線を向けた時、私はあっと叫びそうになった。
その、生物的でありながらどこか質素で、無機質さをも感じさせる枝先に、眩い赤が垣間見えていた。
よくよく注意してみてみれば、そこらの枝に、同じようにして春を待つ寝袋の姿がいくつも見られた。その鮮烈で印象に残る、しかし、決して調和を乱すことのない純然たる赤。間違えようもない。梅の木だ。それにしても、こんなところに梅の木なんて植わっていただろうか。私が出歩かないせいか、それともこの季節へここへ来たことが無かったからであろうか。まさか、主人への思慕のあまり飛んできただなんてことはあるまい。そんな考えが浮かぶほどに、それはずっと昔からそこへ根を張っていましたとばかりに、周囲との不和を起こすこともなく、それが当たり前であるかのようにして凛と際立っていた。
先程私が登ってきたときにはこんな蕾があったろうか。しかし、遠目から見ても分かるほどに、それは周囲の木々とは違った風合いを醸し出していた。
……まさかとは思うが、先程私を越したのは春そのものであったのだろうか。そんな稚拙な考えが脳裏をふっと過った。風の音に紛れて春を撒き散らし、偶然見かけた私に、ちょっとしたイタズラでも仕掛けていきやがったのか。それこそ余計なお世話だ。しかしこれでは、自然というものは、壮健で、しかし頑固で、場をわきまえず他人を弄ぶ無礼千万な野郎ということになってしまう。やい、春よ、粋な気遣いには感謝するが、貴様は、どうしてこうも人を手玉に取るような真似をしやがるのか。
そう思った私の耳元に、鋭い寒風が吹き込んだ。私はそれに、妙にくすぐったいような、それでいて、背筋のピンと伸びるような戦慄を覚えたのである。
こういった次第で、私は春というものには足が生えていて、この季節になるとあちこちを徘徊しだすのではないか、そう思えて仕方がないのである。
最後に一つ訂正を申し上げさせてもらうと、ジョギングを楽しむ連中というのはどうやら、春の、ともすれば四季の、その息吹を確かに感じているようである。とはいえ、不思議と清々しい顔つきで走り回っている彼らを呼び止め、それを訊くのはどうにも非効率で、誤った方法であろう。結局、彼らが何を考えながら緑道を走り回っているのか、私の知る術はない。
是非とも、その行動がどういった了見で行われているのかじっくりと拝聴願いたいものである。
あぁ、どうせだから私もあの道を走ってみようか。そう思いつつ、衰えた体力と生来のガサツさが相まって相変わらずぶらぶらと緑道を歩き回る今日この頃である。
最近、小説の“白鯨”に影響を受けすぎている気がする。換骨奪胎とか、そういうレベルじゃない何かを感じる。
お陰で差別用語をいっぱい覚えました。いつ役立つんだよこれ。




