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7話 「奪ってやるよ」

 ―――時は遡る



「あの2人消えたんだけど…。あんたの能力じゃないよな?」

「…」

 

 対面にいるのは、不愛想で怪しげな男だ。

 深く帽子を被り、雑に生えた顎髭が喉元を隠す。

 冒険者の割には、紳士的な見た目をしていた。


(あいつ前見えてんのか?どんな能力か知らないけど、強いのは確か、か。)


(なら…)


「いやー、あの女とは初対面でな?いきなり『向こうは殺る気よ』なーんて失礼なことを言ったよな~。お互いまったくそんな気ないのにさ!よし、お互い仲良くなれそうだし、話し合いで解決しよう。騒ぎは起こさず、穏便に。指輪もあんたにやるからさ」


 男は何も言わず、こちらに向かって腕を伸ばして手を向けながらゆっくりとこちらへ歩み始めた。


「ほら、ちゃんとここにある!」


 先ほどの間抜け達に見せたように指輪を見せる。

 

「…!」


(ん、なんだ?なんで一瞬止まった、腕が下がった?そんなにヤバい代物か?)


男は再び腕を伸ばす。


「仲直りの握手か?いいよ、――ッ!」


 ダッシュが一歩、歩み寄るや否や男は差し出した手を握りしめた。


 ―ドンッ―と言う音が鳴り響く


 反射的に横へ飛び退いたが、勢いのあまりひっくり返る。

 先ほど立っていた場所が『粉砕』した。

 まるで空間ごとバラバラにするかのように。

 辺りに地面の細かな破片がパラパラと飛散する。


「ほぉ…、避けるか」


 間一髪だった。

 幸い、外套の端ががれるように消え去っただけで済んだ。


「てめぇっ、また話の通じねぇやつかよ!」


(なら…慎重に戦え!)


「もとより話すつもりはない」

「いいのかよ?俺に当たったら指輪ごと潰れるぞ」

「心配無用」


 ―――――――――――――――――――


「なぁ、ばあちゃん。こんな鍛えたり、学んだりしたってさ。つえー能力きたら意味無いんじゃないか?」

「あんた…能力を持った人間と戦ったことがあるんかい?」

「無いけどさ…見たことはあるよ。俺の力じゃ無理だろうけどな」


「いいかい?能力とその発動方法は人の数ほどあるんだ。何気ない仕草が攻撃の合図だってこともある。だから慣れた人間は色んな癖を混ぜたり、派手な装備や持ち物でごまかしたり、色々隠したりするもんだ」

「あいつらが戦ってんのは異形だろ?んなもん意味ないんじゃない?」

「いずれ分かるさ…。それにね、能力には必要な条件ってものがあるんだよ。満たせば満たすほど強く、破れば脆くなるもんさ」

「フーン…」


「能力なんて無いほうがいいなー…。んなことよりさ、生き抜く術ってんなら金稼ぐ方法教えてくれよ。廃材拾い以外によぉ」

「黙って話を聞きな」


 ―――――――――――――――――――


「俺はもう、我慢しねぇんだ…」


 ―――俺の能力は奪取…、まだ何1つ奪ってない。


 ――でも、配られたカードで勝負しろ…


 ―危険な賭けなら一層強気で、やつの能力を…計れ!


 男は再度、こちらに手を向ける。


 ― 3…(仲直りの)


 ――  2…(握手か?)


 ――― 1…(いいよ)


 くるっ!横へ飛べ!


 

 2回目の破壊音した。が、タイミングを計ったお陰で衣類も含めて傷はなかった。

 

(倒れこむな、駆け抜けるように走れ!!一気に距離を詰めろ、組付いて奴の腕を折る!)


「――うっ!?」


 けたたましい轟音が鳴り響く。それ自体は派手だったが、先ほどよりも威力は劣る。それでも、通路に並ぶ建物をも巻き込んだ。 

 立ち止まり咄嗟に腕で庇ったが、激痛が全身を巡る。


(警戒しなかった…。範囲を変えれんのかよ…)


「読みは良かった。だが、待ったのは指輪と、周囲のためだ」

「ぐ…、がはっ…」


 吹き飛ぶように倒れ背中を強打した。血こそ吐きはしなかったが、呼吸が乱れ酸素が足りない。

 痛みによる強いストレス、噴き出るアドレナリン、乱れる視界。

 

「無能力者か…。哀れだな」

「……あぁ?ぐっ!?ゲホッ」

「持つべき物《能力》を持たず、持つべきでない物《指輪》を持った。力がないなら、それに合った場所にいるべきだ。だからこうなる」

「ハァ…ハァ…、はっ、新しい差別主義者かなんかかよ…?」

「いや、力の差を読み誤ったお前への助言だ」


 そう。力の差がある場合、大抵のことは一瞬である。

 恐らく、似たようなことがどこかでも起こっているだろう。

 どれだけ努力しても、どれだけ計算しても…


 男はダッシュのそばで屈みこむ。

 落ち着いた声とは裏腹に力の入った憐れむ目が、深く被った帽子の奥に見えた。

 そして、顎鬚の奥からは喉頭のどがしらに描かれたマークが見える。

『振り下ろされた戦鎚と砕ける岩』


「楽にしろ、すぐ終わる」


 ダッシュの左胸に手と視線を向ける。その肉の下には異常に早い心臓が脈打っている。



(……あぁ、そうか…)








 投げ出された右腕で、傷ついた手袋で。

 地面のつぶて、砂、ガラス片。握れるものをすべて掴んだ。



(―――お前が隠してたのは…っ!) 



「ぐぅぅうらぁっ!」


 呻き声にも、唸り声にも似た叫び。

 そして、勢いをつけながら一気に男の顔面上部へ叩き込む。


「っっあがぁぁぁあうぐ!?」


(握る動作だけが発動条件トリガーじゃない!)


 目を抑え倒れこむ男に対して、間髪入れずにマウントポジションをとる。


「…っ!」


(潰したのは左目だけか!)


「ぐぅぅぅうっ!!」

「させねぇよ!」


 ダッシュは握ろうとする男を阻止せんと右の掌を掴む。

 能力をもつ冒険者との初めての戦闘は、結局、原始的で泥臭い揉み合いとなった。


「情けのつもりか!?憐れんだからこうなったんだ!」


「最後まで自分らしくいねぇから、ミスったんだ!」


 自分に言い聞かせるように叫んだ。


「いい加減諦めちまえよ!!俺みたいに…!」


 初めて命を握った…。

 感じたことは、感情の昂ぶりに体が痺れるということ。

 退いたら死ぬという恐怖に、身をすくめること。

 

 ダッシュは右手で強く首を絞めた。

 抵抗するように相手は左手でその腕を引き剝がさんとする。

 右手はまだ、握る握らないと争っている。


「はなっー、ぇ”ぅう”っ」

「体重乗せてんだ、腕一本で止められるかよ!」

 

 か細い息をしながらも、男はまだ諦めない。


「羨ましいよ!あんたらみたいな能力があれば!!もっとマシな人生を歩めたんだ!!!」


「自殺なんかしてよぉ!こっち(異世界)に来たと思ったらまた惨めに死ねってか!?」

「が……ぅ……」


 俺は前も真面目だった。我慢した、そうあるべきだと思ったから。

 首吊った俺もこんな顔してたのかな……


 絞める手が強くなればなるほど、鮮明に蘇る。

 忘れられると思った遠い前世。変えることができなかった無能な自分の微かな記憶。

 能力もなく耐えることしかできない人間が、最後はどうなるかを俺は知っている。


「我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して!!」


 走馬灯を見るのは死ぬ側じゃないのか……

 なんで俺がこんな記憶を思い出さなきゃならないんだ……

 

 こいつも存外可哀想だ。俺の捌け口なんかになるなんてな……

 

 ――でも


「言っただろ、もう我慢しねぇんだ…!」


「俺にもそれ、くれよ!!!!」


 後悔・嫉妬・欲望・瞋恚しんい

 様々な感情が交差し、貯めこんだものが爆発した。

 仮面の裏に隠れた顔は、今なお、もがき続けていた。







「くれねぇってんなら―――奪ってやるよ!!」


 ―――ドクン


 体の何かが大きく跳ねた。激しい鼓動が黙り込む。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

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