斎月千早の受難なる日常〜雑記〜
『触らずの森』
広大な田園の中に、小さな森がある。森の周囲は、空地。
空地と森の堺には、森を囲う様に注連縄が張り巡らせている。
立ち入ってはいけない森。踏み込めば、障り・祟りがある。
その土地の人は、昔から畏れていた。
森に何があるのか、知らないという。神社でも古墳でも、ない。
ただ、立ち入ってはならないと、伝えられていた。
森の外側、空地としているのは、森と田んぼを離しておきたかったから。
空地は、定期的に手入れされ、注連縄も取り替えられる。
空地と田んぼの間には、水路。周囲を回るように造られていて、他の水路とは別。
水路は境界にして、結界。
森とは、なるべく距離をおきたかった。
それが、続いていたのは、平成初期まで。
過疎化と高齢化で、空地や水路の手入れが出来なくなり、荒れ地となっていた。
田んぼも、殆どが休耕田で、草が覆っていた。
そんななかでも、森への畏れは残っていた。
休耕田が、森を囲う。場所によっては、森と同化していた。
それが、平成の後期になり、再生可能エネルギー、脱炭素が叫ばれる様になった。
全国にある、休耕田は殆どが、太陽光発電のパネルに覆われた。
山肌を削って、太陽光パネルで覆う。その様な光景が、全国で見られる様になり、令和になり、ソレが問題になっていた。
森の周辺の休耕田も、例外ではなく、太陽光発電にするという話しが出た。
反対と賛成に、別れた。
森は、そのままで、手を着けてはいけないと。
だけど、工事は始まり、一帯は更地になってしまった。
森も、跡形も無くなくなった。
賛成派のセリフ、「所詮、迷信」
だけど、地震が起こった。
太陽光発電パネルの立ち並ぶ一帯は、地面が割れ崩壊してしまった。
他の場所は、大したことはなかったけど、その場所だけが、大きな亀裂と共に土地が
崩れ、大きな穴が出来ていて、そこに、大量のパネルが崩れ落ちていた。
森の下には、大きな石が埋まっていた。工事で、ソレを撤去した。
その石は、要石だった。森は、地鎮の存在が住んでいたと、古い郷土史に記されていた。
要石は、地鎮。地鎮とは、地震を封じると伝えられているモノ。
曰くがある場所は、手をつけてはいけない。そういう禁忌がある。
そういう曰くは、護るべきコトだと、私は思う。
『山のお社』
ある山に、小さなお社があった。それほど高くはない山で、ハイキングコースとかも整備されていて、地元の小学校の遠足や、中学校の運動部が鍛錬に使っていた。
お社の近くには、湧き水があり、昔から、住民達に利用されてきた。
お社に祀られている神様は、不明だったけれど、いわゆる産土の神や氏神的な神様として、大切にされていた。
それは、少し昔の習慣だった。今では、整備されていたハイキングコースも荒れ、お社の手入れをする人が、たまに通る程度。山の麓の田畑も、草が生い茂っている。
小学校と中学校は、統合され、通う子供も十数人程度。
寂れた田舎。
活性化の話しは、出るけれど、なにせ人がいないし予算も無い。
そんな土地の末路は、エコだという、太陽光発電に頼るコトらしい。
個人の家に、ソーラーパネルを設置して、電力を賄うのは理解出来るし、災害時にポータルサイト的な、太陽光発電機があれば、停電していても晴れていれば、数人程度の避難所の電力は、フォロー出来るだろう。
でも、メガソーラーとかになると、理解は出来ない。
ああいう開発会社は、無責任な上、土地の理を理解していないのだ。
だから、利益だけ考えて、後は知らないと言う。
そんな業者に、起きた障りの話し。
お社の神様が、温和な神様では無かったコト。昔の人が、その神様と、どのような契約を結んでいたのかは、解らないけど。神社や社、祠などは、手順を踏んでからでないと、動かしたり取り壊したりするコトが、出来ないのに。
その企業は、ソレは疎か、地鎮祭すらもなく、開発を始めた。
あとは、色々な怪談にあるような話しで、関係者達が巻き込まれていくのだった。
もともと、悪徳業者だったので、色々なモノまで一緒に降り注いだ。
雇われ従業員も、とばっちり。賛成派の授業員も、同じく。
どんな、祟りや障りがあったのかは、書くほどでは無いけれど。
お社の神様の祟りが無くても、あの山に、太陽光発電を造っていたのなら、山崩れが起こっていただろうと、暫くして知った。
台風の直撃を受け、豪雨の影響で、その山の一部が崩れたのだと。
幸い、人的被害は無かった。崩れたのは、昔、ハイキングコースがあった辺りだと言う。
工事を決めた人、賛成した人達、悪徳業者は、揃って身体を壊したらしい。
身体を壊す、ソレが、どっちの意味なのかは、記録しないでおこう。
『ある場所の話し』
これも、太陽光発電と祟り障りに関係する話し。
脱酸素社会・気候変動・温暖化。文明の抱える問題。人口も、莫大になって、食料不足。
それは、皆で考える問題だけど、ある意味、理想論だ。
火力発電や原発から、再生可能エネルギーに。
太陽光発電や風力発電を、増やそうと社会が動いている。理解は、ある程度出来るけれど。
ニュースを見るたび、溜息が出てしまう。
メガソーラー。広大な土地が、黒い板で覆われ、光が乱反射しているのを見かける。
場所によっては、草が生えるのを防ぐために、コンクリートを塗りつけている。
また、山の斜面全体に、ソーラーパネルを設置している。
エコ発電。でも、エコって、自然との共存だと思う。
設置すると、土はコンクリートになるし、山の斜面だと、木々を伐採しないといけない。
土は、雨を吸い込んで地下水になるし、太陽の熱を吸収してくれる。
山の木々は、雨を吸い込んでくれるし、山の土を支える役目がある。
それが、自然にある循環システムなのに。
それを壊してまで、エコ発電と言えるのだろうか? それに、太陽光パネルには、有害な物質が含まれているらしい。日本では、採れないレアメタルなどを、海外から輸入している。
鉱物を採掘している国のコトは、考えていないのか? と思うが。
矛盾だらけだと、つくづく思う。
古いカミやモノを探し出し、護り継ぐコトが宿命。だから、各地を廻って、ソノよう存在を探している。そんな途中、田畑や山林が、太陽光発電計画の対象になっている情報を、耳にしてしまう。仕方の無いことでは、あるのかもしれないが、ちょっと待てと思う場所もある。樹高さん達も、余程重要な場所で無い限り、口を出せないらしい。
私には、それを阻止する程の力は無い。カミやモノから頼まれたとしても、送るコトは出来ても、工事は止めることは出来ない。カミやモノが、関係者を祟っていたとしても、私は知らないし、鎮めるコトもしない。そんなコトが、最近増えている。
そんななか、遭遇した出来事があった。
限界集落。最後の住人から、私は、集落に祀ってある神様達を、送って欲しいと頼まれていた。そこは、既にメガソーラーが決まっていて、集落だけでなく山までも、太陽光パネルが設置される。お墓は、全て移転されているが、近くの寺に集められたカタチだった。
日本の衰退を、染み染み感じさせられる。
私が、その集落に着いた時、既に工事が始まっていた。まだ、立ち退いていいない住人も、数人残っているのに。住民に尋ねると、地鎮祭などは一切行っていないまま、田畑を始め、山の木々を切り倒し始めたのだという。住民は、一刻も早く離れたいと、こぼしていた。
理由は、この土地の神様が、荒御魂に属する存在だから。
今、静かで何も起こっていないのが、逆に恐ろしいと。昔は、神社に挨拶もなく、山の木などを切ると、障りが起こっていた。切られた木の痛みなのか、全身が猛烈に痛む。慌てて、神社に謝罪に行くと、しばらくして障りは収まるのだ。そんな神様だから、何が起こるか恐ろしい。出ていく前にも、神社に別れを告げに行ったという。
問題なのは、ここからだった。工事のバリケードで、神社には近づけない。
それに、集落にさえ入れない様になってしまった。樹高さんや編集長のツテを頼んでも、無知なのか悪徳なのか、話しすら聞く事はなかった。二人の答えは
「放っておけばいい」のこと。
荒御魂の神様は『止めても無駄だ』と、私に返した。
つまり、これから、神様は、集落を潰そうとしている人間達に復讐を始めるのだ。
荒御魂の神様。私は、なりゆきを見つめるしかない。
ここには、メガソーラーは造ることは出来ない。
『禁足地』
禁足地、踏み入れては行けない場所は、世界中にあると思う。
国で、その意味は違うかもしれないけど。信仰的に、立ち入ってはいけない。
あるいは、物理的に駄目とか。史跡などが、禁足地とされているだろう。
日本では、神社とかに多い。古い神社ほど、その様な場所がある。
自然信仰の名残として、禁足地自体が御神体だという土地もある。
限界集落が増えた現在、御神体である禁足地は、忘れられ、山や森に還ってしまっている。
それなら、それでいいのだけど。
その土地の由来を知らないまま、開発をしてしまうと、障りが起こる。
地鎮祭を行ってから、始めなければならないのに。面倒なのか、信心が無いのか。
行わずに工事を始める件が、多い。
その後始末は、誰がすると思っているのだろう?
大概、そういう件は、私のところに依頼が来る。最近は、人となりをみて、依頼を受けるようにしている。無理難題な開発をしている、ブラック開発からの依頼は、受けない。
最近は、右とか左とかがSNSで対立しているけど、そういう感じ。
昔から大切にされているモノは、護らなければならない。新しい物とは、共存の方法を探すのが正しいと、思うのだけど。なにかと、自己中で新しい事は新しく、それを全てだと主張しているのは、古きを重んじる側からすると迷惑。その様な思考の人達が、開発に関わると、禁足地や神域、御神体などを、無作法に排除してしまう。それで、祟りが起こったから、助けてくれ、なぜ助けてくれないのかと、騒ぐ。
そんな事が、このところ多かったから、ホント嫌になる。
まあ、日本人だろうが外国人だろうが、禁忌を犯せば報いは受ける。
それが『理』なのだから。国籍は、関係ない。
感謝とか礼節は、不要とか言っている集団もいるけど、なにを言っているのか理解不能だ。
感謝や礼節は、人間同士の事だけでなく、神仏に対しても同じ。
これも、国籍や民族、宗教でも同じだと思う。神様に感謝は、崇める神が違っても同じ。
その心が、不要というなら、その人間も不要だと。
そういう事から、土地に対する畏敬の念が無いから、地鎮祭などを行わない。
土地の由来すら調べない。困ったものだ。
それでいて、自分達が無知無礼なのを棚に上げて、他が悪いと騒ぐのだから、救いようが無い。そういう人間は、自滅する。こちらが、対応して、鎮めたとしても、同じ過ちを繰り返すのだから。最近、そういう人間が増えて、ホント嫌になる。
いい、迷惑だ。
『触れてはいけないのに』
ある地方に、遺跡があり神社になっている場所がある。
外国人の観光客が格安で、観光が出来る地域で有名らしいが。
最近、マナーが最悪になっていると、一部のSNSで話題炎上している。
ゴミは捨てる、大声で話す。トイレ以外で用をたす。落書きをする……など、きりがない。
そんな土地に、触れてはいけないモノがあり、地元の人も畏れている。
もちろん、手入れはしないといけないから、どうしても触らないといけないのだけど、役回りで当番となった人は、精進潔斎し覚悟をもって執り行う。
失礼があったら、何か障りが起こる。神様。名前は無く、地元の人達が呼び名として
『煌震様』と呼んでいる。ー荒神様の意味らしいが、もっと恐ろしい存在だ。
酔って、粗相をした男がいて、エゲツない死に方をし、身内も土地に住んでいる者は、皆、次々に死んで、全く関係の無い土地に暮らしている親族にまで、ソレは及んだ。
鎮めるコトは、出来ない。
開発業者が、強引な手法で無理矢理、退かそうとしたら、語るも無惨な結末になった。
その様な話しは、沢山あるのに、何かしら手を出して、報いを受ける。
それは時に、関係の無い住民に及ぶ事もあった。
だから、皆、畏れていた。
観光に力を入れて、海外から招こうという、自治体の方針に、煌震様を知る人達は、畏れた。某国から来る人間は、ロクでもない。観光収入なんか、いらないから、来ないで欲しい。そんな話しの方が、多い。
ただでさえ、町の至る処に落書きをしたり、ゴミを捨てる。もし、煌震様に悪さをしたら。
住民達は、懸念し恐れていた。だから、その神社にも、某国の言語で注意書きをしていた。
それが、通じる某国人では無かった。そういう民度というもの、らしい。
恐れていた事は、起こった。地元の人達が護り継いで来ているモノを、面白おかしく穢すのは、某国民度低さなのか、戦中の事なのか? 触れると災いが起こるモノは、国や信仰を問わず存在する。その禁忌を破れば、関係なく降り注ぐモノで、対処は出来ず滅びるだけ。
そういうモノは、何処にでも存在している。来歴不明でも、森に還った土地にでも、開発が進む土地にでも、存在しているのだから。人々が忘れても、触れてはいけないモノは、存在し続けている。それが、信仰的なモノであれ、物理的な物でも。
有名なのは、あのGHQにも障りをもたらしたという話。
煌震様の神域を荒らした、某国の人間グループは、帰国後、狂死したと聞いた。家族や知人にまで、影響は広がったと。ただ主犯格だけは、生き残り、日々、怯えながら生きていると聞かされた。国を超えてまで、祟る障りがある。カタチが違うだけで、おおもとは、大樹の根の様なモノで、全て繋がっているのだろう。
すべては、荒ぶるモノが創まりだと、考えている。荒ぶるモノと共に在るコトで、その力の恩恵にあやかれるのだと。だから、それ相応の報いは受ける。
荒ぶるモノにとって、国境など無い。この星に、暮らしている以上。
そして、その後始末、祀り直しは、私の仕事となるのだ。
『腕無し仏』
昔から、この土地では、製鉄が行われていた。
戦国時代以前から、盛んに行われていた歴史がある。今も、伝統工芸的な物から工業用品が、造られている。昨今の刀剣ブームもあり、観光面でも注目されている。
あとは、海と山だけの静かな町。
そんな町に、腕の無い仏像が祀られている。平安時代に造られた、子供の背丈程の真鍮製の仏像。腕無し仏と呼ばれ、信仰を集めている。その仏様は、別名・肩代わり観音とも云われ、身体の悪い部分を良くしてもらおうと祈願する。脚が悪ければ、脚を型取った紙や木札を奉納する。治して欲しい身体の部分を、型取りした札を願掛けに使う。
それが、何時の頃から行われているのかは、さだかではない。
腕無し仏は、寺に祀られているのではなく、製鉄にまつわる神社の片隅に、お堂があり安置されている。その事自体は、珍しくはない。廃仏毀釈で、何も考えす、強引に寺や仏像を壊したり、あるいは神社に適当に放り込んだ。だから、移転されたのだろうと云われている。
寺が管理しているのではなく、その神社が管理している。
腕無し仏の由来は、戦国時代まで遡る。その頃は、腕もある普通の仏像だった。
その時代、製鉄を行い、主に刀剣を仕立てる時に、生贄を捧げていた。製鉄に関係する神様は、金屋子神。その神様は唯一、黒不浄・死穢を好む神様。その事から、捧げていたのだろう。大名から注文がある時は、尚更。村の中から、選ばれる。選ばれた生贄は、製鉄の炉に焚べられる。あるいは、溶けた鉄の中に。それは、残酷だった。生贄に選ばれるのは、名誉だとされていたが、村人は怯えていた。命まで取られないとしても、腕や脚を持っていかれる。その人は、村で全ての面倒を見る事になっていた。
戦国時代は動乱そのもの。多くの刀剣が武器として、必要だった。だから、村では定期的に、贄を捧げて刀剣を造っていた。動乱の中、製鉄の村も、重要地点として武士達が護っていたが、それなりの被害を受けた。武士の遺体は、そのまま葬られてたが、村人の遺体は、製鉄の贄として使われた。そんな事が、続いた。さすがに、風習とはいえ、村人達は怯えて、なんとかならないかと、何度も話合っていた。戦乱が終わらないと、贄にされる人数や腕や脚を失う人が増える。そして、職人にも訴えた。
贄を捧げて造っても、意味がないと。このままだと、村そのものが滅びると。
職人も、それは理解していたが、昔から続いていた事、ここにきて辞めるわけには、と言う。そこで、村人達は、村外れの無人寺にある仏像に縋った。
それから、しばらく。村人や職人の夢に、その仏像が出てきて、
『人間を捧げるのではなく、自分を代わりに使え』と言った。
その夢通り、仏像から腕や飾りを取り、焚べた。それで、造った物が上出来だった。
また、職人や村人は夢を見た。
『もう、人間を捧げるのではなく、祈りを捧げたヒトガタの札を、捧げれば、良き物が出来る』
以来、製鉄の時に、ヒトガタの札を炉に焚べるようになった。
祈りを込める、そのコトで、自身を奮い立たせるし、やる気を持てる。願を掛けた祈りをしたから、頑張れる。神仏を通して、眠っている力を目覚めさせる。それで、職人は自信が持て、より良い物が造れるのだ。そこから、数百年。
伝えられている、腕無し仏の伝承。
そのお堂があるのは、金屋子神を祀っている神社の隅である。
廃仏毀釈ではなく、もともと神仏習合が残っていた場所。
探せば、もっと存在しているだろう。そのうち、探しに行くつもりだ。
『峠の食堂』
県境には、険しい峠がある。国道が整備されても、難所として有名。
他にも道はあるけれど、何処も整備が進んでいなく、その国道が一番まともな道だった。
両県でも、県境の道の整備をどうするか議題にはなっていたが、その国道の整備だけで一杯だった。南側と北側には、高速道路が走っているけれど、高速道路までの道が、遠い。
だから、車は、その国道に集まって来て、渋滞も日常だった。
そんな国道の峠には、一軒の食堂があった。その食堂は、ずっと昔からあるという。
国道が、街道だった時代の茶屋が始まりであると、郷土史にある。
国道が整備される前は、寂しい峠超えの道。トンネル計画もあったけど、地質の関係で掘ることが出来なかった。他の道は、整備されても県を越えるには、国道が一直線だとしたら、大きく迂回、カーブの多い道。その国道が、二つの県を繋ぐ道で一番便利が良かった。
国道が整備される時、峠にあった遺跡や社寺、墓地などを、無理矢理撤去するカタチで、道が造られ。そのことから、峠は地元では有名な心霊スポットだった。
峠の食堂、その近くには、この辺りで一番の最凶心霊スポット。トラックやタクシーのドライバーの間でも有名。国道は渋滞が日常だから、峠に行くのに、地元民しか通らない様な林道から行く人が多かった。その林道も、「出る」と有名。
県を越える道は、国道以外にもあるけれど、林道の様な狭い道で上り下りのカーブが多い。
だから、峠の食堂は繁盛している。舗装はされていないけど、駐車場は広い。昭和のドライブインをシンプルにした感じ。コンビニなどが、国道沿いに無いから、皆、峠の食堂を利用している。聞いた話によると、国道が出来た頃には、既に二十四時間営業をしていた。
親族経営らしい。街道だった頃から、代々続いているとか。
何度か、峠の食堂や心霊スポットには行ってみたけど、不思議な感じのする場所だった。
婆ちゃんが以前「あの辺りは、境界。国道を通す為に色々と動かしたから、そういう噂がある。迂闊に近づかない方がいい場所もある。なんの境界かは、言えないが」と、言っていた。婆ちゃんは、心霊スポットなどは嫌っていた。騒がしいとか、荒らされるとかで。
それは、信仰的な事でなく、拝み屋として厄介事を持ち込まれるのが、許せなかったのだろう。斎月家としては、野次馬の後始末はしたくないと、いったところだろう。
地域の神社や無人寺などの管理をしているが、あの辺りは管轄外。婆ちゃんにとっては、関心の無い場所だったのかもしれない。だから、峠の食堂の歴史は知っていても、現実的な話だけだった。私が、視えているモノは、きっと視えていなかったのだろう。
あの峠には、ナニかが在るのは確かだけど、車が無ければ調査は出来ないから、保留にしているのだけど……。
秋葉ゼミに入って、間もない頃の話
まだ『斎月』の名前に抵抗があり、進むべき道も模索中だった。たまには、帰ってこいという、婆ちゃんと唐兄の言葉。久しぶりに潤玲と会いたいと思い、帰省する事にした。
電車でも良い良かったけど、乗り換えが面倒だったので、高速バスにした。
夕方に出発し、翌朝に実家の近くにある、高速バスの停留所に着く予定。
二年ぶりに帰るが、婆ちゃんの小言が気が重い。跡継ぎの話ばかりする。
その頃には、既に女系に出る疾患で手術の予定も入っていた。叔母さんには、相談し同意書のサインも貰っていた。婆ちゃんには、叔母さんから話が行っているけど、直接話すのは始めてになる。それも、気が重い。
バスの乗客は、疎ら。高速バス・夜行バスに乗るのは、始めて。なんだか、陰気な感じがするのは、気のせいなのか、それとも実家に帰るのが嫌だからなのか。
座席に座り、ただ外の風景を見ていた。といっても夜だし防音壁で見えるものは、限られている。二時間おきくらいに、サービスエリアにトイレ休憩に寄ったけれど、何度目からかは、眠ってしまっていたのか、気がつくと暗い道を走っていた。
窓の外を見ると、真っ暗。街灯も他の車も見当たらない。バスの中も、陰気さが増していて、生気が感じられない。バスは、ただ真っ暗な闇の中を走っていた。
異変に気付いたのか、静かだった車内が、少し騒がしくなる。
誰かが、運転手に話しかけている声が聞こえる。
「ここは、何処です、道が違うのでは?」
「それが、解らないのです。ジャンクションを間違えたわけでもないのですが」
会話の意味が、理解出来ない。
何故、一本道といってもいい高速道路から、こんな異常な道に出るのか。運転手が、間違えたとは思えないし、質問からして違和感があった。
「急に、眩しくなって、瞬きをして目を開いたら、この道に」
と、運転手。
「確かに、凄く眩しかったが、トラックがハイビームにしていただけだろう?」
バスの中が、戸惑いの声と会話で騒がしくなる。様子を見ていると、交代の運転手も
「おかしい。何故だ? 何百回と通っているけど、こんな道にでるポイントなんて無いぞ」
なにがなんだか、解らない。でも、バスは止まる事無く走り続けている。
『とにかく眩しかった』それが、運転手含め、バスの乗客達の言葉。
私は、ソレに気づかない程、眠っていたのか?
バスに乗って、車内が思ったより陰気だったこと、外の風景が殆ど見えなかった。車と防音壁ぐらいしか、見えなかった。だから、眠ることにした。その辺りまでの記憶は、ある。
眩しかったという記憶はない。
ー宇宙人に誘拐。ー異世界に迷い込む。
その様な、都市伝説が大学で話されている。それを思い出すが、現実的では無い。
「どこかに止めて、引き返せないの」
女の人の声。
「それが、出来ないのです。なんていうか、勝手に走らされている感じで、操作出来ないのです」
困惑した運転手の声。
「どうして?」
「どうして、このバス以外に、車はないのだ?」
「ここは、どこだ?」
「なんで、真っ暗なの。真っ暗過ぎて、外がどうなっているのか、見えない」
不安と焦りの声。
なんとなく、バスの中が狭苦しくなっている感じがした。
ーこれは、怪異なのか?
そう思った時、灯りが見えた。
「何か見えた。始めて、灯りが見えた」
そう言って、バスは、その灯りに向かって進む。
灯りは、一軒の建物だった。
バスは、まるで導かれる様に、その灯りの建物へ向かい停車した。
「ここは、何処なんだろう。明かりがついているのなら、誰かいるかもしれない」
と、交代運転手が言った。
「あの灯りに行ってみれば、ここが何処か判るかもしれない」
乗客達は、運転手二人に続いて降りていく。私は、どうでもよかったけど、降りなければいけない気がして、バスを降りた。
そこは、暗闇の空間の中で唯一の灯り。そして、建物だった。
ーここは、あの峠の食堂? でも、なんで?
そう思っていると、建物の中から人が出てきた。初老の女性。
初老の女性は、
「遠いところ、大変でしたね。こちらで、少しお休みになると良いですよ」
「よかった、人がいた」
一行は、ホッとしたように、お互いを見る。そして、建物の中へ。
古いけれど、ここは、峠の食堂と似ている。なんていうか、雰囲気とかが?
気は進まなかったけど、ここは歩調を合わせた方が良さそうなので、あとに続いた。
中は、食堂だった。他にも客がいて、席に座り談笑している。バスの乗客達も、席に座り、ようやく一息つけたといった感じだけど、私の違和感は大きくなるばかり。
私は、皆と離れた席に座り、少し探ってみようとしたけれど、闇ばかりで探れなかった。
皆が何を話しているのか、日本語なのに理解が出来ない。不可解だ、違和感が強くなるばかり。そうこうしているうちに、皆の前に、料理が運ばれてきた。皆は、嬉しそうに料理を食べ始めた。私の前にも、一応料理は置かれたが、私は、どうしても食べれなかった。
ー食べてはいけない。これは、食べてはいけない料理。
心の中で、何度も声がした。
ーヨモツヘグイ。黄泉の食べ物。
「黄泉戸喫」
誰かの囁きが聴こえた。
『峠の食堂のある辺りは、境界』
婆ちゃんの言葉を、思い出す。
ー境界といえば、黄泉平坂。
もし、そうだとしたら、ここは。
私は、周囲を見回す。皆、美味しそうに楽しそうにしているけれど、血塗れで服も破れているし、四肢は変な形になっている。
ーここに、いては、いけない。食べては、いけない。
そう思ったら、全身に激痛が走った。
「貴女は、迷い子。戻らなければならない。そして、その使命を見つけなければいけない」
初老の女性は言った。この人、峠の食堂の……。
「いきなさい。戻ったなら、現世の店に食べに来て」
私は、痛みに耐えながら立ち上がり、店を飛び出す。
振り返る、立ち止まるは、禁忌。だから、とにかく走った。
暗闇の中を、直感に任せて。痛みは激しくなり、息も上がる。
それでも、とにかく走り続けた。
戻らなければ。
使命を探さなければ。
どれくらい時間が経ったのか、走り続けたのか解らない。
感覚すら麻痺してきたころ、眩しい閃光と衝撃が全身を襲った。
ーああ、バス、事故ったんだ。
そう思った瞬間、辺りが真っ白になり、突然の視界の変化で目を閉じていた。
しばらくして、目を開く。
そこは、病院だった。病室のベッドの上、点滴とか何かが周りにある。
事故の瞬間の記憶。皆が眩しいと言っていたのは、暴走してきたトラックのヘッドライトの光だった。そこまで考えていると、看護師が部屋に入って来た。
「斎月さん、わかりますか?」
私は、頷く。
ここからさきは、医師や警察から聞いた話し。
私の乗っていた高速バスは、対面通行の区間を走っていた時に、対向車線を猛スピードで走ってきたトラックと正面衝突した。運転手含め、私以外が全員死亡。トラックの運転手は、酒酔い運転。それも、かなりの量を飲んでいたうえに、危険ドラッグの常用者だった。
巻き込まれた車は複数いたけど、死者が出たのはバスだけ。バスは衝撃で、高架下に落ちた。そこが休耕田だったので、人が巻き込まれることは無かった。
私が生還したのは、一番後の座席でシートベルトをしていたからだろうと、見解。
あの暗闇の道は、堺。そして、峠の食堂は、黄泉平坂。
皆が、嬉しそうに食べれていたのは、死者だったから。死者の食事だったから。
息のあった私が、嫌悪するのは、その為。それに『そういう』知識や力があったからだろう。と、婆ちゃん。
怪我は大したことはなかった。身代わり護符は、どういうふうにしたら、その様に壊れるのか不思議な壊れ方をしていたけど。
あれから数年以上。そして、何度も死にかけている。
峠の食堂には、現世でもまだ行けていない。行く時は、あの土地を調査する時だろう。
『厄祓い 厄拾い』
自分自身の厄を祓う方法が、いくつかある。
そのなかに、大切にしている物や身につけている物を、棄ててしまう方法がある。
櫛や鏡、服やアクセサリーなどだ。あとは、人形や置物。
それを、道に特に辻に棄てる、川や海に流す、神社や寺に奉納する方法がある。
奉納された物を、お祓いをし処分したコトは、何度もある。
路地に棄てられた物は、時間とともに厄が散っていくし、ゴミ回収で、そのまま燃やされ浄化されるパターンがある。
道に棄てる時や、川や海に流す時には、誰かに見られてはいけない。
昔からの禁忌。
近年では、ソレは廃棄物遺棄になるらしい。それでも、行う人がいる。
知識がある人は、道に棄てられている物には、厄が憑いていると知っているから、まず触れはしない。ゴミ回収の作業員も、周知の話。
「厄祓いだな」と、機械的に回収するらしい。
そのコトで、作業員に移った厄を祓うコトはなかったけど。
ある神社から、困ったコトになったと、連絡が来た。
厄祓いの為、預かっていた着物を社務所に置いていたところ、その着物が盗まれたということ。その着物は、有名デザイナーが手掛けた一点物。で、数百万はするらしい。
その着物の持ち主は、病気や怪我が続いていた。原因不明の難病にもなり、寝たきりに。
色んな病院を周り、様々な医者にも診てもらったが、治療法が見つからなかった。
彼女は、その着物を大切にしていて、とても気に入っていた。
寝たきり、全身の痛み。息もするのも、苦痛。薬も効かない。
そんな日々を、送っていた。
謎の病に罹り、寝たきり生活が数年続いた。
そんな時、彼女と家族、友人は、厄祓いの方法を知った。
彼女は、藁をも掴む思いで、その着物に厄を封じて神社に奉納した。
それから、徐々に回復していった。
病の厄が封じられている着物、それが盗まれた。
探りを入れたら、病魔が巣食っていた。これを、持っていたり、着たりすれば、その人は病魔に取り憑かれる。
盗まれたのは、神社の落ち度。物がモノだけに。
落ち度と言っても、不可抗力なのだけど。その尻拭いをするのは? と思う。
始めから、神社に奉納される事を知っている人間の仕業だとは、確定しているが。
しばらく、様子を見ようということになった。
落とし物の中には、厄落としで、わざと落とした物もある。それを拾って、自分の物にするのは、その物に憑いている、封じている厄が、その人に取り憑くコトになる。理解出来ないのは、他人の落とし物を自分の物にする事だ。そういう人間を最近、見かけた。
何気なく見ていた、ネットの動画。最近、大炎上している、クレーマーだ。
詳しくは知らないが、なんでも社会問題の活動家らしい。
彼女は、その動画の中で、自慢げに、ガラスビーズのブローチを自慢していた。
ソレを視て、吐きそうになる。
子供と公園に行った時に、息子が拾ったのだと。それを、キレイだからと自分の物にした。
言い訳のように、「捨ててあったから、貰った」とか言って笑っている。
いや、それは違うだろう。
落とし物を、自分の物にしてしまうのって、犯罪だ。
この場合は、厄落とし厄祓いで、ブローチを棄てたのだろう。
かなり、たちの悪いモノがブローチに憑いている。
そのまま、誰にも拾われす、ゴミとして片付けられたのなら、祓えただろう。
だけど、拾い物を自分の物にして、自慢する神経にも、吐き気がする。
理解不能な人間だ。さすが、モンスタークレーマーにして、炎上茶飯事の人間。
吐き気のする厄魔が、ブローチに憑いている。ソレに気づかないのは、すごい。
厄を拾えば、棄てるのは大変。彼女の事を調べ、なるほどと思う。
かなりの悪質人物らしい。そういう人間が、あの厄魔に取り憑かれたら、破滅しかない。
一番関わりたくない人間。
まあ、そういう人間だから、厄魔を拾ってしまうのだろう。
盗まれた着物の行方が、ある筋から情報があった。
モンクレ活動家の女が、盗んだと。
まさか、と思う。
社務所の防犯カメラにも、映っている。
私は、絶対に関わりたくないので、そのコトを伝える。
彼女の様な人間を、私が心底、軽蔑し嫌っている事を知っているので、回収は自分達ですると言ったが、その人達も気が進まない。
ー自滅。彼女が、盗んだ着物と横領したブローチに憑いている厄魔によって、自滅する。
そうすれば、厄魔も霧散するかもしれない。
そんな会話をした。
だから、しばらく様子見をすることになった。
まあ、彼女が自滅しても、誰も困らないだろう。むしろ、モンクレで色々と、謂れのない事で脅迫まがいの事をされていた側からすれば、スカッとするだろう。
厄魔は、人間の負の感情や念を好む。彼女に向けられた念は、厄魔の力を増す。
それは、仕方がない。
ー彼女一家が、自滅したら、回収する。
ソレ、本気で言っているのだろうか?
ー色々と、面倒を起こされた。相応の罰を受けさせたいが、な。
と、なるほど、そちらの方にも、とばっちりが、あったのか。
国家公務員も、大変なんだな。
だから、私は、独りで良いし、他人にはなるべく、関わりたくないのだ。
まあ、胸糞悪い結果だったって話
『一円兄ちゃんから聞いた、恐ろしい話』
憑物は、日本だけでなく世界中に存在する。
狐・犬神・蛇などが、有名。西洋では、特にキリスト教圏だと『悪魔』だろう。
エクソシスト系の映画を観ていると、日本の憑物と症状と似ている。多分、本質的な部分が似ているのかもしれない。
『憑物』は、私の研究テーマでは無いので、そこには触れない。
これは、オカルト研究家でもある医師、一円兄ちゃんから聞かされた話。
ここまで、恐ろしく怖い話は、初めて聞く。
編集部関係から入って来る、どんな話よりも、私は、恐い。
呪詛の類も伝染する恐いモノもあるけど、一円兄ちゃんの話は現実的で恐ろしい。
ある町と町の堺にある山。そこが、心霊スポットで地元の若者や動画配信者が、時々行っては、騒いでいる。そこへ行って、体調を崩してしまったという。
その山は、特に曰くなども無い場所。
高度成長期に、山そのものを公園として整備し、バブルの頃に掛けて、近隣から人が集まっていた。でも、その後は閉鎖され廃墟となった。
山に、神社や墓などは無い。自殺スポットでも、無いけれど。
廃墟と言うだけで、心霊スポットと同一視されている。
廃墟系配信が、にわかオカルト好きが心霊スポットと勘違いする事から、ネット上に広がっていくのだろう。
その場所を配信している動画を見たけれど、心霊とか祟りとかは存在しない。
バブルの遺産という廃墟として見るには、趣きがあって嫌いではないけれど。
その場所へ行った人が、謎の症状で、一円兄ちゃんの病院に入院しているという。
配信仲間うちからネットに拡散して、心霊動画系で盛り上がっている。
その辺りは、編集部でも真偽を議論されているが、そもそも編集部のスタッフは皆んな
『視える』人だから、祟りでは無い事は判っていた。
廃公園に行った人達の中に、『ソノ』症状が出たのは、行ってから一週間程経った頃。
話によると、倦怠感と関節痛や筋肉痛みたいな感じになり、風邪の引き始めなのかと思っていたら、指先などに力が入らなくなり、光が眩しくて仕方がなくなる。そうしているうちに、身体が重くなって脱力。風邪やインフルエンザと似ているけど、陰性。
それで、色々と詳しい一円兄ちゃんのところに運ばれてきた。
一円兄ちゃんは、その人を直ぐに隔離して精密検査。
同じ様な症状で、数人運ばれて来るのが続いた。共通点は、廃公園。
検査結果を待つ間、その患者達は、何かに怯える様に暴れる様になった。
一方、家で様子をみていた人は、毛布に包まって部屋の隅にジッとしていたかと思ったら、叫びながら飛び跳ねる。のたうち回り、身体を反り返す。意味不明な事を口走る。
涎を垂らしながら、徘徊。話しかければ、叫び出す。それの繰り返しが、続いた。
まるで、悪魔祓い系の映画の、悪魔憑きの人みたいだと。
心霊スポットに行った、祟りだと思い込んで怯えていた。
自分にも、その人の初期症状みたいなものが出てきて、パニックになっていたところを、別の友人達が病院に連れて来たという件。
一円兄ちゃんが『そういうコト』に詳しい医者だと知っていたのか、連れてきたの事。
廃公園に行って、一円兄ちゃんの病院に運ばれたのは五人。
全員、同じ様な症状。
ここまでの話だと、あの廃病院の事件を思い出すのだけど。
廃病院の事件は、意図的に病原体を仕組んでいた。
そんな、サイコパスな人間が、まだいるとは思いたくないし。
本当に祟り系なら、話の成り行きで判るけれど、今回は関係ない。
それから、数日後。詳しい検査結果が出た。その後が、物凄く大変だったと。
色々な機関に連絡し、情報を漏れない様に手を回し、家族にも強く口止めした。
そして『念』の為に入院させた。医療スタッフにも、口外禁止にした。
これでもかというほど、徹底的に情報管理をしていたという。
ーそれって、まさか。
と、思ったが、本当だった。
まさか、日本で? と思った。それは、ヤバいどころでは無い。
どれだけ、大変な時間と努力で、ここまで来たのか。
こうなってしまった、経緯を聞いて、開いた口が塞がらないどころか、心底怒りを覚えた。
禁足地に踏み入る人間もそうだけど、それ以上の怒りだ。
身勝手で自己中心的人間は、これほどまでに害悪なのかと思った。
その情報は、樹高さん達からも、入って来て、別の意味で心配された。
先に入って来たのは、樹高さん達からだったのだけど、その時には詳しくは話してはくれなかった。
「ネットで噂となっている、廃公園には行っていないですよね?」と。
その理由を、後に一円兄ちゃんから聞かされたんだけど。
今は、その山そのものが全域封鎖され、色々な機関が関わり調査が始まっていると。
事件の発端は、その山がある町に暮らしている、ある一家からだった。
その一家は、数年前に引越して来た。呼び方はDOQ家としておく。
始めは静かだったし、挨拶する程度。犬を一頭飼っていた。
変だなと町内の人が思い出したのは、犬を多頭飼育を始めたから。
どうも、犬の躾をしていないらしく、吠えまくる。
庭に放し飼い状態で、掃除もしていないのか臭いがヤバい。
珍し犬種は見せびらかす様に、着飾らせて散歩しているが、フンの後始末はしない。
動物病院は、数軒あるのに、犬達の健康診断すらさせていない。
なのに、着飾らせている犬だけは、トリミングに月二回は通っている。
自称愛犬家だった。
だから、近所では要注意。絶対に、自分の飼い犬をDOQ家や犬に近づけない様にしていた。さらに、DOQ家の主婦は、似非環境グループとかに入っていて、何かと五月蝿い。
問題は、そのことだけでは無い。近所の人が恐れていたのは、反ワクチンを謳っている事。だから、多頭飼育しているのに、まったくワクチンを打っていないことだった。
そこから事態は、悪化する。
DOQ家が、どこからか珍しいモコフワな可愛い毛玉の様な動物を飼い始めた。
そのモコフワは、少し前にテレビで紹介され、一気に人気動物になった。
飼育している動物園には見物客が殺到したほど。
ソレを自慢気に抱きかかえて、近所を歩く。
モコフワを連れてきてから、庭の犬達の様子がおかしくなり、真夜中でも騒ぎ喧嘩をする。そんな日が続き、近所から注意され、DOQ家は山に多頭飼育の犬達を捨てたと。
ソレを知った近所の人達は、動物愛護センターや保健所。保護ボランティアなどに、連絡を入れた。
『反ワクチン思想』の人が、飼っていた犬。それを知った、保健所や保護ボランティア達は、慌てて捜索に出た。
その時は、すでに数日経っていた。
犬達を捨てたのは、廃公園のある山。
廃公園に心霊スポットに行った人達は、そこで、ボロボロの犬に噛まれたと。
山の野良犬狩りは、昭和の後期以来なのかもしれない。
犬は、死骸となって発見された以外、見つからなかったのが、幸いだったのかもしれない。
憑物と、狂犬病と破傷風の発作の症状は似ていると思う。
だから、一円兄ちゃんが話しを振ったのだろう。
悪魔憑き・エクソシスト物の映画で、悪魔に憑かれた人が反り返る姿は、破傷風の発作の症状と酷似しているし、外からの刺激・光や風などに過敏になるのも、悪魔憑きで十字架や聖水に対して、その様な反応をする。悪魔祓いで死人が出る事件があるけど、アレも詳しく検査すれば、もしかすれば『破傷風や狂犬病』だったのかもしれないと言う。
それに、吸血鬼や人狼も狂犬病と関係していると。
噛まれると、自身も吸血鬼や人狼になってしまうのも、感染症の視線で見れば有り得る事だと、一円兄ちゃんは力説してくれた。
今より医学が発展していなかった時代に、破傷風や狂犬病の症状が、憑物だと思われて、差別や偏見、中世ヨーロッパでの魔女狩りにも影響を及ぼしたのだろう。
日本の憑物も、現代では精神疾患や感染症が関係しているのではという説がある。
それによる差別は、今も残っている。
その辺りは、民俗学で習う以前にあるべき知識だ。
『憑物=精神疾患』では、ない。その背景は考えるべき事だけど。
私達の民俗学は、その様なコトを考える事ではなく、カミやモノとか霊魂を調べる事。
一円兄ちゃんの話しは、余談と予備知識。それは、一円兄ちゃんも解っている。
この話は、一円兄ちゃんの話。
DOQ家の末路は、そのうち聞かせてもらうつもりだ。
『知り合いのTさんの話』
依月との邂逅から、自身の道を見つける事ができ、ソレを探求し始めた頃の頃。
私は、大学院へ進み、ソレを求めて、全国にフィールドワークに行ったりしていた。
民俗学会後に行われた、交流会という飲み会。その席での事。
「この後、近くにある心霊スポットに行かないか」
と、言う話で盛り上がっていて、仕方なく突き合わされた時の話。
私が、秋葉教授の弟子だという噂が広まっている。その事は、知っていた。
でも、交流会の人達は、私が『視える』人だとは知らなかったらしい。
だから、付き合ったんだけど。
その場所は、噂ではなく『本物』の心霊スポット。
しかも、たちの悪い人間の霊が集まっている場所だった。
話を聞いている時に、既に視えたから、内心、困っていた。
ー私は、人間の霊。幽霊の類は嫌いなのだ。
その場所へ向かったのは、私を含め六人。その中に、彼がいた。
民俗学の研究者とは思えない風貌、バンドでもしているのだろうかという感じだった。
見た目だけで判断すれば、そんな感じの人だった、。
背が高く筋骨隆々な上、スキンヘッド。ファッションも……。そっち系に見える。
凄い存在感なのに、無口なのがギャップ。
ノリノリの提案者達を、遠巻きに見ている感じがした。
仕方なくと、いったワケでもなさそうだし、乗り気でもない。
なんとなく、そのスキンヘッドが気になっていた。
お酒を飲んでいない人が、車を出して向かった。
街中から少し山の方へ向かった場所。山の麓に、その廃墟は建っていた。
話を聞かされた時に、視えていたが、実際の廃墟を見ると
「うげ」と、なってしまった。
たちの悪い、悪霊レベルでは無い。逆恨み・嫉妬・憎悪・執着、人間の負の思考の塊。
ただの幽霊なら、どうってことは無い。
浄化を望んでいるのなら、私は浄化させて輪廻の輪に還してあげるが。
ただ、己の欲望だけで現世に執着し害悪をもたらす霊には、関わりたくない。
除霊は出来るが、とにかく関わりたくない。
私は『カミとモノ』と、人を繋げたいのだ。
だから、神様からの依頼は引き受けるし、神様が神堕ちしてしまった存在を浄化させ、在るべき処へ還す事はする。
だから、幽霊は専門外。と、いうことにしている。
私とスキンヘッドさん以外は、車を停めた場所から、ワイワイ話しながら廃墟へ向かっている。中には、動画を撮影している人もいた。なにが、楽しいのか理解不能。
視えないって、幸せだなと思いながら、仕方なく後に続いた。
スキンヘッドさんは、何度か廃墟に鋭い視線を向けていた。
表情は、無表情。感情とか気持ちが読めない。
だけど、なんていうか、独特の雰囲気。
「早く来いよ」
リーダーを気取っている男性が、こちらを振り返り言う。
私は、思わず
「うっ」と、なる。
既に、霊に乗りかかられていた。
アレほど強い霊に、乗りかかられて平気、気付かない事が、驚きだし羨ましく思えた。
昔に比べたら、悪霊や邪霊にも耐性が出来たけど、やっぱり人間特有の欲望は苦手だ。
ここは、バブル時代から色々あった場所。
そんな場所だから、その系の霊体が集まって来るのだろう。
生きている人間の、欲望とかだけでも嫌なのに、死んでからも、そのままだとは憐れだ。
内心、溜息。のつもりが、実際に大きな溜息を吐いていた。
「ー大変だね」
スキンヘッドさんが、クスクス笑いながら言った。
「とりあえず、皆と一緒に行動しようか」
と、言い、四人の後に続いた。
ー視える人か。
苦笑しているから、多分、皆が気付かないのが、可笑しいのだろう。
彼の後を、歩く。不思議な事に、霊達は彼に近づけないのか、それとも近づけれない様にしているのかは、解らないが。あの独特の雰囲気が、ソレなのだろうか。
無駄に頑丈な上に派手な造りは、昭和バブル期の定番みたいだ。
廃墟に無断侵入は、不法侵入なんだけど、皆、気にしない様子なのが、研究者としてはどうかと、思った。
「ここって、豪華ホテルで温泉とかもあったんだって」
「オーナーの焼身自殺とか、って本当なのかな?」
「心霊スポットって、いうより、ただの廃墟だよなぁ。全然、幽霊がいる気配がしない」
視えない、感じない人が羨ましい。
内装は残っているが、殆ど落書きで上塗りされている。ガラスも殆ど割れていて、風が吹き抜ける度に、不気味な音を立てていた。
物理現象なのに、心霊現象だと騒いでいる。
多分、オカルトヲタクの延長線で民俗学を考えている感じがした。
浮遊霊の類に混じって、何か違う気配がする。朧気な気配。
ここは、小さなリゾート施設だったらしい。ホテルには、温泉やプールの他、小さな遊園地があった。その遊園地は、既に取り壊されている。山の麓だけでなく、山の一帯が敷地だったらしい。だとしたら、まだ残されているのだろうか?
だったら、探してあげないと。そう考えながら、ソノ気配を探る。
無数にいる浮遊霊が、邪魔をする。散らそうと思えば、一気に散らせるけれど。
それをすると、凄く疲れるから嫌だ。
「手伝おうか?」
スキンヘッドさんが言う。彼は『こちら側』なのか?
妙な空気が、私達の間に流れる。
「おーい、早く来いよ」
と、お気楽な四人が呼ぶ。
「寺、何か視えるのか」
スキンヘッドの彼に、問う。
寺と呼ばれた彼は、ニヤッと笑って
「いいや。今のところは」
と答えた。
「なーんだ、つまんない。出るって有名って、聞いていたのに」
同行していた女性が言う。他の三人も、期待ハズレと言った感じ。
周りを無数の浮遊霊に囲まれた上に、覆いかぶされているのにも、気付いていない。
半分以上、憑依しかかっている浮遊霊もいるのに。
ーフツウの人は、これだから。
そう思うと同時に、視えない感じないコトが羨ましく思える。
「まあ、ここは付合うのも仕方ない」
くくくと、笑って、言った。
その後は、適当に話を合わせながら、アノ気配を探っていた。
廃墟探索、そんなコトを始めて数時間。
ノリとテンションは、悲鳴に変わった。
視えなかった浮遊霊が、視えたのだろう。時刻も時刻だし、一番澱みの深い場所だから。
そうなると、もうパニック。
私にとっては、日常なので、ふーんって感じだった。
「寺さん。助けて」
と、もうパニック。
「あーもー仕方ないなぁ」
スキンヘッドを、ポリポリ掻きながら言った。
何者だ。気配がフツウではなく、引き締まった気だったし。浮遊霊をも、近づけない気。
寺さんって、名前じゃなくて、あだ名?
スキンヘッドというと、僧侶なのか? とても、僧侶って感じはしない。
そう考えているうちに、浮遊霊が集まってくる。
私も加勢するべきか、と思っていると。
寺さんは、氣を集中させる。
「破っ!」
と叫んだ。
その瞬間、寺さんを中心に、凄まじい氣が周囲に放たれた。
それを形容すると、寺さんが、眩しい光を放ったと言えばいいのかな。
四人にも、寺さんの放った光は見えたようで、驚いていた。
そして
「さすが、寺さん!」
四人は、寺さんを見つめて感動しているみたい。
「寺さん、凄い。空気がキレイになった」
と、口々に。
凄いのは、解った。無数の浮遊霊を跡形もなく散らしてしまう。
私も、やれば出来るが、疲れる。
なのに、寺さんは、全然、平気そうだ。
ー何者だ。
「寺生まれ、凄い。やっぱり、寺さんは、本物だったんだ」
寺さんを、囲む四人。
「斎月さん、寺さんの事を知らなかったの?」
ぼーっと、見ている私に、別大学の女性が言った。
「全然。知らなかったですよ。何者ですか?」
私が問うと
「寺生まれで、凄い霊感が強い人で、超有名人。知らないって、モグリ?」
四人から、そういう目で見られる。
いや、全然、知らなかったよ。
「寺さん、どういう事ですか?」
と、問うと
「君と同じ。ただ、ベクトルが別なだけ。寺生まれは、本当。無駄に霊感があるから、結果的に、こういうコト、をやらないといけなくなる」
爽やかな笑顔で、答える。
「だろ、寺生まれって、すげーよな」
私は「はあ」としか、言えなかった。
無数の浮遊霊が消えたので、アノ気配が探りやすくなった。
私は、気配を辿る。
「どこ行くの?」
「ー祀り忘れられた神様が、呼んでいる」
と、私は答える。
生きた人間より、幽霊よりも、こちらの方が、私にとっては重要。
静止を無視して、真っ暗な廃墟の中を歩く。
「俺も付合うよ」
寺さんが言って、着いてきた。
四人は、固まって、着いてきているようだったが、私には関係ない。
廃墟の裏手に出た。
草木に覆われた、石造りの祠を見つけた。
「稲荷系だな」
寺さんは、言った。
「ですね。ーお送りいたしますので、私に憑いてください」
祠に向かい言うと、痩せ細った姿で、ボロボロの狐が、私の肩に乗った。
思っていた以上に、痛みが走ったが仕方がない。
「それ、しんどくない?」
と、寺さん。
「別に。これが、私のやり方」
私達が、祠の前で話し込んでいるのが、四人からすれば、不思議だったのだろう。
ヒソヒソと話が聞こえる。
「そろそろ、帰ろうぜ」
寺さんが言ったので、四人は拍子抜けの様な感じで、廃墟を出ていく。
「寺さんって、ただの寺生まれではないでしょう?」
と、問うと。
「寺生まれはホント。曾祖父さんが、修験道の行者で陰陽道の知識とかもあったんだ。
で、俺が生まれた時、生まれた時、素質に気付いたんだろう。ひたすら、修行させられたよ。まあ、楽しい人だったから、苦ではなかった」
やたらと体格が良いのは、回峰行が趣味だからとか。
結局、そこから近場の駅で、別れた。
それから何度か、『寺』さんとは、学会などで会ったけど、特に仲が深まるまでには至らなかった。ただの知り合い。程度。
自分の血筋や力を、気にすることなく暮らせるのは、少し羨ましいと思ったが
「寺生まれと言うだけで、除霊係にされてるんだよな」
と、こぼしていた。
なるほど、寺生まれも大変なんだな、と、思った。