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犠牲にならないでください

 お化けクジラの視線がネメアの方へ向いた。その隙に、体勢を立て直したムパリは空高く羽ばたき、頭上にまきびしを落とした。何か違和感を覚えたのか、そいつはパチパチと目をしばたたく。だが、まだ毒は回っていないらしい。ブルッと首を振ったかと思うと、ネメアに対して大きく口を開き、激流を発射しようとした。


 隣にいたクレタが即座に呪文を唱えて、彼の前方に巨大な盾を召喚する。それが放たれた強烈な水圧を防いでくれたものの、瞬く間に壊れてしまった。ネメアはその様子を見て、ただ盾を召喚して激流を防ぎ続けるには限界があるように感じた。この攻撃は厄介なので、何か対策を考えたい。


 これまでに勢いよく水を発射してくる敵に対してどのように戦ってきたのか、ネメアは思い返した。確か、これまで水に関する攻撃を仕掛けてくる敵には、殴った物を凍りつかせるグローブで戦ってきたはずだ。それならお化けクジラと戦う上でも、そのグローブで起点を作れるかもしれない。


 ネメアはアイテムボックスから急いでグローブを取り出し、一旦腕輪を外して手にはめた。その間に、ムパリがこちらに戻ってきて、次に撒くまきびしの用意を始めた。彼女に、クレタが声をかけた。


「ムパリ、私も一緒にまきびしを撒くわ。二人で手っ取り早く痺れさせないと、どんどん陸に上がってきちゃう」


 そう言って、彼女はお化けクジラを睨み付けた。こうしてやり取りをしている間にも、そいつは優雅に尾鰭をなびかせ、ズシンズシンと前へ進んでいる。冷や汗を一筋垂らして、ムパリは頷いた。しかし、ネメアが二人のやり取りに口を挟む。


「あの、ムパリさんは空を飛べるので大丈夫ですけど、クレタさんは直接お化けクジラに近づいたら危ないんじゃないですか? 砂浜は水に浸かって動きにくいですし、ここからお化けクジラに飛び乗るとしても、激流で攻撃されちゃいますよ」


 彼の意見を聞き、クレタは難しい顔をしながら首を横に振った。


「ネメアちゃんの言う通りだけど、今は身の安全に構ってられないわ。自分が犠牲になってでも魔物から人々を守り抜く、それが私達冒険者の使命よ」


「待ってください! 俺はクレタさんに犠牲になってほしくありません! だから、クレタさんが安全にお化けクジラと戦える作戦を考えさせてください!」


 覚悟の決まったクレタの表情にドキリとし、ネメアは咄嗟に腕を掴んで引き留めた。彼女は「えっ」と目を見開き、時間が止まってしまったかのように動かなくなる。彼は周囲を見渡して、頭をフル回転させた。まきびし、荷車、グローブ、激流、それぞれの点と点になった情報が、一つの線で結びつく。


「そうだ、思いつきました!」


 作戦を閃いたネメアが大きな声を上げ、ムパリとクレタは彼に注目した。彼が作戦の内容を話すと、彼女達はそれに乗ってくれることになった。


 堤防の上に立って、ネメアが呪文を唱え始める。お化けクジラは彼を見やると、ここがチャンスだと言わんばかりに目を細めて、口を大きく開けた。極太の水流が、真っ直ぐに彼へ放たれる。ネメアは後ろに飛び下がって堤防を降りると、それを乗り越えてきた水流を思い切りパンチした。


 拳に強い衝撃と激しい痛みが加わり、全身が打ち震える。その後、指の感覚が無くなった。骨が折れてしまったのかもしれない。だが、痛みを堪えて前方を見れば、お化けクジラの口の奥から堤防の下まで、氷の架け橋がかかっていた。


「クレタさん、今です!」


「えぇ!」


 まきびしの入った荷車を押しながら、クレタが氷の架け橋を全力疾走した。そして、吐いた水が凍らされてしまった事により、閉じられなくなったお化けクジラの口の中へ、荷車ごとまきびしを投げ入れた。


 5秒経って、凍らせた水が溶ける。ムパリが飛んでクレタの元へ行き、彼女の背中を足で掴んで堤防に戻った。お化けクジラはまきびしを飲み込み、それでようやく毒が回ったのか、低い唸り声を上げ、力無く前足を折ってその場に伏せた。

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