化け物が来ました
朝日が昇るよりも先にネメア達は目を覚まして、朝食を取り、お化けクジラと戦う準備を始めた。ネメアは、残り一本になった短剣をロープで腰に巻き付け、ボタンを押すと爪先から刃が出てくる黒い革靴を履き、ズボンのポケットに如意棒を入れた。クレタは念入りにストレッチをしている。
ムパリとパトスは工房へ何かを取りに向かった。ムパリは、内側に円形のガラス管が入っている、銀の腕輪を3つ持ってきた。紫色の液体がガラス管の中で揺れている。パトスは、何かがどっさりと入った袋を乗せて、荷車を押してきた。二人が持ってきた物の詳細が気になり、ネメアは尋ねた。
「ムパリさん、その腕輪は何ですか? それから、荷車の袋には何が入っているんですか?」
「袋の中身はまきびしだよ。あたしが戦う時に使うんだ。このまきびしは相手に刺さった瞬間、体が痺れる毒が注入されるの。パトスが作ってくれたんだ。あたしが持ってる腕輪も、パトスが作ってくれた物だよ。これを身に付けると、30分間魔力を消費せずに魔法を使えるんだって」
ストレッチをしていたクレタが、腕輪を見て「あっ!」と声を上げた。
「その腕輪、もしかして巨木の精霊から貰った薬草で作った薬が入っているのかしら?」
クレタの問いかけに、パトスがこくりと頷いた。彼はお化けクジラの話を聞いた時、彼女から薬草を6本貰いたいと要求していたのだ。渡した薬草を便利な道具へと変えてくれた事に、彼女は感激した。また、ネメアも一緒に感謝した。
「素敵な腕輪をありがとう、パトスさん!」
「俺からも、ありがとうございます!」
ネメアは、ムパリが言っていたパトスの優しさについて分かった気がした。彼は無口だが、相手の事を思いやる気持ちが人一倍強いのだろう。
支度を終えた四人は、家を出て海岸に向かった。早朝の海岸は冷たい海風が吹き付けてきて、鳥肌が立ちそうなぐらい寒い。だが、穏やかな波を黄金色の朝日が照らす景色は、思わず見とれてしまうような美しさだ。本当にこの場所にお化けクジラが現れるのか、疑いたくなってしまう。
しかし、次第に波が荒れ始め、雲行きが怪しくなってきた。遠くから、山のように巨大な影が迫りくる。徐々に見えてきたそいつは、心臓が凍りついてしまいそうなほどおぞましい姿をしていた。
ライオンの上半身に、ぽっこりと膨れ上がったクジラの下半身を持った化け物が、前足で水をかき、尾びれを優雅に動かして、海岸目掛けて前進してくる。大きさは34メートルほどありそうだ。
お化けクジラの凶悪な姿に圧倒され、ネメアは思わずよろめき、尻餅を着いた。クレタが目を丸くして後ずさる。それから大きな声で皆に指示した。
「皆、砂浜から離れて堤防に向かうわよ! じゃないと、押し寄せてきた波に飲み込まれる!」
四人は慌てて砂浜を駆け上がり、堤防の影に身を潜めた。その間にネメアとクレタとムパリは腕輪をはめた。お化けクジラが海岸に到着すると、ザバーンと一気に海水が押し寄せて、砂浜が沈んでしまった。堤防から少し顔を上げて様子を見たネメアは、歯を鳴らして震える。
ムパリは顔をひきつらせながら、夫のパトスに頼みごとをした。
「海岸の近くに住んでいる人達を、今すぐ避難させて。できれば、応援も連れてきて」
彼女の頼みを深く頷いて承知し、パトスは戦いの場から退いた。それを見届けた後、彼女は袋を開けてまきびしを荷車の上に広げ、鳥の獣人の姿に変身した。それから両足の鉤爪でまきびしを掴んだ。
「あたしがお化けクジラを痺れさせる。その後に、クレタとネメアさんは攻撃を仕掛けて」
そう告げると、ムパリは翼を羽ばたかせて、灰色の空に向かって飛んでいった。




