不思議な子供に会いました
ムパリの自宅へ戻って昼食をとった後。彼女と特訓をした空地へ、今度はクレタと共に向かい、武術の稽古をつけてもらった。まずは組み手を行い、クレタはネメアの戦い方を分析した。その結果、彼は身のこなしは軽やかであるものの、強烈な一撃を与える技を持っていないことを見極めた。そこで今日は、飛び膝蹴りを教えることにした。
武術に限らず、短剣や長剣、如意棒などの様々な武器で戦えたり、魔法で戦うこともできたりと、彼は根っから器用なので、飛び膝蹴りはすぐに習得できた。クレタは、彼の呑み込みの早さを褒め称えた。
昼食の時、ネメアが魔法の使い過ぎで鼻血を出して倒れたとムパリから聞き、彼女は体調を心配していたため、今日の特訓は早めに切り上げることにした。彼は自主学習に移ることになった。と言っても、何をやれば良いか分からなかったため、クレタにアドバイスを求めた。彼女は、魔法のコントロールを極めてみたらどうだと提案した。彼はそれに乗った。
クレタはムパリの家に戻り、一人空地に残ったネメアは、地面に胡坐をかいた。魔法のコントロールを極めると決めた時、彼の頭の中にムパリと特訓した時の事が思い浮かんだ。あの時自分は、口で火の玉を召喚する呪文を唱えながら、頭の中で木の根を召喚する呪文を唱えるという、器用な事をやってのけた。それなら、別の魔法を二つ同時に発動することもできるのではないかと思いついた。
火の玉を召喚する呪文を口で唱えて、頭の中で木の根を召喚する呪文を唱えてみる。すると、ひょろひょろとした頼りない火力の火の玉一つと、小さな若葉の芽がぴょこっと地面から顔を覗かせた。あまりにも情けない魔法の効果に、彼は思わず吹き出してしまった。だが、二つ同時に発動する事は可能であると分かったため、一筋の希望が見えた。
それから何度も二つの魔法を同時に発動する練習をした。100回ほど試しただろうか? 火の玉を召喚する魔法も、木の根を召喚する魔法も、どちらも魔力の消費は少ないが、流石に何度も使っていたら汗だくになっていた。もう何の呪文を唱えているか分からなくなってきた頃、突然上から声が降ってきた。
「おにーさん、何してるの?」
「うわっ!?」
完全に自分の世界に浸っていたネメアの意識の中に、外の世界の情報がなだれ込んできた。情報量に目がくらんで、視界に星がちらつく。ぼんやりとした景色の中に、声の主が顔を覗かせた。夜空に浮かぶ星のように煌めく銀色の髪を持っていて、丸眼鏡をかけている。背丈は十歳の子供ぐらいで、男女の判別がつかない。
「大丈夫?」
銀髪の子供の問いに、頬を叩いて頭をしゃっきりさせてから、ネメアはこくりと頷いた。その時、膝の上に柔らかい何かが乗ってきた。そちらに目を向けると、空に浮かぶ雲を生き物にしたような、二匹の小型の生物がいた。小さな耳と尻尾が生えていて、片方は脇腹にスリスリと体を擦り付けてくる。もう片方は「キャンキャン」鳴いた。
「こんにちは冒険者さん。何をしてるのか気になって、つい声をかけちゃった」
子供はネメアの前にしゃがみ込んで話しかけてきた。
「こんにちは。俺は魔法をコントロールする特訓をしてたんだよ。二つの魔法を同時に発動できないかなと思ってね。あの、この生き物は君が連れてるのかな?」
膝の上に乗っかり、ブンブンと尻尾をふる生物をちらりと見て、子供に尋ねた。
「うんそうだよ! この子は僕の飼い犬のオルとロス。その子たち、僕以外にはあまり懐かないんだけど、もう懐かれてるなんて凄いね!」
「アハハ、そうなんだ」
人の家の犬に突然懐かれて、ネメアはタジタジになった。キャンキャン吠えていた方は体を伸ばして、彼の頬をぺろぺろと舐めている。体を擦り付けていた方は、膝の上でどっかりと丸まって、まるで自分の寝床のようにくつろいでいた。
「ねえお兄さん、君が冒険者なら伝えておきたい事があるんだけど……」
先ほどまで無邪気に振舞っていた子供が、声のトーンを落として真面目な顔になった。その場の空気は霜が降りたように冷え、「ヒュッ」と喉の奥が鳴る。目の前の子供が、ただの人間とは思えない、異質なオーラを発しているように感じたのだ。
「お兄さん、船の護衛の依頼をした時、クラーケンに遭遇したでしょ。普段は船なんて滅多に襲わないのに、変だなと思ったよね。実は最近、この島の近海でお化けクジラが現れて、クラーケンの餌になる生き物を全部食べちゃってたんだ。だからクラーケンはお腹を空かせて、君たちが乗っていた船を襲ったんだよ」
ネメアは驚いて、どうして自分の身に起こった事を知っていたのか聞こうとした。だが、唇が石のように重く感じて、開くことができなかった。子供の様子を窺うと、口に人差し指を当てて静かにするよう指示していた。
「今は僕の話を聞いて。お化けクジラは、二日後にアンドロメダ島の海岸にやってくる。上陸されたら多くの死人が出るだろうね。そうなる前に、この事をクレタとムパリに伝えてほしいんだ」
パンと手を叩いて、真剣な顔をしていた子供は表情を緩めた。ネメアは口を動かせるようになっていた。
「君は……いや、貴方は何者なんですか?」
「僕はアイドーネウス、アイちゃんって呼んでほしいな。クレタとムパリには、さっきの話をアイちゃんから聞いたって伝えておいて」
「いやあの、そういうことじゃなくて!」
「君がこのままクレタと行動を共にするなら、じきに僕の正体を知ることになると思うよ」
ろくにネメアの質問に答えないまま、アイは彼にじゃれていたオルとロスを抱き上げて、その場から煙のように消えてしまった。あまりにも消化不良な出来事に、彼はあっけらかんとした。
オルとロスの犬種はポメラニアンです。




