ズルしました
次の日。日が昇ってすぐにネメアはクレタに揺すり起こされて、しょぼしょぼする目を擦りながら外へ出た。そこにはすでにムパリが待っていて、二人は彼女と共にランニングを開始した。ネメアは、クレタとムパリに置いていかれないようにしなければと思っていたが、彼女達はペースを合わせてくれた。
ペースを合わせてくれる理由をムパリに聞いてみると、「朝の内から全力を出しすぎると、その後疲れて動けなくなっちゃうでしょ?だから、加減してあげてるの」と、答えが返ってきた。それを聞いたネメアは、ムパリさんはクレタさんほどスパルタではないのかもしれないと気が緩んだ。
ランニングが終わり、休憩を兼ねて朝食を挟んだ後。特訓をするために、ムパリとネメアは居住区から離れた空き地に向かった。彼女は、エプロンを身に纏った妻の姿から、防具を身に纏った戦士の姿に変化している。袖のない上着を着ているのか、腕は無防備の状態だ。
彼女は靴と靴下を脱ぎ、腕を大きく広げた。すると、両腕は羽毛がびっしりと生えた翼に、両足は鉤爪のある鳥の足へと変化した。助走を着け、髪色と同じオレンジ色の翼を大きく羽ばたかせると、彼女は上空へと飛び立った。
「特訓を始めるよ。準備はいい?」
上から声を掛けられて、ネメアはどうやってムパリに攻撃を当てようか考えた。彼女は今、如意棒を5メートルまで伸ばして、攻撃が届くか届かないかぐらいの高さで飛んでいる。さすがに武術や如意棒で戦うのは分が悪いだろう。ここは魔法で攻めた方が良いかもしれない。
呪文を唱え、ネメアは火の玉を10個召喚した。それぞれバラバラのタイミングでムパリに放ち、防具に当てようとする。しかし、彼女は目にも留まらぬ速さで、流れ星のように空を舞い、風圧で火の玉を消してしまった。炎系の攻撃は通用しないのだと、彼は悟った。
それならば、木の根で一度拘束してから攻撃してみよう。ネメアはすぐに別の作戦を考えて実行した。呪文を唱えて木の根を召喚し、ムパリの足目掛けて素早くそれを伸ばす。今度は、木の根が地面から顔を出した瞬間に急上昇されてしまい、そこまで伸ばすことができなかった。驚異的な反応速度だ。
「ネメアさん、あたしを魔法で攻撃しようとしてるみたいだけど、呪文を口に出さない方が良いんじゃない? だってあたし人間だから、呪文を聞いたらどんな魔法が来るか分かっちゃうよ?」
「あっ、確かに!」
指摘を受け、ネメアはハッとした。魔物は人間の言葉が分からないので、呪文を唱えても警戒されることは無いが、ムパリは人間なので警戒されてしまうに決まっている。つい、いつもの癖でやってしまった。
だがこの話を抜きにしても、彼女は素早すぎて攻撃が当たらない気がする。もしステータスカードに回避という項目があれば、彼女はそれが200に達しているだろう。運良く不意打ちが当たれば万々歳だ。
「俺、ムパリさんに攻撃を当てられるんでしょうか?」
「できるできる! 火の玉が飛んでくるスピード、とっても速くて驚いちゃったもん。それに木の根だって、呪文が聞こなかったら捕まってたかも」
「本当ですか?」
「ほんとほんと!」
おだてられて、ネメアは自信が湧いてきた。お世辞だとしても、美人に誉められるとやる気が出る。不意打ちが当たれば万々歳、それならどうすれば不意打ちできるのか考えてみよう。2分ほどその場で頭をひねり、そして思い付いた。
ネメアは火の玉を召喚する魔法の呪文を、声に出して唱えた。彼が呪文を唱え出した瞬間、ムパリは目を丸くして、「え? あたし、呪文は唱えない方が良いって言ったよね?」と戸惑った。だが、彼が呪文を唱え終わった時、召喚されたのは火の玉ではなく木の根だった。
完全に油断していた彼女は、木の根に片足を絡めとられてしまい、バランスを崩して地面に叩きつけられた。彼は火の玉を召喚する呪文を口で唱えながら、頭の中で木の根を召喚する呪文を唱えていたのだ。この作戦は、呪文を聞けば何の魔法が来るか分かる、人間にこそ通用するものだろう。
まんまとネメアの作戦に引っ掛かってしまったムパリは、起き上がると頬を膨らませた。
「もう! ネメアさんそれはズルい!」
怒ったムパリは全力でネメアの攻撃を回避するようになり、その後彼の攻撃は一切当たらなくなった。彼もあまりに攻撃が当たらないので、意地になって魔法を連発し、鼻血を出して倒れてしまったため、そこで特訓は終わった。




