ぶん投げられます
「高く伸びろ如意棒!」と唱え、如意棒を5メートルに伸ばすと、ネメアはクラーケンの頭から飛び降りた。落下しながら、棒の先端が船首に当たるよう、標準を合わせる。先端が船首に着くと、如意棒がグイッとしなり、その弾みに合わせて彼は飛び上がって、甲板に着地した。
床に落ちた如意棒を拾い上げると、彼はクラーケンを見上げた。そいつは、クレタを捕らえている脚を除いた三本の右脚を持ち上げて、こちらに攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっている。左側の脚は、彼女の飛び膝蹴りで深いダメージを負い、動かせないようだ。
八本の脚全てを動かせるなら勝ち目はなかったが、三本だけならネメア一人でも対処できるだろう。彼は、クラーケンが暴れていたほんの数秒の間に、四本も脚を再起不能にしたクレタを、やはりとてつもない実力者だなと、尊敬した。
そんな彼女を助けるためにも、今ここで自分が頑張らなければならない。如意棒を160センチに縮めると、倒れている四人の船員とルーゴに盾を召喚するため、呪文を唱え始めた。四方に召喚するのは大変なので、ひとまず前方にだけ召喚することにした。
ネメアが呪文を唱え始めると、ここが好機とばかりに、クラーケンが一本の脚を丸めてパンチを繰り出してきた。彼は如意棒を野球のバットのように構えて、パンチを打ち返す。横から打撃を与えられた脚は、ブルンと震えて拳がほどけた。
一度攻撃を防がれただけでは、クラーケンは物怖じしない。今度は三本の脚を丸めて同時にパンチしてきた。彼は横を向いてジャンプし、一本目の脚を踏みつけると、如意棒を真っ直ぐ振り下ろし、残りの二本を甲板に叩きつけた。
またもや攻撃を防がれ動揺したクラーケンは、三本の脚を自分の元に引き寄せると、思案するように動きを止めた。その間に彼は呪文を唱え終え、四人の船員とルーゴの前方に、大きな盾召喚することができた。倒れていた彼らは立ち上がり、弓を構える。ルーゴが彼に話しかけた。
「早々に倒れちまって不甲斐ない。ネメアくん、オイラ達を守ってくれて感謝するよ」
「どういたしまして。俺はこれから、クレタさんを助けに行きます。その時、クラーケンが暴れるかもしれないので、気を付けてください」
「あぁ。ネメアくんも、気をつけてね」
ネメアはこくりと頷くと、如意棒を5メートルの長さに伸ばして、助走を着けた。走っている間、ネメアは頭の中で、火の玉を召喚する魔法の呪文を唱えた。如意棒の先端を床に突き、高く飛び上がって、クレタを拘束している脚にしがみつく。
それと同時に、彼の両手から火の玉が産み出され、クラーケンの脚がジリリと焼けた。拘束が緩められ、クレタが脚の中から飛び出す。脱出した彼女は、クラーケンの右目を殴り付け、失明させた。
海面に、四本の脚がバチャンバチャンと叩きつけられる。脚に掴まっていたネメアは、その衝撃で手を離してしまい、たちまち海に沈んだ。気孔に水が入り、ガボゴボと噎せる。反射的に目を瞑っていたため、彼は何が起こったのか分からず、混乱して手足をバタつかせた。
そんな彼の手を、誰かが優しく握って落ち着かせた。目を開けると、そこにいたのはクレタだった。
彼女は彼の腕を引いて、一緒に水面から顔を出した。その時、甲板から悲鳴が聞こえてきた。二人が慌ててそちらに目を向けると、四本の脚がアール号の底を掴み、徐々に持ち上げようとしている所だった。
船は重く、持ち上げるには相当な力が必要なので、クラーケンが船本体を襲うことは滅多にない。だが、クレタに散々身体を傷つけられ、ヤケクソになったこのクラーケンは、火事場の馬鹿力で船をひっくり返そうとしているのだ。
ネメアは全身に鳥肌が立ち、クレタは目付きが険しくなる。
「速く止めを刺さないとまずいわね。ネメアちゃん、ちょっと乱暴な事するけど、許してちょうだい」
「えっ!?」
クレタはネメアの胴体を持ち上げると、船首目掛けて放り投げた。彼は「うわぁぁ!!」と叫び声を上げながら、何とか手すりに掴まり、甲板へ這い上がった。甲板では船員達が、クラーケンの動きを止めようと、必死に矢を射ち続けている。
しかし、船を持ち上げている脚の内の一本が握り拳へと変わり、船員達に向かって放たれた。ルーゴと老人の船員は避けることができたものの、他の三人には命中してしまった。ネメアの召喚した盾が壊れて、散り散りに倒れてしまう。
その様子に、ネメアは急いで置いてきた如意棒を探した。如意棒は、船に角度がついたため、コロコロと下に転がっている。彼がそれを回収するために走っていた時、クレタも甲板に上がってきて、回収し終えた所で声をかけられた。
「ネメアちゃん、私が貴方をクラーケンの方へ飛ばすわ。だから、その如意棒で止めを刺して」
指示を受け、ネメアはクラーケンの頭上を突こうとして失敗した事を思い出し、首を横に振った。
「無理です。俺の攻撃じゃ威力が足りません」
「今度は頭じゃなくて、左目を攻撃すればいいわ。眼球なら頭よりも柔らかいし、脳と繋がっているもの」
「なるほど!」
アドバイスを受け、ネメアは納得した。
クレタは彼を肩に担ぎ、北風のように甲板を走り抜け、船首で大ジャンプした。クラーケンと目が合った瞬間、ネメアを空中へ放り出す。
「高く伸びろ如意棒ー!!」
大声でそう叫び、ネメアは5メートルに伸びた如意棒を、クラーケンの左目に強く突き刺した。眼球がグシャリと潰れ、如意棒が脳天まで突き刺さる。そいつは絶命し、下についた口から墨を吐いて、海を黒く染め上げたのだった。




