誰かいるんですか?
セイレーンと双子の目が合う。そいつは目を細め、こっちへおいでと手招きしてきた。双子はそれを見てパッと顔を輝かせる。だが、セイレーンの誘惑に従ってはいけない事は理解していたため、二人は首を横に振って断った。
すると今度は、胸に手を当てて歌い始めた。最高のテクニックを持つ演奏者が奏でる、最高級のバイオリンの音のような、体の内から震え上がるほど美しい歌声が響き渡る。双子はすぐさま耳を塞いだが、指の隙間を縫って入り込んでくる音に、瞬く間に魅了されてしまった。
その歌はまるで、夜泣きする赤子をあやす、母親の愛情に溢れた子守唄のようであり、失恋したうら若き乙女の、傷ついた心のような悲壮感もあって、初めて聞いた歌なのに、昔から知っていたかのように耳に馴染んだ。
セイレーンの歌声を聞いてしまったのは、双子だけではなかった。クレタと交代で夜の見張りを始めたネメアの耳にも、その音色は届いていたのだ。
彼は、不意に頭がボーッとする感覚に陥り、こくりと首が下へ傾く。その反動でハッと我に帰り、それからセイレーンがアール号の近くにいることに気がついた。
セイレーンは、自分から近づかなければ襲われる事はないので、この場で待機していればいいだろうと判断した。これ以上歌声を聞いてしまわないよう、四つ葉のペンダントを握りしめてアイテムボックスを召喚し、そこから耳栓を取り出した。
耳栓をはめ、これで一安心だと思ったが、彼は違和感を覚える。セイレーンは意味もなく歌う事はない。だが、自分を海に引きずり込むために歌っているのであれば、声の聞こえてくる場所が遠い。
そこで彼はハッとした。甲板に、自分以外の誰かがいる。そして昼間に話した双子の顔がすぐさま思い浮かんで、血の気が引いた。
歌声を近くで聞いていた双子は、次第に洗脳されて目の輝きがなくなり、手すりの上から立ち上がると、海へと飛び込んだ。岩場にいたセイレーンが、歌うのをやめて海に潜り、双子を両脇に抱えて海の底へ連れ去ろうとする。
その時、セイレーンの視界が真っ白な光に包まれた。駆け付けたネメアが、魔法で大きな光の球を産み出し、目眩ましさせたのだ。眩しさに怯んだそいつが、双子から手を離した隙に、彼は海へ飛び込んで、彼女達の腕を掴み、自分の元に引き寄せた。
ひとまず、双子を船の上へ避難させてやりたいが、服が水を含んで重くなっているし、両手が塞がってしまうので、二人同時にそれをやることは難しいだろう。彼は呪文を唱えて木の根を召喚し、集中して魔法で操りながら、それを手すりと片方の子の腹に巻き付けた。
片手が開いたので、彼は弾みをつけて飛び上がると、手すりを掴んで船の胴体を蹴り上げながら甲板に戻った。片腕で抱えていた子を仰向けで寝かせてやり、木の根を巻き付けていた方の子も、それをほどいて隣に寝かせてやった。
回復魔法をかけ、寒くないよう、アイテムボックスから取り出した外套をかける。首筋に手を当てて、生きているか確認すると、脈は正常に動いていた。良かった、無事に助けられたようだ。
しかし、問題は片付いていない。視界を取り戻したセイレーンは、せっかくの獲物を奪われた事に怒り、鼓膜が破けそうなほどうるさい金切り声を上げた。ネメアは応戦しようと、ズボンのポケットから如意棒を取り出す。
そこへ、鍋を持ったクレタが現れた。一連の騒ぎを聞き付け、部屋から出てきたのだ。使い物にならなくなってしまうことを気にせず、鍋の底をガリガリと引っ掻いて、不快な金属音を立てる。それを聞いたセイレーンはたちまち悲鳴を上げ、淡麗な顔を醜く歪めながら、海の底へと帰っていった。




