気持ちが分かりません
視界が暗くなったかと思いきや、すぐさま目が覚めたことに困惑し、彼女は首を傾げる。だが、それが地面に伏しているネメアのおかげだと気がついて、歓喜の声を上げた。
「ネメアちゃん、遠距離から回復魔法を打てるようになったわ!!」
肩で息をしているネメアは、それを聞いてハッと顔を上げた。火口湖の精霊十体は、指をパチンとならして、火山ガスの発生を止める。
「よくやったわねぇ、ネメアちゃん。おめでとう」
火口湖の精霊はそういうと、十体の分身が一ヶ所に集まって合体し、元の大きさに戻った。そして、倒れているネメアの脇に腕を通して立ち上がらせると、ギュッと抱き締めた。できたてのスープのような温かさが、彼を包み込む。回復魔法をかけてくれているようだ。
彼は、自分を抱いている彼女の大きな胸が、ぐいぐいと押し当てられていることに顔を赤くした。戦いで溜まった疲労が溶けていくようだ。しかし、顔を少しに横に向けると、クレタと目が合って気まずくなった。なんだか、浮気をしている気分だ。
名残惜しいが、このままの状態をクレタさんに見せ続ける訳にはいかない。そう思い、呼吸が整うぐらいまで回復すると、ネメアは火口湖の精霊の体を押しやって、腕の中から脱した。
「火口湖の精霊さん、ありがとうございました。もう大丈夫です」
「あら~、ほんとに? 遠慮しなくてもいいのよぉ」
「本当に大丈夫です!」
額に汗をかきながら、ネメアは言い張った。その様子に彼の心中を察して、精霊はクスリと笑う。
「健気ね、ネメアちゃん。本当は、クレタちゃんとただの師弟関係じゃないんじゃないのかしら」
「そうだったら嬉しいんですが」
ネメアは苦笑した。可愛がられているとはいえ、クレタから恋愛感情を向けられているのかは分からない。からかわれているだけかもしれない。自信を持って、ただの師弟関係ではないと、断言できなかった。
煮え切らない返答をした彼に対し、精霊は「ふーん」と興味深そうに相槌を打った。だが、それ以上は追及せず、今度はクレタへ話しかけに行った。
「クレタちゃんの要望通り、ネメアちゃんの回復魔法を鍛えてあげたけど、これで満足かしら?」
「えぇ、大満足よ! ありがとう、火口湖の精霊さん」
「良かったわぁ。それじゃあ私は、また眠りにつくわ。ご用があれば、また呼んでちょうだいねぇ」
優しい笑みを浮かべ、火口湖の精霊は火口湖の方に吸い込まれていき、姿を消した。クレタは再度感謝を伝えると、ネメアの元に向かった。
「ネメアちゃん、遠距離からの回復魔法を使えるようになって、おめでとう。それから、私を助けてくれてありがとう」
彼女はネメアの右手を両手で握りしめた。そしてやんわりと目を閉じると、頬にキスをした。唇の柔らかい感触を覚えた彼は、飛び上がって仰天する。
「ふぇっ!? えぇぇぇぇぇ!?」
「フフッ、これはお礼よ」
目元をほんのりと薔薇色に染めながら、彼女は微笑んだ。彼は頭が真っ白になって、しばらく口をパクパクさせていたが、意識を取り戻すと深く頭を下げた。
「こ、こちらこそ、ありがとうございます!!!」
クレタさんが俺を構うのはからかっているだけ、というネメアの疑念は吹き飛んだ。これはもう、脈ありと言っても良いのではないだろうか?
しかし、柔らかい表情を浮かべていたクレタは、次の瞬間には普通の顔に戻っていた。先ほどまで、乙女の顔をしていたのに。
そもそも頬へのキスは、家族間や友人同士なら、挨拶として行う人もいる。クレタさんはやけに積極的だから、そもそものパーソナルスペースが狭いのかもしれない。やはり彼女の気持ちが分からないなぁと、ネメアは首を傾げた。




