当たってますよ……
洞窟の中は湿っぽく、岩肌からは水が滴り落ちている。一寸先も分からない暗闇は、常人なら恐れをなし、すぐに撤退したくなるほどだ。しかし、もう随分と長く冒険者をやってきたクレタとネメアは、この程度では何も感じなくなっていた。
ゴツゴツとした岩の地面はじっとりと濡れており、走ればたちまち転んでしまう。ネメアは光の球で足元を照らし、慎重に前へ進んだ。一方クレタは、自分の目の前を照らして、下を向くことなくスタスタ歩いていく。
二人の距離はどんどん離れていき、十五分後には、四メートルもの差ができてしまった。辛うじてお互いの姿が確認できるものの、ぼんやりとした人形のシルエットが浮かんでいるぐらいでしかない。
ネメアは、このままでは置いてけぼりになってしまうと思い、クレタに声をかけた。
「クレタさん速いです! ペースを落としてもらえませんか?」
「あら、ネメアちゃんこそ、もっと速く歩いたら? ここは弱い魔物しか出てこないから、修行には物足りないんでしょ。だったら、そんなにビビらないで、先へ進めばいいじゃない」
自分が洞窟に入る前に言った事をなぞりながら、軽く挑発されて、ネメアはぐうの音も出なかった。それに、薬草採取の時に察していたが、クレタは基本的にマイペースな人なので、頼んでみるだけ無駄だったと、溜め息をついた。
光の球を顔の前より少し下の辺りに移動させ、ネメアは歩幅を大きくして歩いた。すると、時々躓きそうになるが、断然速く進めて、あっという間にクレタに追いついた。
横に並んだ彼に、彼女は話しかける。
「ほら、あんなに慎重にならなくて良かったでしょう。変にちょこちょこ歩くよりも、しっかり地面を踏みしめて大きく歩いた方が、踏ん張りが効くのよ」
「そうなんですね、勉強になります」
ネメアは相槌をうった。
その時だった。二人の前に、天井に張り付いていたウォータースパイダーが落ちてきた。ウォータースパイダーは、見た目は普通の蜘蛛と変わりないが、人の頭ぐらいの大きさがあり、背中には水色の幾何学模様がある。
ウォータースパイダーはクレタに向かって、口から糸を吐いた。咄嗟に、ネメアが彼女の前に出て、代わりに攻撃を受ける。彼の腹当に、ネバネバの糸が張り付いた。
それを左手で引きちぎり、右手で殴って氷の塊をつくると、ウォータースパイダーの頭めがけて投げつけた。攻撃は見事に命中し、ウォータースパイダーは洞窟の壁へと避難して、一目散に奥へと逃げていった。
ちょっとした騒動が終わると、ネメアは背後にいたクレタに抱きつかれた。
「ありがとうネメアちゃん! 女の子をきちんと守れるなんて、いい男じゃない!」
「いえいえ。ただ反射的に、体が動いただけですから」
誉められたネメアは満更でもなさそうに鼻を伸ばし、耳を赤くした。そして何よりも、背中に押し当てられた柔らかさに、多幸感を得た。




