戦えるのは俺だけです
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毒ガスが蔓延するヒュドラの周囲に、ネメアは足を踏み入れた。彼が来たことに気が付いたそいつは、3本の首を彼に向けて伸ばし、首を巻き付けて拘束しようとしてきた。3本の首はそれぞれ、左足、右腕、胴体を狙っている。彼は倒立して体を逆さまにすることにより、それぞれの首の狙いを狂わせて、そのまま前転して拘束を避けた。すると、着地した先には別の首が待ち伏せしており、彼は背筋がゾッとした。
咄嗟の判断で、彼は待ち伏せしていた首の顔面に火の玉を当てた。攻撃に怯み、その首は奥へと引っ込んだ。それを見て彼は一安心したが、チラリと後ろを振り返り、先ほど避けた三本の首がまだ自分を拘束しようと迫ってきているのを見て、慌てて立ち上がった。前方に向かって走ると、5本目の首がにゅっと伸びてきた。彼は高くジャンプしてそれを飛び超える。
地面に足が付く直前、6本目の首が下から彼を狙って伸びてきた。彼は瞬時に火の玉を顔面に当て、拘束を回避することに成功する。今度は7本目の首が上から狙いを定めて伸びてきたが、地面に体を付けて横に転がり、上手く逃げる事ができた。
身体能力と火の玉を駆使して、ネメアはヒュドラの周りをぐるりと一周する事ができた。この調子でヒュドラの周りを走り、注意を惹き続けていれば、クレタとケネイアが安全に攻撃を仕掛けることができるだろう。まだ中央に2本首が残っているが、それらは伸ばしてもこちらへ届かないので、気にしなくても良さそうだ。
ネメアがヒュドラ周回の二周目に入ったタイミングで、クレタとケネイアは攻撃を仕掛けに出た。ネメアが一度避けた後、彼の背中を追って伸ばされ続けている首を、クレタは強く蹴り上げて、怯んだ所をケネイアが長剣で切り落とした。首が再生してしまう前に、ヒュドラから離れた位置にいるキャンサが呪文を唱え、火柱を出して切り口を焼いた。
ヒュドラは4人の連携になすすべもなく、首を5本失った。討伐完了まであと少しだ。しかし、人間には限界がある。蔓延している毒ガスを吸わないよう、ネメアは息を止めてヒュドラの周りを走り続けていたが、苦しさを感じ始めていた。召喚しておいた火の玉も使い切ってしまっている。体制を整えるため、彼はクレタとケネイアに前線から一度退くと目線で合図を送り、離脱した。彼女達もまた、彼に続いてヒュドラの元から素早く離れた。
ネメアは深呼吸を何度か繰り返し、頭の中で呪文を唱えて火の玉を4つ召喚した。大きく息を吸って肺に酸素を溜め込み、また囮になりに向かう。その時、ヒュドラがとんでもない強硬手段を取った。なんと、毒を吐けない中央の首2本の頭を、残った外側の首2本が噛み千切り、飛ばしてきたのだ。
重いヒュドラの頭が直撃すれば、確実に骨が折れるだろう。当たり所が悪ければ死んでしまう可能性もある。だがネメアは、予想だにしなかった攻撃に戸惑い、体が固まって動くことができなかった。
そんな時、クレタとケネイアが前に飛び出し、彼を攻撃から庇った。彼女達の頭にヒュドラの頭が激突してしまう。
「ギャッ!!」「グワッ!!」
二人は地面に倒れて気絶し、頭から血を流した。
「クレタさん、ケネイアさん!!」
ネメアが叫び声を上げる。3人と離れた所にいたキャンサが駆けつけた。
「二人は私が回復魔法をかける。だからネメア君は、まず首を火の玉で焼いて!」
「は、はい!」
言われるがまま、ネメアは頭が無くなった中央の首2本に火の玉を飛ばして、根元を焼き尽くした。キャンサはクレタとケネイアの周りに盾を召喚し、攻撃が当たらないようにしてから、回復魔法の呪文を唱え始めた。
今、ヒュドラと戦えるのはネメアだけだ。彼は気絶した際にケネイアが落とした長剣を拾い上げ、肺に酸素を溜め込み、ヒュドラに立ち向かっていった。1本の首に長剣の刃を突き立てる。そいつの首はとても固く、剣を握っている手がビリビリと震えた。それでも刃を奥へ進めようとすると、攻撃していないもう片方の首が、背中に噛みついてきた。
「イッッッッ!」
背中に焼けるような痛みが走る。彼は思わず剣を離してしまいそうになった。だが、歯を食いしばって痛みを堪え、腕により力を込めた。
「うぉぉぉぉ!!」
精一杯の力で剣を振るい、まずは1本、首を切り落とした。すかさず、火の玉で切り口を焼く。ネメアは、こんなに硬い首をバッサバッサ切り落としていたケネイアの凄さを思い知った。
続けて、彼は自分の背中に噛みついている首の頭を鷲掴みにし、無理やり牙を抜くと、空いた口に剣を突き刺して喉を潰した。それから先ほどのように全力で剣を振るい、首を切り落として切り口を火の玉で焼いた。こうして、彼は自分を追放したアレス達が成し遂げる事の出来なかった、ヒュドラ討伐に成功したのだった。