大惨事です
ネメアに回復魔法をかけられたキャンサは意識を取り戻し、目を開けた。彼女はフラフラと立ち上がると、亡霊のような顔でぼそぼそと呟き始めた。
「どう、しよう……ヒュドラ、町の方に行って……あの人達、追って行ったけど……あの人達じゃ……」
キャンサはガクガクと震えた。ケネイアが彼女の背中を優しく撫で、落ち着かせる。
「大丈夫だ、ゆっくり事情を話してくれ。私達が来るまでに、何があったんだ?」
「ケネイア、クレタ、ネメアくん……お願い、助けて……」
三人の顔を見回し、掠れた声でそう言うと、キャンサは深呼吸して心を落ち着かせた。それから三人がここへ来るまでに何があったのか話し始めた。
「私、アレス達とヒュドラ討伐をしていたんだけど、失敗しちゃったんだ。それで、私がアレス達を回復している隙を突いて、ヒュドラが町のある方角へ逃げちゃった。私はアレス達を回復して力尽きたから、その後どうなったかは分からない。ヒュドラが町を襲う前に、アレス達が倒してくれてると良いんだけど、あの人達じゃ無理だと思う」
「そうか、話してくれてありがとう。まだ動けるか?」
「うん、軽いサポートならできると思う」
キャンサが仲間に加わり、四人はヒュドラが逃げた方角にある町を目指した。泥に足を取られてしまわないよう、キャンサが魔法で地面を硬化させて一本の道筋をつくり、そこを走っていった。
町に近づくに連れて、いくつもの悲鳴が聞こえてくるようになった。四人に鋭い緊張が走る。辿り着いたその場所は、人々の血と恐怖に満たされていた。道端にはヒュドラに食われた人々の死体が転がり落ち、生き残った者達も震えながら泣き叫んでいる。既に大きな悲劇に見舞われてしまった町の様子に、四人は絶句した。
「あぁ、どうしよう、間に合わなかった……」
キャンサは膝から崩れ落ちそうになる。クレタとケネイアが彼女の両脇に行き、腕を抱えて体を支えてやったが、彼女達も顔から血の気が引いていた。ネメアはあまりにも残酷な光景に強い不快感を覚え、吐き気を催した。
「ヴッ、ヴヴッ、酷い、あんまりだ。あいつらは何をしていたんだ」
吐き気を喉の奥へ押しやり、ネメアは頭の中で思い浮かべたアレス達の姿を思いきり睨みつけた。
「早くヒュドラを倒しに行きましょう。これ以上犠牲者を出さないためにも」
シンと冷たく筋の通った声でクレタがそう言い、皆、戦いの覚悟を決めた。キャンサは背筋を伸ばして自分の足で立ち、ケネイアは鞘から長剣を抜いて、ネメアはアイテムボックスから、魔力のステータスを一時的に2倍に増やせる薬草を取り出した。彼は今回、魔法を主に使うことにしたのだ。
ヒュドラと戦う前に、四人はそれぞれの役割を確認することにした。クレタは武術でヒュドラの喉を潰し、毒を吐けないようにする。ケネイアは首を切り落とす。ネメアは首を焼き切ったり、回復魔法をかけたり、ヒュドラの注意を惹きつけたりする。そしてキャンサが、町の人々に危害が及ばないよう魔法で守ると、自ら役割を申し出た。
確認を終えた瞬間、新たな甲高い悲鳴が町に轟いた。声が聞こえてきた方向に目を向けると、ヒュドラが猛毒のガスを撒き散らし、首や尻尾を振り回して建物を破壊する姿が見えた。四人は互いの顔を合わせて頷き、そちらへ駆けていった。