悟りと絶望
今回はアレス視点の話です。
ネメアとクレタが、馬車に乗ってケネイアの住む港町に向かっている頃。アレスの率いるパーティもまた、馬車に乗り、ヒュドラの住む沼地へ向かっていた。
彼らはネメアをパーティから追放した後、碌な戦績を残せていないため、焦燥感に駆られている。今まで楽に倒せていたはずのAランクパーティー向けの魔物に苦戦を強いられるようになり、ネメアを追放するべきではなかったと後悔の念が湧いてきたのだ。今回はその思いを払拭するために、一度負けてしまったヒュドラに勝利し、自分達の判断は正しかったと証明しようとしている。
リーダーのアレスが、鼓舞するように仲間達へ語り掛けた。
「今度こそ、ヒュドラを倒して俺達の強さを証明するぞ!」
アレスの言葉にセレーネが、縦長の瞳孔を真ん丸に開き、白いしっぽを膨らませ、興奮した様子で同調した。
「もちろん! ネメアなんかに負けてらんないんだから!」
口角を上げ、アテネは自信満々に話した。
「今回はしっかり装備を揃えて対策を整えたのよ。絶対にヒュドラを倒せるはずだわ」
アレスとセレーネとアテネは、打倒ヒュドラ、もとい打倒ネメアを志して熱気に包まれた。
一方、後から仲間になったキャンサは、やはり彼らを冷めた目で見ていた。再びヒュドラの討伐依頼を受けるなら、装備を整えてからの方が良いと助言したのは彼女だった。アレス達は性懲りもなく、何も準備をせずにヒュドラ討伐に行こうとしていたのである。
キャンサは彼らを友人が営む武器屋へ連れていき、ピッタリ合う装備を見繕ってもらった。おかげで、アレスは毒を防ぐ効果がある兜を被り、セレーネは金属でできた鋭い付け爪を装備し、アテネは羽織ると魔物から姿が見えなくなるマントを身に纏っている。これで、以前討伐に行った時よりはマシになっただろう。
ヒュドラは魔法で眠らせているため、先制を取ることができる。アレス達は冒険者に必要な協調性が欠如しているものの、今度こそ討伐できると信じたい。逆に、できなければ不味い。魔物を眠らせる魔法は、一体につき一回しか効果がないのである。
次世代の強い冒険者を育てるのが目的で冒険者をしているとはいえ、今回は全力で支援した方が良さそうだ。例え、アレス達に自分の正体を明かす事になったとしても、ヒュドラを野放しにして町の人々に危害を加えさせる訳にはいかない。キャンサはそう考え、緊張感が高まった。
4日間の馬車での移動を終え、アレス達はヒュドラの住む沼地へ到着した。ヒュドラは体を丸めて静かに寝息を立てている。今回はアテネが魔法で一気に全ての首を切り落とすのではなく、アレスとセレーネで一本一本慎重に切り落とし、そこをアテネが魔法の炎で焼ききるという作戦に変えた。この作戦を考えたのはキャンサだ。彼女は回復魔法を使うことを任されている。
まずはアレスとセレーネが、ヒュドラを起こさないよう慎重に近づき、アレスは長剣で、セレーネは金属の付け爪で、一本の首を両端から同時に引き裂いた。
その瞬間、ヒュドラはギャオオオオン!! という獰猛な咆哮を上げて起き上がった。アレスとセレーネはその場から離れ、アテネが魔法で火柱を出してヒュドラの首を焼ききった。まずは一本、首を無くす事に成功した。
残った17本の首が、アレスとセレーネの方を向いた。ヒュドラが頭を下げて口を開けるのを見ると、セレーネは息を止めてジャンプし、そいつの首に飛び乗って、アレスは首の下に潜り込んだ。
ヒュドラの17の口から、毒のブレスが放たれる。アレスは兜のおかげでそれが全く効かなかったが、セレーネは肌に痺れるような痛みを感じた。しかし、それが逆に彼女の闘争心を煽った。彼女はニヤリと笑って一本の首を引き裂き、大きな傷を付けた。危険を感じるほど力がみなぎってくるというのが、彼女の役職のバーサーカーの特徴だ。
セレーネが傷を付けた首を、アレスが下から剣を振り上げて切り落とした。セレーネは首の上から飛び降り、アレスは首の下から出ていく。彼らが退避すると、アテネの放った魔法の火柱が、首の切り口に命中した。これで、残りの首は16本だ。
アレス達の戦いぶりに、キャンサは大きく安堵した。地道ではあるが、この調子で行けば確実にヒュドラを倒せるだろう。
毒ガスが消えるまで危険なため、セレーネがアテネとキャンサのいる安全圏まで、四足歩行で走ってきた。すると彼女は、こんな事を言った。
「キャンサの提案した方法、確かにヒュドラの首を絶対に減らせるけど、地味すぎてつまんな~い」
セレーネの発言にギョッとして、キャンサは背筋が凍りついた。さらに、アテネがセレーネに返した言葉によって、頭が真っ白になってしまう。
「そうね。私もそう思ってたところ。強力な魔法で一斉に首を散らしたいわ。キャンサ、あんたが魔法で首を焼きなさい。それぐらいできるでしょう?」
「え…………?」
全身から血の気が引いていき、キャンサはぐらりと目眩がした。この人達は何も学習していない。ファイヤースネークを討伐しに行った時、考え無しに敵陣に突っ込んで、痛い目に遭ったというのに。
毒ガスが引いた後、セレーネがアレスに、作戦を変更しようと伝えに行った。それは、各々自由に首を切り落としまくろうというものだった。当然、野蛮な彼はそれに賛成してしまった。
アレスは毒が効かないのを良い事に、片っ端から剣で首を切り落として、セレーネも滅茶苦茶にあちこちの首を引き裂きまくった。そこに、アテネが魔法で無数の光の矢を降らせてしまい、もう滅茶苦茶である。
キャンサは必死で呪文を唱え続け、彼らの切ったヒュドラの首に火柱を当てた。だが、アレスもセレーネも縦横無尽に動き回るので、彼らを避けて火柱を出すと、焼ききれない首が出てきてしまった。とどめに、アテネの光の矢だ。前回、その攻撃のせいで大惨事になった事を、彼女は覚えていないのだろうか?
無数の光の矢を遠い目で見つめながら、キャンサは色んな事を悟った。まず、ステータスの低いネメアが、アレス達のストッパーになっていたという事だ。弱い仲間が一人でもいれば、その人が死なないよう気を配らなければならないため、慎重な行動を取るようになる。彼がいなくなった事により、アレス達はブレーキが掛からなくなってしまったのだ。
次に悟ったのは、せっかく減らした首の数が元通りになってしまうという事だ。何とか火柱を出して、首を9本まで減らすことができたが、アテネの出した光の矢のせいで、また18本に増えてしまう。九本の首を一気に焼ききるのは無理だ。
最後に悟ったのは、今回もヒュドラに負けてしまうだろうという事だ。キャンサは深い絶望に包まれた。
次回、ネメア視点に戻ります。