見返すチャンスです
話は変わり、ネメアとクレタは次に受ける依頼を決めることにした。クレタがヘスに話しかける。
「ところで私達、次の依頼を受けようと思うのだけど、貴方の事だから何か良い依頼をキープしてるんじゃないの?」
彼女の問いに、ヘスは苦笑した。
「ハハハ、キープしてるって訳じゃないんですけどね、良い奴が一個ありますよ。ヒュドラの討伐なんてどうですか? 以前、別のパーティの人達が倒しに行ったんですけど、失敗して帰ってきたんですよ。ただ討伐できなかっただけならまだしも、ヒュドラの九本の首を十八本に増やしちゃったらしいんですよね。それで討伐の難易度が上がったので、報酬を二倍に増やしてるんです。どうですか、悪い話じゃないでしょう?」
ヘスのお勧めする依頼の内容を聞き、ネメアは血の気が引いた。
「ヒュ、ヒュドラ!? やめましょうクレタさん! クレタさんはもちろん強いですし、俺も強くなりましたけど、二人きりで討伐するなんて無茶ですよ! しかも首が十八本になってるなんて!」
彼はクレタの前に立ち塞がり、首をブンブンと横に振った。さすがのクレタも顎に手を当てて、「そうね……」と考え始めた。ヒュドラは首を切った後、その切り口を焼き切らなければ首が再生してしまう。それどころか、切り口から首が二本に増えてしまうのである。二人掛かりで十八本の首全てを処理するのは至難の業だ。また、口から猛毒を吐いてくるので、それにも気をつけなければならない。
悩んでいるクレタの様子を見て、ヘスは話を付け加えた。
「人手の事なら心配いりませんよ。今朝、そのヒュドラの討伐に失敗したパーティーの人達が、今度こそ絶対に倒すって言って、依頼を受けに来ましたから」
彼の話に驚き、ネメアは後ろを振り返った。
「えっ、それならどうして、俺達にその依頼をお勧めしたんですか?」
ネメアが尋ねると、ヘスはニンマリと笑って答えた。
「ネメアさんって、もともとアレスさん達のパーティに所属してましたよね。ヒュドラの討伐に失敗したのって、そのアレスさん達なんですよ。どうです? 先にヒュドラを倒して、見返してやりたいと思いませんか?」
ネメアの全身に鳥肌が立った。ヘスに、アレス達からパーティを追放される所を見られていたのだ。アレス達への対抗心を見透かされて、とても気分が悪い。だけど、確かに見返してやりたいという気持ちは強くあって、その欲求を強く刺激された。ドロドロと黒い感情に支配されていくのを感じる。
「そう、ですね……叶うことなら、先にヒュドラを討伐して、あいつらが悔しがっている所を見てやりたいです」
「フフッ、そうですよね。依頼、受けますか?」
ヘスとネメアの視線がカチリと合った。その時、二人の間にクレタが割って入った。
「ちょっと待って。わざわざネメアちゃんをそそのかして依頼を受けさせようとするなんて、貴方また何か企んでいるでしょう? 今度は何をさせるつもりなの?」
鋭いクレタのツッコミに、ヘスは右手を頭に乗せて「あちゃ~」と声を上げた。
「バレちゃいましたか。ヒュドラは討伐した証として鱗を100枚持ってくることになってますが、それと一緒に毒を持ってきてもらいたいんですよ。この小瓶に入れて」
ヘスはカウンターの下から手のひらサイズの小さな小瓶を取り出し、机にポンッと置いた。クレタは彼に疑いの目を向ける。
「ヒュドラの毒なんて、薬の材料になるのかしら?」
「なりますとも!」
自信満々にヘスは宣言した。クレタは訝しげな顔をしながらも、渋々小瓶を手に取った。
「仕方ないわね、依頼を受けるわ。私もネメアちゃんを傷つけた奴らの頭を冷やしてやりたいもの」
「決まりですね!」
クレタも承諾し、二人はヒュドラ討伐の依頼を受けることとなった。ギルドから出た後、ネメアはギラギラと目を光らせて、拳をギュッと握った。
「クレタさん、早くヒュドラの生息する沼地まで急ぎましょう」
アレス達を直接見返すチャンスが与えられて、ネメアの気持ちは昂っていた。その様子を危うく思ったクレタは、一旦落ち着くよう嗜めた。
「気持ちは分かるけど、前にも言った通り、焦っては駄目よ。念には念を込めて、ケネイアを連れていきたいわ。ヒュドラの首は固いから、剣術に優れた彼女の力が必要よ」
「了解です。仲間は多い方が良いですもんね」
ネメアはクレタの意見をすんなりと受け入れた。いくら見返したいからと言って、無茶をして死んでしまったら元も子もないと判断したのだ。そして二人は、以前ゴーレムの討伐を行った港町へ馬車で向かったのだった。