信じてみます
お化けクジラ騒動の後、アンドロメダ島から帰る日がやってきた。日が昇ってからそれほど時間が経たない頃、ネメアとクレタはアール号に乗り込んだ。港には、見送りに来た多くの人々が集まっている。その中に、ムパリとパトスも混ざっていた。船が出航すると、港に集まった人達は乗客に向かって手を振った。彼らもまた、二人に対して手を振った。
「じゃあね、クレタ、ネメアさん! またいつか!」
「えぇ、また会えることを祈っているわ!」
「ムパリさんパトスさん、一週間お世話になりました! どうかお元気で!」
ムパリが二人に声をかけ、二人はそれに答えた。ムパリとパトスの姿が、遠く彼方の地平線へと消えていくまで、二人は手を振り続けた。そして、帰りの船旅では一切魔物が現れず、平和に帰路に就くことができた。二人は、恐らくサンゴ礁の精霊が、アール号に魔物が近づかないよう守ってくれたのだなと思った。
船の護衛の依頼を終えると、ネメアとクレタは馬車に乗っていつもの冒険者ギルドへと向かった。受け付けにヘスはいないようだ。二人はホッと胸を撫で下ろし、適当なカウンターへ行った。すると、そのカウンターにいた男性は二人の姿を見て、「あっ、貴方達は!」と言い、事務作業を行う係員達のいる、奥のスペースへと引っ込んだ。すると、何か話し声が聞こえてきたと思えば、ヘスが軽快な足取りで受付に出てきた。
二人は思わず、口を揃えて「ゲッ!」と言ってしまった。ヘスは用意周到な事に、ネメアとクレタが来たら自分を呼ぶよう、他の係員に頼んでいたようだ。彼は相変わらずの胡散臭い顔で、媚びへつらいながら二人に話しかけた。
「お久しぶりですお二方! 船の護衛の依頼、お疲れ様でした! どうぞ、報酬を受け取ってください」
ヘスはカウンターの下から、金貨の入った袋を2つ取り出した。クレタが袋の中身を確認すると、船の護衛の報酬は、通常金貨3枚であるところを、約束通り2倍の金貨6枚が入っていた。彼女がそのまま袋を受け取ろうとすると、ヘスが止めに入った。
「あぁ、少し待ってください! 俺がお願いしていたアレは、持ってきてくださいましたか?」
金貨が入った袋から手を引き、クレタは深く溜め息を吐いた。
「はぁ~~、貴方って本当に欲深いわね。ライフライトを何に使うつもりなの? アンドロメダ島に住んでいる友人から聞いたのだけど、その宝石の力を巡って争いに発展する危険があるから、島外不出になってるって聞いたわよ」
「俺が、ライフライトを何に使おうとしているか、ですか…………」
ネメアとクレタの前に出てきてからずっとニマニマしていたヘスの顔が、どんよりと暗くなった。やはり、何か良くない事を考えているのか。警戒心が湧き、二人の目付きは鋭くなる。冷たい視線を受け、ヘスは右手で左手の甲をスリスリと撫でた。
「いや~、実はですね……その、あの、こんな暗い話、他人にしようとは思っていなかったんですが、俺の両親は不治の病で寝込んでいるんですよ。その病気を治すために、万病に効く薬を作りたいんです。ライフライトの粉末が、その薬の材料の一種なんですよ」
不治の病に倒れた両親を助けたいという、いかにも同情を誘うような話に、クレタは不信感が募った。
「その話、本当なのかしら?」
「はい、本当です。信じてもらえないかもしれませんが……」
調子の良さはすっかり鳴りを潜め、ヘスはしおしおと縮こまった。その様子を見たネメアは、可哀想な気持ちが湧いてきた。彼は幼くして両親を亡くし、叔母に引き取られた過去がある。両親がいなくなるというのは、途方も無く寂しい事だ。ヘスの話を、少しは信じてやってもいいかもしれない。
「クレタさん、俺はヘスの話を信じてみようと思います」
ネメアはアイテムボックスの中から、ライフライトが入った小箱を取り出した。クレタが彼に忠告する。
「ヘスはきっと嘘を吐いているわよ。それでもいいの?」
「構いません。もしもライフライトを悪用されたら、俺がとっちめてやります」
彼はそう答えると、小箱をヘスに差し出した。ヘスは神様に出会ったかのような羨望の眼差しをネメアに向け、それを受け取った。
「ほんっとうにありがとうございます、ネメアさん! いえ、ネメア様!」
ヘスは何度もヘコヘコとお辞儀をした。やっぱり彼は怪しいが、ネメアは一先ず、良い人助けをしたのだと思うことにした。