争いを繰り返させません
クレタがお化けクジラの胸に耳を当て、完全に鼓動が途絶えた事を確認すると、その場は歓喜に沸いた。クレタとネメアはハイタッチをして、喜びを分かち合う。
「やりましたねクレタさん!!」
「えぇ!!」
二人の手の平がパチンと合わさった。お化けクジラの腹の上から滑り降りると、応援に駆けつけた人々が彼らの周りに集まり、称賛の言葉を送った。二人も、協力してくれたその人達に感謝を述べた。しかし、そんな陽気な空気も、ムパリがサンゴ礁の精霊を連れて地面に降り立ったことによって凍りついてしまう。お化けクジラを倒されて戦意を喪失したのか、彼女は大人しくしていた。
応援の中にいた、頭に鉢巻きを巻いている屈強な男が、彼女を指差してムパリに尋ねた。
「ムパリさん、こいつがお化けクジラをアンドロメダ島にけしかけた犯人なんですかい!?」
ムパリは頷き、サンゴ礁の精霊の肩に手を置いた。
「サンゴ礁の精霊さん、この人はアンドロメダ島一の腕前を持つ漁師さんだよ。問題を解決したいなら、この人に着いていって、漁師さん達ときちんと話し合いをしましょう」
「…………」
俯き、サンゴ礁の精霊は静かに首を横に振った。
「私、こんな事をしてしまったのよ。まともに話を聞いてもらえる訳が無いわ」
「それなら、私達が一緒に着いていくよ。クレタ、ネメアさん、いいよね?」
そう訊かれて、クレタはすぐに了承した。
「そうね。サンゴ礁の精霊さんには、昔助けてもらった恩があるわ。このままお化けクジラに島を襲わせた、ただの悪い奴というレッテルが貼られるのは気分が良くないわね。私も着いていくわ。でもネメアちゃんは……」
顔を曇らせ、クレタはネメアの方を見た。彼は厳しい目でサンゴ礁の精霊を見ている。
「俺はこの人の事を擁護できません。どんな理由があれ、アンドロメダ島に住んでいる人達を傷つけようとしたという事実は変わりませんから」
彼はピシャリとそう言った。だが、胸に手を当てて深呼吸をすると、なるべく穏やかな声になるよう努めて、話を続けた。
「だけど、冷静に話し合いをしなければ、また同じことを繰り返すだけだと思います。今回の事で怒った誰かが、復讐のためにこの人を傷つけて、それに対してこの人がまた報復をしてって、争いの連鎖が起こってしまうかもしれません。それなら俺も、話し合いに参加します。悲しい犠牲者を出さないためにも」
自分の故郷と同じような、魔物による悲劇を起こしてはならないという、強い意志が彼の瞳の中にこもった。悔しそうな、それでいて深い慈悲のこもった彼の言葉に、その場にいた者達は胸を打たれる。サンゴ礁の精霊もまた、心を動かされて顔を上げた。漁師もウンウンと頷いている。
そして三人とサンゴ礁の精霊は、島一番の腕前の漁師に連れられて、漁師達の集会場に向かった。お化けクジラに島を襲わせた犯人が彼女だと分かると、案の定漁師達は怒りの声を上げた。しかし、それを三人が宥めて、精霊に事情を話させると、彼らは素直に申し訳ない事をしたと謝ってくれた。その様子を見た精霊は心を開き、自分もやりすぎだったと謝罪を述べた。
そこから話は進んでいき、漁師達とサンゴ礁の精霊の間で、『サンゴ礁の精霊の身体であるサンゴ礁がある海域で、漁をしてはならない。その代わり、サンゴ礁の精霊はアンドロメダ島の漁師が漁をしている際、海に住む魔物を近づけないようにする』という取り決めが交わされた。これで本当に、一件落着だ。