応援が来ました
お化けクジラは幸いにも、まだ町中に突入していなかった。それどころか、前方で十人の人々が武器を持って戦い、侵攻を食い止めてくれているようだった。
サンゴ礁の精霊は、魔法で鋭くとがった複数の石を召喚して攻撃しているが、弓やトライデントを持った者に、その攻撃を撃ち落とされている。彼らはパトスが呼んできた応援だろう。
よくよく見れば、応援の中にネメアとクレタが見知った顔があった。ネメアはその者達に、思わず声をかけた。
「ルーゴさん! それに船員の皆さんも!」
彼の声にルーゴが反応を示した。
「ネメア君、クレタ君! お化けクジラの行く手はわしらが阻むから、攻撃は任せたよ!」
「分かりました!」
返事をして、ネメアはお化けクジラの背中目掛けて走り出した。「高く伸びろ、如意棒!」と叫び、手に持っていた如意棒を5メートルの長さに伸ばして、棒高跳びでそいつの背中に飛び乗った。後から来たクレタも如意棒を使って背中に乗る。
ムパリは、サンゴ礁の精霊がいる方へ飛んでいった。彼女はサンゴ礁の精霊がお化けクジラを手助けできないよう妨害するのが役目だ。
サンゴ礁の精霊は、応援に駆けつけた者達への攻撃をやめ、お化けクジラの背中に乗ったネメアとクレタに注目した。彼らの方へ顔を向け、胸に手を当てながら歌を歌い始める。それは、セイレーンが人間へ催眠術をかける時の歌だった。
二人を眠らされてはまずい。ムパリは、羽音を立てないよう注意しながら、サンゴ礁の精霊の背後にこっそり近づいた。そして、耳元でフーッと優しく息を吹き掛けた。
「キャッ!」
驚いて、サンゴ礁の精霊は歌うのをやめた。若干意識が遠のいていたネメアとクレタだったが、そのおかげで正気に戻った。
ネメアは地面に落ちた如意棒に、魔法で召喚した木の根を巻き付け、引き上げた。そして、如意棒を160センチの長さにし、お化けクジラのうなじを連続で突き始めた。クレタは尾びれにまたがり、強烈なパンチをお見舞いした。彼らの攻撃が響いたのか、そいつはうめき声を上げて暴れだす。
お化けクジラは前足と尾びれをジタバタさせた。背中の上では強烈な揺れが起こり、ネメアは振り落とされてしまう。咄嗟に受け身を取ったが、背中から地面に叩きつけられ、背骨が折れてしまった。
「グアアッ!」
激しい痛みに襲われた彼に、更なる悲劇が起こる。お化けクジラの尾びれが、自分に近づく者全てを凪払うように左右へ振り回されて、それに体を撥ね飛ばされてしまったのだ。「うわああ!」と悲鳴を上げながら、5メートル先の地面へ落下する。
全身が雷を浴びせられたように、ビリビリヒリヒリした。しかし、彼はこんなことでめげるような男ではない。回復魔法の呪文を唱えて、すぐに復帰した。
ネメアのいる場所の向こう側では、クレタも尾びれに撥ね飛ばされて倒れていた。彼女は打ち所が悪く気絶している。のたうち回っていたお化けクジラはそれを発見し、獲物を捕らえるならここがチャンスだと目を光らせた。サンゴ礁の精霊もまた、彼女の頭上に魔法で巨大な岩を生成し始めた。
これは早急にクレタを助けねばならない。ネメアは呪文を唱えて、遠方にいる彼女へ回復魔法を使った。ムパリはお化けクジラの顔目掛けて、金属の羽を飛ばした。
サンゴ礁の精霊が岩を生成し終わり、それに押し潰されてしまう寸前、クレタは復活した。条件反射的にパンチを繰り出して、大きな岩を打ち砕く。お化けクジラの方は、ムパリの発射した金属の羽が両目に突き刺さり、クレタを襲うどころではなくなっていた。そろそろ、止めを刺すことができそうだ。