戦前の流れ星
冬の童話祭2022に投稿しようと書いていたのですが、どうも童話っぽくなくなってしまったので普通に投稿しました。
一応全年齢に指定あるのですが、戦争の内容を含んでいるので想像力がすごく豊かな方にはアレかもしれないです・・・・。
「ん?俺の話?」
酒場で新兵たちと飲んでいると『なんで兵士になったのか』を聞かれた。
「いいぜ、話してやる。」
遡ること35年前。俺がまだ訓練兵だったときの話。国の制度で3年間軍に所属すれば大学進学のために借りた奨学金が免除される。その制度を利用するために軍に所属した。3年過ぎたらどこか別のところに就職するつもりだった。
1年目は訓練兵としてたくさんの訓練を受けていた。
「今日の訓練はキツかったな〜」と言うとルームメイトのウィリーが「大袈裟だな」と言った。
「あんなのできついって言っているのはアレックスぐらいだよ」
ウィリーは笑いながら言う。
また別の日も
「はい、チェックメイト」
「あー!ウィリーちょっと待った・・・・」
「これで待った何回目?」
「俺はウィリーと違って頭良くないからチェスは弱いんだよ!」
と言ったように寮の部屋では楽しく過ごせた。
ある日の夜。トイレに起きると部屋が真っ暗なのにウィリーが起きていた。
「寝ないのかよ?明日も早いぞ。」
「ああ、もう少しだけ。今日は星がきれいだから。」
ウィリーは俺に目を向けて答えると、すぐにまた空を見上げた
俺も夜空を見上げるとたくさんの星が輝いていた。寝静まった街の上に星たちがたくさんいた。
「あれがシリウス、太陽の次に輝く恒星だよ。」
「こうせい?なにそれ?」
「自分で光を放つ星のことだよ。古代ギリシャ語ではセイリオスって言って、焼き焦がすって意味があるんだ。」
そのあともウィリーはずっと星の話をしていた。もう少しっていう割にはずっと見ている。それほど星が好きなんだなと思って聞いていると目の間を一筋の光が駆けて行った。
「あ!流れ星!」
ウィリーが急に大声を出した。
「しーっ!!教官に怒られるぞ!」
「ごめんごめん、あー、せっかくの流れ星だったのに願い事言い忘れちゃった」
急にはしゃいだかと思ったら次はがっかりしだした。
「願い事ってウィリーそんなの信じてるのかよ。」
少し意外だった。真面目で頭のいいウィリーのことだからおまじないとかは信じないと思っていた。
「そりゃ信じるさ、願い事叶ったら嬉しいじゃん。」
ウィリーは「もう寝る」と言ってベッドに入った。その姿は少しがっかりした様子だった。
そんな様子で俺たちは訓練兵を卒業する1ヶ月ぐらい前のこと。戦争が勃発した。訓練兵も戦争へと送り出されることになった。
俺とウィリーも明日、戦争へと向かう。そんな夜のことだった。
「おい、アレックス。起きろよ」
「なんだよウィリー、寝れないのかよ。」
「そうじゃないんだアレックス、」
「じゃぁ寝ろよ」
再び寝ようとする俺をウィリーは揺すりながらいった。
「今日は流星群が見れる日なんだ。一緒に観にいこう!」
「観に行くって?寮を抜け出すのか?」
「そうだよ。早くしないと流星群終わっちゃう」
ウィリーに叩き起こされ、一緒に流星群を見に行く羽目になった。前にも夜中に寮を抜け出そうとしたことはある。それはウィリーが抜け出そうと言ったんじゃなく、俺がウィリーにお酒を買いたいから、まだ食べ足りないからと言った感じで提案した。だけどどれもウィリーは賛成せず、結局寮を抜け出したことはない。だけど今回はウィリーの方から提案してきた。流星群が見たいって。
なにも持たず、寝巻きのままで寮を抜け出す。教官も他の訓練兵もぐっすり眠っていたようで案外簡単に抜け出した。
「どこまで行くんだよ」
「この山の頂上まで!」
それは訓練でよく使っている軍保有の山だ。頂上まで道が整備されていることはなく、眠い目を擦りながら獣道をいく。
普段から訓練しているせいだろうか、山の頂上まで行くのにそんなに時間はかからなかった。だけど二人とも服に葉っぱをつけて、靴は泥だらけだった。
「やっと頂上か。」
息を切らしながら空を見上げると、そこには星が広がっていた。だけど流れ星を見たあの日に比べるとそんなに綺麗って言えるほどじゃなかった。
「それで・・・流星群は?」
流星群どころか流れ星ひとつ流れる様子もない。
ウィリーはカメラを持ちながら「おかしいな」と言った。
「せっかく願い事が叶えられるって思ったんだけどな。」
「それにしてもそのカメラはなに?」
「え?写真にとって後でゆっくりお願いしようかなって。」
ウィリーが普段、真面目なやつだっていうのは知っていた。そして同じルームメイトとして時を過ごすと共に、ウィリーは時々こういうちょっと理解できないことを言い出す性格だっていうのも知っていた。
「でも肝心の流星群は写真に収めるどころか全く見えないな。」
はぁとため息をつく二人。ウィリーは流れ星にお願い事をし損ねたあの日以上に肩を落としていた。
「せっかくだから二人で写真撮ろうよ。」
明るく取り繕う声にはまだ少し流星群が見れなかった残念な様子が少し混ざっていた。
「こんな真っ暗な中で写真って、なにも写らないだろ?」
「写るから大丈夫。」
ウィリーはそう言いながら俺に肩を寄せカメラのレンズを向けた。
「ハイ、チーズ。」
ウィリーが合図するとカメラはピカッと光を散らし、思わず目を閉じてしまった。
翌日、予定通り、俺とウィリーは戦場へと送り出された。
銃を持ちながら走る。ひたすら走って、敵がいると思ったら狙って撃つ。銃声や爆弾の音が絶えず響いていた。無音の時があってもその静かさがどこか不気味で心が落ち着く暇なんてなかった。
「なにやっているんだ!死にたいのか!」
隊長の怒号が響く。戦場に来てから褒められたことなんて一回もない。誰かが怒鳴る声と銃声しか聞いていない。敵をたくさん倒したからと言って褒められている兵も『ありがとうございます』と言いながらもどこか悲しい目をしていた。
毎日毎日死と隣あわせ。仲間が減っていき、敵の数は変わらなく思える。野営地まで戻れず、夜は野宿することがほとんどだ。仮眠している時でも銃声が響いている。もう嫌だ、帰りたい。泣きながらずっとそう思っていた。
久しぶりに野営地に戻り食事をする。おいしいはずのカレーの味を全く感じず、食事がただ胃袋に物を入れるだけの作業になっていた。
「ヤァ」
ボソッとした声がする。振り向くとそこにはウィリーがいた。
「ああ、ウィリー。」
「なぁ、アレックスはどうして軍にきたの?」
他の兵士に聞かれないよう、アレックスだけに聞こえる声でウィリーは話す。
「それは・・・・」
なんでだっけ、俺はなんでこんなところで銃を握って走っているんだ?なにもかもがわからなくなっていた。ただ、ずっと帰りたいと思っていた。こんな過酷な場所で軍人になった理由なんて考えたことも思い出したこともなかった。
「俺はね・・・。」
ウィリーが小さな声で話し始める。
「俺は世界のみんなで手をつなげる世の中にしたかったから軍に入ったんだ。俺の実家は元々紛争地帯でね。紛争はおさまったけど、まだ地雷がいっぱい埋まっているんだ。母親も埋まっていた地雷で死んだ。だから軍に入って地雷を撤去して、たくさんの人の命を救おうと思っていたんだ。」
ウィリーの母親が地雷で亡くなった話は以前にも聞いていた。寮の机の上に飾られている写真立ての中の写真を見て、「誰これ?彼女?」と聞いてしまったのを鮮明に覚えている。だけどウィリーがどうして軍に入ったのかを聞くのはこれが初めてだった。
ウィリーは自分の持っている銃と銃弾を全てその場に出した。最初に支給された数から1発も減っていなかった。
「」
「俺は、人を殺したいからこんなところに入ったわけじゃないんだ。なんで殺しあわなきゃいけないんだ。人を殺したって誰にも感謝されないのに。領土を奪い合うぐらいだったら、資源を分け合えばいいだろ、俺たちがこうしている間にも罪のない人が死んでいるのに。それなのに・・・。」
ウィリーの声がさらにか細くなっていく。
「俺はここでなにをしているんだ。」
ウィリーの目から大粒の涙が溢れている。
これまでたくさんの仲間が死んでいった。実際目の前で死んでいった仲間や上官もいる。そんな暇があったらもっと助けあわないといけない。俺たちの力を必要な場所はここじゃない。
「おい、お前たち。時間だぞ」
隊長の不機嫌な声がする。
「行かなきゃだ、ウィリー」
首を横に振りながら涙を流すウィリーの腕を掴んで、無理やり立たせる。ウィリーの口から『嫌だ』と聞いたのはこれが初めてだった。ウィリーの腕はすごく重く、立たせようとしている俺の腕には力が全く入らなかった。俺も行かせたくないよ、ウィリー。
「なにをしている!早くしろ!」
隊長がやってきてウィリーを無理やり立たせた。そして俺たちは再び前線へと送り出された。
銃声がする。敵がすぐそこにいる。こちらを狙っている。
こっちも応戦しなければ。撃たなきゃこっちが撃たれる。
敵を見つけた。まだこっちに気付いていない。今ならいける。
狙いを定めて引き金に指をかける。
『俺はここでなにをしているんだ。』
さっきのウィリーの言葉が響く。
バンッ!!
引き金を引いた。だけどダメだった。外した。外れたんじゃない。外したんだ。
銃弾は大きく外れ、大木に当たった。そして敵兵はアレックスの存在に気付いた。
撃たれる・・・!
そう思った時、もう敵兵は撃っていた。だけど撃たれたのは俺じゃない。ウィリーだ。
ウィリーが俺を庇ったんだ。
「ウィリー!!」
安全なところまでウィリーを引きずり、声を掛ける。
「アレックス・・・・。」
ウィリーの呼吸が荒くなっていく。急いで止血をするがそれ以上の出血だ。
「ウィリー、待っていろ、今野営地の看護所まで・・・・!」
「だめだ・・・・・・アレックス。撃たれ・・・ちゃう。」
鳴り止まない銃声。止まらないウィリーの血。どうすることもできなかった。
あたりが暗くなり、銃声が止んだ頃。ウィリーはもう冷たくなっていた。
あれから戦争が終わるまで、アレックスは銃弾を1発も使うことはなかった。敵味方関係なく、倒れた兵を見つけては応急処置をし、看護所まで運んでいった。
敵兵を看護所まで運びこんでは怒鳴られていた。当然、敵兵の怪我を診てくれるわけがない。だが、アレックスは何度怒られても、何度断られても敵兵を運んでくるのをやめなかった。
アレックスによって運ばれた兵士の一人が衛生兵で、敵兵を診てくれるようになった。そのおかげで運んできた敵兵のうち何人かは命を救うことができたが、当然、自国の兵士優先のため、敵兵の命は後回しにされた。
そして、戦争は終わりを迎えた。
ここまで生き残っていられたのは奇跡だ。だけど生きていることが嬉しいと思わない。寮の部屋に帰ると一人しかいないのにベッドと机が二つあった。
「どうして帰ってこないんだよ」と独り言を言いながらウィリーの椅子に座る。机の上には写真たてが伏せられてあり、立てるとそこにはウィリーが前話していた亡くなった母親の写真が飾られてあった。
そしてその写真たての下にもう一枚写真があった。
ウィリーとアレックスが写っている写真。俺は目を閉じていた。ウィリーも少し眩しそうにしているが、ちゃんと二人の姿が写っている。
「ウィリー・・・」
ウィリーの顔を見ると突然涙がこみ上げてくる。なんで泣いているか、どうしてウィリーの顔を見ると泣けるのか、よくわからなかった。
写真の裏を見るとそこには『世界平和』と書かれていた。
戦場の過酷な環境で『たくさんの人の命を救おうと思っていたんだ』って言えるってことは、心の底から願っていたことなんだな。ウィリーのこの気持ちをしると偉い人たちがお金がいっぱい欲しいからっていうわがままでたくさんの人が死んでいくのが悔しかった。ウィリーもそのうちの一人だと思うと涙が止まらなかった。
その日を境に俺はウィリーの意思を継いで衛生兵の資格を取って兵士になった。国のための兵士じゃない。国民のための、いや、世界平和のための兵士だ。
戦争の被害を受けた地域に行っては、復興のために力を使い、戦場に向かうことがあったら味方の兵も敵の兵も関係なく手当てをした。その間もあの日の写真はずっと肌身離さず持っていた。
初めて戦争に行った時に比べたら、今は物凄い数の人を救えるようになった。地雷の撤去には参加したことがないけど、人を救うと言う意味ではウィリーの意思を継いでいると信じたい。今でもめげそうになってはウィリーの写真を見て思い出している。
「それでこれが当時の写真。」
胸ポケットから写真を取り出し、新兵たちに見せる。
「流れ星もないのに裏に願い事が書いてあるなんてちょっと変だよな。」
照れ隠ししながらそう言うと、新兵の一人がその写真をじーっと見ながら言う。
「アレックスさん、これはなんですか?」
新兵が指差す夜空をよく見ると、小さな光の筋がひとつそこにはあった。
ウィリー、お前のお願いは、流れ星なんかじゃなく、俺がちゃんと叶えて見せるぜ。