退魔師のカラコロ
下駄がカラコロ鳴るからカラコロ。
この世の中には人に害を為す〝異形〟が存在する。
そんな異形を人知れず退治するのが私たちの仕事。
〝刀使いカラコロ〟。
それが私の通称。
〝下駄がカラコロ鳴るからカラコロ〟。
過去はない。
戸籍もない。
未来もない。
ただ異形を退治するだけ。
不満はない。
恐怖もない。
ただ、ちょっと優秀だった私はちょっと暇が多かった。
だから、暇な時はゲームをして時間を潰していた。
命の危険のない真剣勝負。
暇つぶしには丁度いい。
でも、まだちょっと退屈だった。
♪
ある時異形のサーカス団を潰した。
なんてことのないいつものお仕事。
ただ、そこで私は仕事を見世物にするという概念を知ってしまった。
帰り道で異形から助けた女性が持っていたパンフレットに載っていた〝Vtuber〟という存在。
なんでも二次元の皮を被って素顔を出さずにゲームの配信をしたり、ファンと雑談したり出来るのだとか。
これなら、何者でもない私でもみんなと遊べるかな?
♪
「カラコロさんも年貢の納め時かねぃ…」
大規模な異形の掃討戦。
グゴガは死んだ。
Mr.ガスのクソバカは自爆した。
ハオリは逃がした。
ゼスは交戦中。
とすると、
「この連中を私一人でどうにかしないといけない訳だけど…」
錐のように鋭い爪を持つ顔の無いゴリラのような異形が二十体。
どうシミュレートしても二十体目で詰むねぃ。
…普通の人ならここで逃げるなりなんなりするんだろうな。
「とか考える時点で私もみんなに毒されてるんだろうねぃ」
一人で苦笑する。
さて、死にますか。
♪
斬る、かわす、斬る、避ける、斬る、受ける、跳ぶ、斬る、かわす、斬る、斬る…
「(一手縮めれたねぃ)」
薄花ちゃんたちとゲーム修行しまくったお陰かもな。
でも。
「(あと二十手で最後のヤツと相打ちか)」
最後のヤツの頸を刎ね飛ばし、同時に爪が私の心臓を貫く。
「(他の連中の手を煩わせなくて済んでよかった)」
なんでも一人で片付けたい主義だ。
斬る、かわす、斬る、避ける、斬る、斬る、かわせない、斬る、斬る…
「(こっからは決まった道筋)」
つまり、思考は暇だ。
最後に何考えようかねぃ。
『師匠! Vチューバーゲーム大会で優勝しました!』
ゴス姫、薄花ちゃん。
『ホエホエホエール☆ クジラより愛してます。ラコロ姉さま☆』
水崎ホエール、水菜ちゃん。
『あの時はありがとうございました。いえ、なんでも。こちらの話』
クラリッサ・シャッフルダウン、理紗ちゃん。
-ラコロ神
-お酒は控えめに
-どんなVより好き
-いつも楽しみにしてます
-ずっと配信続けてね!
ファンのみんな。
爪が心臓に迫る。
…別に怖かないけどさ。
「やっぱ死にたくないねぃっ!」
刀が異形を刎ね飛ばし、爪が私を貫いた。
♪
「…………………」
半身を捻って避けてしまった。
こちらの斬撃は相手の頸を刎ね跳ばし損ね、逃走を許してしまった。
そしてこっちも。
「即死こそ免れたけど、普通に致命傷だねぃ」
誰かに病院に連れて行って貰えば助かるかもしれないが。
そんな余裕があるヤツも、そんな心があるヤツもいない。
「どうすっかね」
地面に倒れたまま携帯を懐から出す。
死ぬ間際に最終配信でもするか?
いや、ファンを悲しませたくはない。
普通に急に配信止めていなくなった、ってだけにしておこう。
「薄花ちゃんに連絡でも…」
ざりっ、と砂利を踏むような音がして顔だけで振り向く。
「誰かねぃ?」
「その傷だと俺が目を閉じて開いて生きている可能性は50%ってところですね」
中性的な茶髪の男の薄ら笑いを見て露骨に顔を歪める。
〝シュレディンガー使い〟のラフィオレだ。
「これはこれは大隊長様が敗残者に何の用かねぃ?」
粛正にでも来たか? と聞くとラフィオレは嘘くさい笑顔で首を横に振った。
「まさか。そんなに暇じゃない」
ゴトン、とラフィオレの足元に異形の頸が転がった。
私が仕留め損ねたヤツだ。
「尻拭いさせちゃった、って訳か。悪いねぃ」
「まったくですよ」
そういって目を伏せるラフィオレ。
「ところでその刀随分使い込まれていますね」
「………」
「俺が目を開いた時にその刀が折れている可能性は50%ってところですかね」
-バキリ、と。
ラフィオレが目を開くと私の刀は折れていた。
「では」
用は済んだとばかりに背を向けて去っていくラフィオレ。
「きっちり粛正じゃねえか」
戦力外通告って奴だ。
この刀けっこう気に入ってたのに。
-バサリ、と頭の上で音がした。
目だけで追うと背中に翼の生えた少女がいた。
「ハオリ…。逃げてなかったのかよ」
「あい」
ぼうっとした顔のまま頷くハオリ。
「ひょっとしてラフィオレ呼んだのハオリ?」
「あい」
「援軍ならもうちょい性格がマシな奴を呼んで欲しかったねぃ」
そんな奴うちにはいないが。
「きずいたそう」
ハオリが私の血に染まった着物を指差す。
「そうだね」
「からころしぬ?」
「そうだねぃ」
病院行かなきゃね、と言って笑う。
まあ、組織から戦力外通告された以上生き残っても居場所はないのだが。
-バサリと音を立ててハオリが翼を広げた。
そして、両腕で私を抱えた。
「どこ行く気だい?」
「びょういん」
びょういんいけばたすかるんでしょ?、というハオリ。
「お前にそんな情緒があったとは驚きだねぃ」
「からころがおしえてくれた」
ぼうっとした表情のまま言う少女に抱えられて宙を浮き、
私は意識を失った。
♪
「死に損なったっていうのはこういうのを言うんだろうね」
医者から一通りの説明を受けて一人ごちる。
二週間ほどで退院できるらしい。
〝どこに?〟
白い一人部屋。
いったいハオリはどうやって組織の庇護を失った私を病院に担ぎこんだんだか。
ふと、花瓶の横に置かれた封筒が目に留まった。
羽のマークで封のしてある白い封筒。
「ハオリ、か?」
羽のシールを傷つけないように剥がして便箋を取り出す。
〝カラコロへ
願わくば無事に生き残って貴女がこの手紙を読んでくれていることを望みます。
感情豊かで、綺麗に笑う貴女は私の憧れでした。
正規のルートで戸籍を用意したので、普通の世界で生きてください。
何度も助けてくれてありがとう。
もう会うことはないでしょうが、貴女の幸せを願っています。
ハオリより
追伸
ラコロちゃんねる登録してます〟
「………手紙だと随分流暢だねぃ」
死に損なった時には出なかった涙が自然と流れた。