第8話 異世界同世界
「は?」
ブオン……!
まるでブラウン管のテレビをつけたように、アンのステータスが表示される。
なんてこった。
何のためらいもなく、俺と同じ能力を使ってるよ。
いや、そもそもこれ能力じゃなくて、本当に標準装備なんじゃねえの?
なんか嫌になってきた。なにこれ。
アンジェリーナ Lv.:19
職業:変装師
HP :106
MP :110
STR :14
VIT :45
DEX :33
AGI :101
INT :58
LUK :43
「まずひとつめ、ボクにもこれが使える」
「……えっと」
『ボクにもこれが使える』とか言われてもな。
もうすでに嫌な気分になってるし、急に見せられてもどう反応すればいいか。
今までの人生、人のステータス画面を見る機会なんてなかったし。
ていうか、そもそもアンの能力って〝変装〟だから、やっぱり標準装備なんじゃねえか。
……て、あれ?
ちょっと待てよ。
こうやって俺がアンのステータス画面を見れてるってことは――
「おい」
「なに?」
「……あの時、レジスタンスで俺が笑われてる時、見えてたのか!?」
「ふふ、そうだね。あえて見えないふりをさせてもらった」
アンが楽しそうにくすくすと笑う。
なんてやつだ。
俺が皆から頭がおかしいやつと思われていた時、アンは内心ほくそ笑んでいたのか。
『うわ、ダイスケのやつ、ステータスオープンなんてしてるよ』みたいな。
逆に信頼度下がったわ。
「……まぁ、そういうわけで、みだりに〝ステータスオープン〟とか〝ステータス画面〟なんて素っ頓狂なことは言わないほうがいいよ」
「余計なお世話だよ。……ステータスオープン」
俺はアンのそれに対抗するように、ステータス画面を表示する。
ダイスケ Lv.:1
職業:童貞
HP :26
MP :9
STR :4
VIT :4
DEX :3
AGI :5
INT :7
LUK :17
相変わらずゴミみたいなステータスだ。
「おや?」
さっきまでニヤニヤしていたアンが、口元に手をあて、黙り込む。
なにかあった……てか、ちょっと、まじまじと見過ぎだろう。
他人にステータスを見られるって、こんなに恥ずかしい事なの?
「な、何見てんのよ」
「……え? ああ、ごめん。ちょっと気になることがあって……」
「気になる事? ……あ」
そうか。
職業のところにある、不穏な二文字のことを言ってるのか?
自分で出しといてアレだけど、尋ねられる前に話題を変えたほうがよさそうだ。
「あー……それにしても、俺が勝ってる要素、ひとつもないんだな」
「だね。きみはストレングス……つまり、腕力ですらこのボクに負けている」
むかっ。
誇るでもなく、馬鹿にするでもなく、ただ当たり前のことを言っている感じ。
『ダイスケがなにひとつとしてボクに勝てないのは当たり前だけど、なにか?』
みたいな。
「……ふん、成人男性よりも力を持っている少女ってか? いよいよ、おまえの存在自体が怪しくなってきたわけだが……?」
「名前はちゃんとアンジェリーナだったろ?」
「名前だけはな。実際は筋骨隆々な女性なのかもしれない」
「ふふ、そうだね。そうかもしれない」
口に手をあて、くすくすと笑うアン。
「……いや、笑ってる場合じゃないだろ」
「うん、だから、ここで弁明ついでに、ふたつめの秘密を見せてあげるよ」
アンがそう言って、ピースサインを突き出してくる。
「また、俺の心を折るようなものじゃないだろうな……」
「え? さっきので折れたのかい?」
「折れてない」
「……ああ、その前にひとつ」
アンはそう言うと、ピースサインのうち中指を折って〝一〟を作った。
「な、なんだよ」
「ボクのステータス画面は、ボクの最大値を表示しているだけなんだ」
「最大値? なんのことだ?」
「職業に変装師とあるだろ?」
「ああ、なんか〝シェイプシフター〟とかってルビがふってあるな」
「ボクはね、その名のとおり、変装をすることが出来るんだよ」
「変装……か……」
そう言われて、おっさんの姿だったこいつを思い出す。
あの声、息遣い、ぬくもりは間違いなく本物のおっさんだった。
……いや、本物のおっさんってなんだよって話だが、ともかく、カツラとか、メイクのようなもので繕った〝変装〟ではなかったことはたしかだ。
かといって、目の前の少女も偽物だとは到底思えない。
触ったら変な目で見られそうだし、そういう理性が働くくらい、目の前の少女は少女然としている。
つまり、おっさんと少女、どちらも本物。
それって果たして〝変装〟と呼んでもいいものなのだろうか?
「どうかしたかい? 急に黙り込んで……?」
「……アンのあれ、変装って次元のものじゃないと思うんだけど」
「まぁ、〝変装〟と銘打ってはいるものの、その本質は〝変身〟に近い」
「だよな」
俺はそう言ってうなずく。
「身長、体重も自由に変えられるし、声や性別なんてのも思いのままさ」
「声や性別までもか……それはすごいな」
「だろう? だからこの場合、最大値というのは……たとえば、筋力の強い人に変装するとその値になり、脚が速い人に変装したらその値に。だからこれは……」
「アンの能力込みでの総合的なステータス……って感じか」
「理解が早いね。ボクのステータスの意味、わかってくれたかい?」
「ああ、大体な」
「……で、お待ちかねのふたつめだけど……ボクのステータス、マジックパワーのところを見て」
「マジックパワー……〝MP〟だよな?」
「そう、なんて表示されてる?」
「〝110〟だけど……これがどうかしたのか?」
「じゃあその数字、よく覚えててね――」
パッ。
一瞬だった。
まるでカメラが切り替わるように。
なんの前触れも、余韻すらもなく、少女が見慣れたブラピになった。
「ほら、ステータス画面を見てみて。なんて表示されてる?」
爽やかな良い声で急かされる。
「えーっと……〝100〟? 〝10〟減ってるな……」
「そう。能力を使ったからね。それで、今度は――」
パッ。
またおっさんから少女に戻る。
目は離していないかったはずなのに、いつ、どのように変装したか全くわからなかった。
「ダイスケ、ステータス」
「あ、ああ……」
アンに急かされ、またステータスを見る。
「……〝100〟のままだな」
「ね?」
「『ね』とか言われてもな……」
「変装をするときはマジックパワーを使うけど、解除するときは使わない。……これで、この姿が本当だということがわかっただろ?」
「まぁ……このステータス画面を偽装しない限りはな」
「おいおい、それはさすがに疑い過ぎじゃないかい?」
アンがため息交じりに笑う。
「ったく、誰のせいだよ……」
そして、自然と俺の口からもため息がこぼれた。
こいつと話すとめちゃくちゃ疲れるな。
けど――
「……まあ、いいか」
「え?」
「どのみち、俺は一度、きみに命を救われてる。きみが信じてくれと言うんだったら、本当の姿はどうあれ、俺は信じるよ」
これは本音である。
実際、アンには何度も命を救われている。
まず、街で会った時。
つぎに獣人に捕まった時。
レジスタンスから逃がしてくれた時。
そして、今。
アンにツッコまれるまで、俺は何も疑わなかったし現状に流されていた。
それに気付かせてくれた意味では、さっきの言葉はいい強心剤だったと言える。
「そういう話をしているわけじゃないんだけど……」
アンはすこし面倒そうに、ぽりぽりと頬を掻いた。
「まぁでも、ボクも君が敵対しなくてホッとしてる」
「そうなのか?」
「うん。だってもし君が敵対なんてしたら……」
じろり。
アンはそう言うと、なじるような視線で俺に詰め寄ってくる。
「て、敵対なんてしたら……?」
俺はすこしずつ、川の中をじゃぶじゃぶと後退しながら尋ねる。
「悲しいからね」
アンがそう言ってにっこり笑う。
「悲しい?」
「うん。せっかくこうして出会えたんだ。仲良くしていこうよ」
アンはそう言うと、俺よりも遥かに小さなその手を差し出してきた。
俺はゆっくりとその細く、小さく、やわらかい手を握り返す。
「さて、じゃあ話を戻そうか」
「話?」
「ほら、まだもうひとつ、訊きたいことがあるんだろう?」
「……ああ、そうだったな」
だいぶ回り道した気がするけど、そもそもそういう話だったな。
「聞きたいこと……というか、これはもうほぼ確信してるけど……」
「なんだい?」
「改めて、アンは、俺と同じ転生者……ってことで、いいんだよな?」
沈黙。
そして――
「……ぷ」
堪えきれなくなったのか、アンが突然、吹き出すように笑う。
「な、なんだよ」
「ふふ、いまさらだなぁって」
「ああ、いまさらだ」
「それ、どうしても今、確認しないといけないことかい?」
「はっきりとした確証が欲しい」
「ふぅん……いいよ、答えてあげる」
アンはそう言うと両手を腰に当て、胸をでんと張った。
「そのとおり。ボクもダイスケと同じ、元いた世界で死んで、この世界に転生した転生者だ」