第25話 獣国のレジスタンス
――ドッグォォォォォォオオオオンンン……!!
本日何度目かわからない爆発音。
俺の目の前で火球の直撃を受けたケィモ王が、目で追いきれないほどの速度で後方へ吹き飛ぶ。
あれほど激しい爆発で、肌が焼けそうになるほどの熱を感じたのに、俺の体は無傷だった。
「パパ!!」
俺の意識を引き戻すような、リンスレットの大声が響き渡る。
「チィ……まだ生きてやがったか……!」
そう言って忌々しそうに舌打ちをするエルネスト。
俺はそんなエルネストに意識を向けながら、後方のリンスレットたちを見た。
仰向けに倒れているケィモ王を、リンスレットとブラピが介抱している。
「ゴホッ……ガハァ……ヌグゥ……!!」
ケィモ王が血反吐を吐きながら、苦しそうに呻いている。
「ブラピ……なんとか……なんとかならないの?」
縋るようにブラピを見るリンスレットだったが、ブラピは首を横に振る。
「ダメだ……胸部の肉がすべて吹き飛んで、内臓までもが焼けている……まだ生きているのが奇跡なくらいだ……! おそらく衝撃波も爆風も、すべて自身で受け止めたのだろう……ボクたちを守るために……!」
「そんな……!」
「私に……かまうな……!」
「パパ! もう喋らないで! 今助けるから!」
「無駄だ……私はもう……助からない……自分が……一番……よくわかっている……」
「そんなこと――」
ケィモ王はそこでリンスレットの手を振り払った。
「いいんだ……リンスレット、おまえを守れたのなら、それで……」
がしっ。
リンスレットが再びケィモ王の手を、今度は力強く握る。
「よくない! あたしがそんなの……!」
「いいか、リンスレット……こうなった以上……おそらく人間たちは止まらないだろう……」
「……やはり、ケィモ王……あなたはすべてわかったうえで……」
ブラピが悔しそうに、こぶしを握りしめながら言う。
「ああ……そうだ。名も知らぬ人間よ。……だが……私にはそれを止める術も……なにも……ガハッ!」
ケィモ王の口から、血の塊のようなものが吐き出される。
「パパ!?」
「……もう、時間がない。おそらく疲弊し切ったおまえたちでは、あやつらには勝てぬだろう……だが、この部屋には抜け道がある……それを使えば……外へ……国外へと脱出できるはずだ……道順はリンスレットが知っている……」
「でも、パパは……!?」
「くっ……駄々を……こねるな……最期くらい……パパの……言うことを聞きなさい……」
「でも……でも……! こんなの……! こんな別れ方……やだよぉ……!」
「……すまない、リンスレット。今回の事は、私の言葉足らずが原因だ……」
「そんなこと……言わないでよ……あたしだって……!」
「……よく聞け、人間たちよ……この国の獣人を救ってくれ……とは言わない……今回の事件を解明しろ……とも言わない。……このようなこと、国王失格だが……どうか……その子だけは……リンスレットだけは……守ってやってくれないか……?」
ブラピは変装を解き、アンの姿に戻ると、ケィモ王の手をしっかりと両手で握った。
「わかったよ。リンスレット王女の命は……この身に代えても、必ず……!」
ケィモ王はフ、と口元を緩ませて笑うと――
「ああ……サーヤ……もう……ひとめ……会い……」
聞き取れないほどの小声でつぶやき、そのまま動かなくなった。
リンスレットは自身が血まみれになる事も厭わず、ケィモ王の体に顔を当てて泣いた。
そして――
「……さない……!」
リンスレットが絞り出すような声をあげ、ゆらりと立ち上がる。
「あ?」
「許さない……! あんたたち……!」
「はは……許さないって言われてもな……じゃあ……どうするんだ? 俺たちを殺すか? 無能な獣人が一匹死んだくらいで何をいまさら――」
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!」
まずい。
リンスレットが我を忘れて――
ゴッ……!!
リンスレットが突然、白目を剥いて前のめりに倒れる。
見ると、フィデルが両手の指を組んで、リンスレットの背後に立っていた。
急いで振り返り、エルネストたちの姿を見るが……そこにも、フィデルが立っている。
ここで俺は、ようやく目の前のフィデルがアンだということを理解した。
「やっぱそれ、その能力……フィデル並の怪力になってんのか? ブラピよ?」
「それは教えられない」
エルネストから声が飛んできて、アンがフィデルの声で淡々と答える。
「はは……まあいいか。リンスレットを動けなくしてくれたのは、こちらとしても助かる。待ってろ、いまそっち行ってやっから……」
ダン、ダン、ダン、と三回、着地するような音が聞こえてくる。
「お、おい……! アン、どうすんだよ、リンスレットが……」
「大丈夫だよ、殺しちゃいない。気絶しているだけさ」
「いや、それはわかるけど! ……どうするんだ?」
俺がそう尋ねると、アンは倒れているリンスレットを担ぎ上げた。
「……なにが?」
「何がって、抜け道だよ! リンスレットしか知らないんだろ?」
「ボクも知ってる」
「……え?」
「こう見えて、諜報活動は真面目にやっていたからね。この城の中にある隠し通路や、普段使われていない部屋……などなど、作戦に使えそうな施設はすべて把握してる」
「へ、へぇ~……!」
思わず、俺の口からため息が漏れる。
「って、作戦ってなんだ?」
「それは……今は話している時間はない。とにかく、落ち着いてからボクの知り得る情報を全てダイスケと……リンスレット王女に教える」
俺はアンにそう言われ、エルネストたちを見た。
歩きながら俺たちに向かってきている。
……リンスレットが気絶しているからだろう。
あれは、どう考えても俺たちを舐めている。
「……わかった。今は黙って、おまえについて行けばいいんだよな?」
「だね。その前にダイスケ……ヤツらがボクらを追って来れないように、お願いできるかい?」
「了解だ」
俺は足元に転がっているものを全て、胸や尻、ズボンのポケットに入れて――
「ステータスオープン!!」
と、唱え、それなりの大きさの〝アイテム欄〟を表示した。
「ぷ……あいつ、またやってんのかよ……」
「おい、エルネスト。あまり舐めてかかるな。ブラピにあそこまで言わせる能力だ。きっと何かある。慎重にいくぞ」
エルネストとラウルが話しているが……無視だ、無視。
そして、ケィモ王を取り囲んでいた画面も使って、さらに面積を広げる。
これなら、あいつらもそう易々とここを通ることは出来ないだろう。
けど、本当は面の部分ではなく、辺の部分をあいつらに向けてやりたいが――
「大丈夫だ、ダイスケ」
「……え?」
「ボクも、君の気持ちはわかる。……どんなに憎かろうが、踏ん切りなんてつかないよな……」
見透かされている。
本当なら、ここでステータス画面の、辺を使ってあいつらを切り殺すことが最適なんだろうが……どうしても、ブレーキがかかってしまう。
残酷には徹しきれない。
ゲームや物語の中の主人公のように、人なんて殺せない。
それは、おそらくアンも同じなのだろう。
「行こう、ダイスケ。おそらく通って来れないとは思うが……モタモタもしていられない」
アンはそう言うと、早々に踵を返し、エルネストたちから逃げるようにその場を後にした。
「おいおい、ここまで来てやってんのに、オレが逃がすと思ってんのか?」
「……逃げるさ。追ってくるならな」
俺は精一杯、眼前に迫ってきているエルネストを睨みつけた。
「へっ……なら、ここで、おまえのチンケな能力ごと、まとめて丸焦げにしてやるよ……」
再び、エルネストの手のひらから火球が生成される。
あのケィモ王を丸焦げにして、絶命に至らせた魔法だ。
まともに食らえば、無事に済むわけがない。
「――ファイアーボール!!」
ボゥッ!!
火球がものすごい速さで、まっすぐに俺たちに向かって飛んでくる。
頼むぞ、俺のステータス画面……!
俺は祈るように目をつむった。
そして――
ドバァン!!
腹の底に響くような衝撃音。
それが聞こえてきたと思うと――
「ぐぅああああああああああッッチィィィィイイ!?」
エルネストの叫び声。
俺はゆっくり目を開けると、目の前の光景に息を呑んだ。
火だるまになりながら床の上を転がりまわるエルネスト。
そして、それを見て狼狽えるラウルとフィデル。
「がああああああああああああっ!! ぐぅぅううううううッ!! なんだ!? 何をしたァ!! ダイスケェ!!」
俺はそのエルネストの問いには答えることなく――
近くにいるケィモ王の死体を一瞥すると、アンのあとに続くように、走り出した。
――こうして、俺たちはギルドという巨大な組織に追われるようになった。
開始早々、激動の異世界生活の幕が上がったわけだが……俺たちの苦難は、こんなものではなかった。
すみません。
ここまで書いておいてなんですが、一旦、ここで終わらせていただきます。
もっと色々な方に見てもらえるように、もうすこしこの作品をブラッシュアップさせて、もう一度最初から投稿するつもりです。
それとここまで読んでいただき、ありがとうございました。




